第94話 閑話①:ギルドマスター(盗賊)の考察

 オレの名前はダストン。盗賊ギルドでは、ギルドマスターをやっている。


 そして、今のオレは新鋭クランの『白の叡智』を調査している。手下に調べてさせても結果が出ず、仕方が無いので自分で調べる事になってしまった。手下の話では、メイドが手強くて手が出せないとか。手強いメイドという状況が意味不明だ……。


 ちなみに、オレはギャングという上級職についている。ギャングは盗賊Lv50で転職出来て、集団の中で活躍するスキルを多く持つ。暗殺者アサシン程では無いが、諜報系のスキルも盗賊より優れた物が揃っている。その為、手下に比べれば、何らかの結果は出せるだろう。


 ……本来、ロレーヌが協力的なら、こんな苦労は不要なのだがな。残念な事に、ロレーヌはクランリーダーに入れ込んでいる。彼女からは、まともな情報は得られないだろう。


「さて、今日は休息日とやらだよな……?」


 物陰に隠れながら、『白の叡智』のクランハウスを観察する。幸いな事にメイドの姿は見当たらない。これならもう少し近づいても問題無さそうだな。


 それにしても、六日に一度の休息日というのも凄い制度だ。普通は大きな仕事をこなし、終わったらまとめて休みを取る事が多い。休みの枠を決めてしまうと、仕事の幅がどうしても狭まる。それを考慮してなお、効果があるのかは不明だな……。


「ん……?」


 オレは路地裏を進んでいたのだが、不意に視線を感じて足を止める。ジッと周囲の気配を探るが、視線の先が特定出来ない。それどころか、先程の視線が嘘の様に、何の気配も感じないのだが……。


「動くな……。目的は何だ……?」


 突然、背後から声が掛かる。その声に、ブワッと汗が噴き出すのを感じる。このオレが背後を取られただと……?


 いや、それ以前に、今も気配を感じないのだ。声が掛けられたのが勘違いかと思う程に……。


「答えろ……。ただし、動けば撃つ……」


「わ、わかった……!」


 残念ながら勘違いでは無かった。それどころか、声に殺気が込められている。下手に動けば、間違い無く殺される……。


 オレはゴクリと唾を飲み込む。そして、どう答えるかを考える。余り時間的猶予は無いだろう。オレは直感に従って説明を行う。


「オレは盗賊ギルドのギルドマスターだ。身元の確認が必要なら、ロレーヌを呼べばわかる……」


「ふむ、良いだろう……。こちらへ振り向け……」


 今度の声には殺気が籠っていない。直感に従って、素直に説明したのが良かったようだ。


 オレはホッと胸を撫で下ろし、相手の方へと振り返る。


 振り返った先には、一人の青年が立っていた。ショートボウを手にし、油断無くこちらを見つめている。


 ……もしや、彼がロレーヌ達の報告にあった青年だろうか?


「君は……ギリー君で良いのかな?」


「ああ、オレがギリーで間違い無い……」


 ギリー君は小さく頷く。その返しに、オレは内心で驚愕する。半信半疑で質問したが、まさかビンゴとは思わなかった。


 報告でギリー君は、スナイパーだと聞いている。つまり、索敵や気配の遮断は、狩人のスキルしか持たないという事だ。それで、ギャングのオレを上回るとは、一体どういうカラクリだ……?


 ギリー君は、先程よりは警戒を解いてくれている。しかし、決して油断はしていない。今の状態で不意を突いても、彼を倒せる確信が持てないな……。


 オレは両手を上げて、ヘラっと笑う。そして、彼に向けて説明を行う。


「いや、探る様な真似をして悪かった。『白の叡智』は、今や街の誰もが注目してるだろ? その割には、余りにも情報が少なすぎるもんでな……」


 オレの説明に彼は頷く。そして、感情を感じさせない目で、ジッとオレの目を見つめ続ける。


「いや、直接聞けば良かったんだが、職業柄悪い癖が出てしまった。どうしても、まずは周辺調査から始めてしまったって訳だ」


「ふむ、嘘は付いていないな……」


 その呟きに、オレは更に驚愕する。サラッと呟いたが、その声には確信が込められていた。


 ……彼は何故、オレが真実を話したと確信出来た? それすらも、オレに対するブラフなのか?


 相手の真意が測れず、オレは次の出方に困る。しかし、ギリー君はフッと笑って見せる。


「ロレーヌから聞いている……。顔は怖いが、実は面倒見の良い奴だとな……。話に聞いていた通りらしい……」


「は、はは……。そりゃ、どうも……」


 とりあえず、良い印象を持って貰えてるって事か? 顔が怖いは余計だけどな……。


 そして、ギリー君はオレの事を認めてくれたらしい。いつでも撃てる姿勢を解き、オレに向かってアドバイスを始める。


「アレクを相手にするなら、誠意を見せる事だな……。あいつは、善意で接する相手を裏切ったりしない……」


「な、なるほど……」


 この辺りは情報を得ている。『黄金の剣』や『銀の翼竜』、それに領主様も誠意有る対応を取っていると。


「そして、アレクは甘い物に目が無い……。果物や菓子を手土産にすると良いだろう……」


「あ、甘い物……?」


 それは手土産を持って行けと言う事か? 本心からのアドバイスか、催促されているだけか、判断に悩む所だな……。


「それと、今日の昼は弟子達と昼食を取る予定だ……。訪問するなら、少しずらした方が良い……」


「あ、ああ……。昼以降に出直す事にするよ……」


 オレの回答に満足したらしい。ギリー君はクルリと向きを変えると、そのまま路地裏へと消えて行く。最後まで、一切の気配を感じさせぬままに……。


 そして、オレはふうっと息を吐く。そして、今になって鳥肌が立っていた事に気付く。余りの得体の知れなさに、恐怖心を感じていたらしい……。


「まあ、アドバイスされちまったしな……」


 オレは頭をガリガリと掻く。そして、盗賊ギルドへ引き返す事にした。




 そして、忠告通りに昼過ぎに再訪問する。今度は正面から手土産を持参して。


「でさ、ギルマスって顔が怖いでしょ? その割に、すっごく心配性で、面倒見が良いんだよ! 人は見かけによらないよね!」


「お前な……」


 オレはいつもの調子で呟く。何故かロレーヌが同席し、好き勝手に話しているからだ


 そして、そんな彼女を苦笑して見つめるアレク君。彼は手土産のケーキに口を付け、驚いた様子で問い掛けて来る。


「……この風味はポムの実ですね? どこで手に入るんですか?」


「ああ、数が少ないので表ルートでは出回って無いな。必要なら裏ルートを教えようか?」


「本当ですか? それは是非、お願いしたいですね」


 アレク君はニコニコと嬉しそうに微笑む。ケーキを食べて喜ぶ姿は、年相応の普通の青年にしか見えない。


 ……まあ、見た目通りとい訳は無いのだろう。同郷の青年は、あんな化け物みたいな能力を持っていた訳だし。


「代わりと言っては何だが、天竜祭の顛末を聞かせてくれないか? 勿論、話せる範囲内で構わないんだが……」


「う~ん、ダストンさんは、口の硬い方なのかな?」


 アレク君は、ロレーヌに視線を送る。それに気付いたロレーヌは、ニコニコと笑みを浮かべて頷く。


「うん、秘密は絶対に漏らさないよ! こういう職業だから、信用を失ったら終わりだって、いつも口酸っぱく言ってるからね!」


「なら、ある程度は話して大丈夫ですね」


 ……なるほど。ロレーヌの同席はアレク君の指示か。オレに対する情報を、随時出させる為に。


 アレク君も見た目に反して、中々に強かな性格らしい。流石は賢者様の孫といった所だな。


「さて、まずは『黄金の剣』が訪問した所からですね……」


 アレク君は思った以上の情報を、かなり赤裸々に語ってくれた。聞いているこちらが、心配になる位に……。


 しかし、アレク君は話し終えた後に、悪戯っぽい笑みを浮かべる。そして、片目を閉じて囁いた。


「今後はお互いに仲良くして行きましょう。期待していますからね?」


 つまり、先程までの話は、こちらへの先行投資という訳か。これだけ話したのだから、相応の働きで返せと……。


 更にアレク君は手を差し出して来る。オレは肩を竦め、彼の手を握るのだった。


 どうやらアレク君は、相当の器の持ち主らしい。これならいずれは、賢者様の偉業を超える日も来るかもしれないな……。

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