第95話 閑話③:ハンスの一日
ボクの名前はハンス。クラン『白の叡智』で会計、仕入れを担当している商人です。今日はボクの、何気無い日常を紹介させて頂きますね。
まず、朝はアレク君達、戦闘組との食事から始まる。戦闘組は早くから狩りに出掛けるので、リアちゃん達の製造組より先に食事を取るんだ。
「アレク君、今日の狩り場はどこなの?」
「今日は海底洞窟の地下二階に挑んでみます。ボクとギリーのサポート付きなら、そろそろ行けるはずなんですよね」
「それじゃあ、そっち系の素材が集まるって事だね」
アレク君達が集める素材は、どれも高レベルの魔物達の物ばかり。商人や職人達は、皆が虎視眈々と狙っているんだよね。
『黄金の剣』や他のゴールド級もいるんだけど、大半は討伐依頼をメインで受けている。稼ぎの足しになるからって、アレク君みたいに素材収集してるクランは稀なんだよね。
そんな訳で、商人ギルドへは商品の割り振り調整を、お願いしてあるんだ。そうしないと、商人同士で喧嘩が始まっちゃうからね。
そして、アレク君から欲しいアイテムを聞きつつ、ボクは皆との食事を終える。アレク君達は出掛けるが、ボクは残ってコーヒーを楽しむ。
すると、アレク君達と入れ替わる様に、リアちゃん達がやって来た。
「ハンスさん、おはよう御座います」
「はよ~っす」
「おはよ~ございます~」
リアちゃんはピシッと姿勢良く挨拶し、シアちゃんとカイル君は眠そうにしている。いつも通りの三人に微笑むと、ボクも挨拶を返す。
「おはよう。それじゃあ、いつも通りに宜しくね」
「はい、承知しました」
ボクはいつも通りに、リアちゃんから情報を貰う。内容はポーション作りに必要な素材と、消耗したアイテム等だ。
購入が必要な一覧を確認し終わると、その頃には三人も食事を終える。そして、三人はポーション作りの為に、屋敷内の工房へと向かって行った。
それに続いて、ボクは厨房へ向かう。そこではメイドのメアリーちゃんが、ボクの事を待っていた。
「ハンス様、こちらをお願いします」
「どれどれ……」
ボクは用意されたメモを受けとる。中には様々な食材が記載されていた。
「……キシリの葉か。珍しいハーブだね。新しいレシピに挑戦するの?」
「ええ、ギルバート様から教わりましたので」
ニコリと微笑むメアリーちゃん。その表情とは裏腹に、目にはやる気の炎が灯っていた。
ギルバート君は、貴族の食事や生活に詳しいからね。最近のメアリーちゃんは、今まで以上に勉強に熱を入れているみたいだ。
ちなみに、ギルバート君は戦闘組にも所属している。なので、朝食と夕食は手伝っているけど、それ以外の屋敷の仕事は、メアリーちゃんが殆ど担当している。
メアリーちゃんの話では、それでも大分助かっているらしい。それだけ、ギルバート君は執事としても優秀らしいんだ。
メアリーちゃんと軽く会話し、ボクは厨房を後にする。次に向かうのは、地下の倉庫である。
「さてさて、どんな感じかな?」
販売用の棚を確認し、メモを取りながらカバンに入れて行く。並ぶ品はアレク君が集めた魔物の素材。それに、アレク君が作ったマジック・アイテム。更にはリアちゃん達の作ったポーションである。
この棚には、各自がアイテムを置いて行く事になっている。そして、ボクが毎日確認し、商人ギルドへ卸に行く事が決まっているんだ。
ちなみに、ボクのカバンはマジック・バッグだったりする。五年程お金を貯めて買った、ボクの一番高価な私物なのです。
「うんうん。みんな、頑張ってるみたいだね」
沢山の商品を収納し、ボクは倉庫を出る。そして、その足で次は商人ギルドへ向かった。
「こちらをお願いします」
「はい、お預かり致します」
商人ギルドのカウンターで、女性職員に販売の品を渡す。相手は顔馴染みのマナさんだ。細かい交渉も無く、サクサクと鑑定を進めてくれる。
「あ、今日は海底洞窟の地下二階だって。明日は海産品や水の魔石になると思います」
「承知致しました。ギルドマスターへは、後程お伝えさせて頂きます」
マナさんはニコリと微笑む。そして、商品と値段のリストを作り、こちらへと差し出して来た。
ボクは手渡されたリストに目を通す。そこには想定通りの金額が表示されていた。
「はい、問題有りません」
ボクはリストの最後にサインを書き込む。そして、マナさんへと返す。
「依頼の商品は、受け取りカウンターへお願いします。差額分の金額は、いつも通りクランの口座へ振り込みさせて頂きます」
「わかりました。宜しくお願いします」
依頼の品とは、アレク君達から聞いた購入の品の事だ。マナさんに買い取りを依頼する前に、商品の販売カウンターで、準備を進めて貰っていたのだ。
そして、クランには口座開設というサービスがある。サービス内容はお金の預かりだね。シルバー級以上のクランなら、皆が利用しているサービスでもある。
その理由は、シルバー級以上の報酬金額が、平民の年収を超える事がある為だ。普通は怖くてそんなお金を、無人のクランハウスに放置は出来ないからね。
……まあ、うちは何かと凄いメアリーちゃんがいるから、案外平気なのかもしれないけど。
ボクはマナさんと別れの挨拶を済ませ、商品の受け取りカウンターへ向かう。そこでも顔馴染みと会話し、軽く市場の動向なんかを聞いたりする。
聞けた話では、最近はポーションの需要と供給が釣り合って来たらしい。お陰で冒険者の活動が活発化して、素材の収集にも良い影響が出ているらしい。
うん、この調子なら、職人の皆さんも張り切って仕事をしてくれそうだ。
「さて、次は市場だな……」
時間はそろそろお昼になる。ボクは空腹のお腹を抱えて、市場のある通りへ向かう。
ボクはとある屋台の前で足を止める。ここは、ボクが時々利用している食べ物屋さんである。
「最近は儲かってます?」
「いや~。アレク様のお陰でね! 市場も活性化してるよ~!」
人の良さそうなおばちゃんから、イカの串焼きを受け取る。代わりに少し多めに銀貨を渡す。
おばちゃんの言う通り、最近は街を歩く人の数が増えている。それは、素材の集まりや、街の治安、危険な魔物の排除等の要因から、人の流れがヴォルクスに集中している為である。
「うんうん、最近は人が一杯流れて来てるよね。ただ、怪しい人達も増えないか不安じゃない?」
「いやいや、そこは問題無いわよ! 領主様が治安維持に力を入れてるからね! ほら、今も私兵団の人が見回りしてるでしょ?」
おばちゃんの指差す先には、銀の鎧に身を包んだ兵士が歩いている。二人組で行動しており、鋭い視線で市場を眺めながら、ゆっくりと巡回を行っていた。
「流石はボク達の領主様。これならヴォルクスの市民も安心出来るね」
「あっはっは! まあ、うちの領主様は代々優秀だからね!」
どうやら、市民の中で不穏な噂は無さそうだね。おばちゃんの顔を見れば、領主様に厚い信頼を置いているのがわかる。
それに、領主様の私兵団員は、結構な頻度で目にする。あれだけ厳重に警戒していれば、帝国兵も迂闊に動く事は出来無さそうだ。
「ああ、そうだ。キシリの葉を扱うお店って無いかな? お使いを頼まれたんだけど、珍しい商品だよね?」
「キシリの葉ね……。貴族様が好むハーブだろ? だったら、ジオ爺さんの店じゃない?」
ジオ爺さんは、市場で古株な商人だ。多種多様な商品を扱う上に、貴族の御用聞きもしてるんだったかな?
「なるほどね~。それじゃあ、そっちを当たってみるよ」
「ああ、それじゃあ、また来ておくれよ!」
ボクはおばちゃんに別れを告げる。そして、頼まれた食材を買い集めながら、ジオ爺さんの店へと向かう。ジオ爺さんのお店では、当然の様にキシリの葉を購入する事が出来た。
クランハウスへ戻ったボクは、まず厨房へ向かう。そこで待っていたメアリーちゃんへ、頼まれた食材を全て渡す。キシリの葉を目にした彼女は、とても嬉しそうに微笑んでいたよ。
次に、ボクは地下の倉庫へと向かう。アレク君とリアちゃんからの依頼品は、ここに置いておく事になっているからだ。各自で必要なタイミングで、必要な品を取りに来る事だろう。
そして、ボクは二階の自室へと戻る。戻ったのは休憩の為では無く、帳簿を付ける為である。お金を預かってる身としては、キッチリ管理する義務があるのだ。
ボクは商人ギルドでの売買リストと、市場での購入金額を帳簿に書き加えて行く。ここ最近は大きく黒字になっているね。これは、リアちゃん達が育っている証拠でもある。彼女達も、立派にクラン運営に役立っているのだ。
そして、次に市場で聞いた情報をまとめる。これは、夕食時にアレク君へ報告する為である。
アレク君は外にいる事が多い。どうしても、街の状況に疎くなってしまうからね。彼の耳になる事は、ボクに出来る数少ない貢献の一つだと思っている。
「ふう……。そろそろ、日が暮れて来たな……」
もう少ししたら、アレク君達も帰って来るだろう。そうしたら、全員で一緒に食事を取って、今日の報告をする事になる。
その後は、一番最後にお風呂に入り、明日に備えて寝るだけだ。
……これがボクの大体の一日となります。クランの生活や、街の状況が少しは伝わったでしょうか?
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