第93話 弟子達のこれから
今日は弟子のリア達と、一緒に昼食を取る日である。天竜祭以降は、六日に一度の休息日に、三人の弟子と昼食を取る事がお約束となっているのだ。
この時だけは、アンナ達も遠慮して同席はしない。なにせ、戦闘職の皆は、いつも一緒に野外で昼食を取っているからね。
ただ、リア達が食事を食べる中、カイルだけは食事に手を付けない。彼はソワソワした様子で、ボクへと質問を投げかけて来た。
「それで、薬師ギルドはどうなったんすか?」
「ああ、結局は領主様が仲裁に入って、商人ギルドとの対立にはならなかったね。とはいえ、ポーション価格は領主様が決める事になったし、独占販売も禁止されてしまった。実質的には、商人ギルドの勝ちみたいな物だと思うよ」
薬師ギルドとの対決を、一番気にしていたのはカイルだ。元々、彼は薬師ギルドに所属していた。しかし、そこでの成長が見込めず、見切りを付けてボクの元へ来たのだ。元の古巣というだけあり、思う所は色々とあるのだろう。
カイルはふうっと息を吐く。しかし、その顔には不安の色が滲んでいる。まだ、心配事があるらしい。
「そっすか……。ただ、あのギルドマスターが、よくそれを認めたっすね……」
「認めた訳じゃないよ。領主権限を使って、ギルドマスターを更迭したんだ。幹部連中も一部連座で、ギルドから追放されてしまったよ」
「それはまた、思い切った事をなされましたね……」
リアが驚いた表情で食事の手を止める。隣のシアも、うんうんと頷いていた。
ボクは苦笑して、戸口に立つギルへと視線を送る。彼はニコリと微笑み返してくれた。
「ギルから聞いた話だと、かなり前から準備を進めていたらしい。一部の幹部と交渉し、裏で領主側に付く様に内部工作をね」
「なるほど……。その方々を中心に再編成を行えば、更迭後の混乱も少なくて済むと……」
リアの推測に頷いて返す。彼女の考えた通り、領主派がそのままギルドマスターに就任し、幹部も同様に固めている。お陰で今も混乱無く納品が行われ、街への流通にも支障が出ていない。
長男の事はアレだけど、ユリウスさんは非常に優秀な領主だ。ボクが活動を起こさなくても、いずれは何とかしていたのだろう。
ボクは、リアからカイルへと視線を移す。見れば彼は眉を寄せていた。まだ、何か不安があるのだろうか?
「他にも気になる事があるの?」
「いや、その……。幹部は変わったんすけど、下っ端はどうなったのかなって……」
「ああ、なるほどね……」
カイルの気になっている事はわかった。過去の自分と同じ様に、使い捨てにされている、若手の事を心配しているのだ。幹部が変わっても、構造が変わらなければ意味が無いと……。
なので、ボクはニコリと微笑んで、カイルに事実を告げた。
「領主様もギルドの中までは口を出せないってさ。つまり、今すぐに何かが変わる事は無いだろうね」
「やっぱ、そうっすか……」
カイルは苦い顔で俯く。彼は昔の仲間の事を思い、引け目を感じているのだろう。自分だけがあの環境から抜け出してしまったと。
ボクは苦笑を浮かべ、そんなカイルに説明を続ける。
「ただ、どうにかしたいなら、カイルがそうすれば良いんじゃないかな?」
「え……? オレがっすか……?」
カイルは首を捻る。何を言われたか理解出来ていない様子だ。
ボクはクスクスと笑いながら、カイルにあの話をする事にした。
「領主様からカイル達にも褒美が用意されているよ。三人が望むなら、いつでもヴォルクスで工房や出店の許可を出してくれるってさ」
「なっ……! それは本当っすか……!?」
驚くカイルに、ボクは頷きを返す。彼はそれを見て、目に見えて顔を輝かせていた。
改めて説明すると、ヴォルクスは自由に出店したり、工房を構えたり出来ない。それをするには、領主からの許可が必要になって来るのだ。
そして、その許可も簡単に降りる物では無い。多額の費用と、個人の信用が求められるからだ。そうでもしないと、この商業都市に店を持ちたい人は、掃いて捨てる程にいるからね。
喜びを見せるカイルに、ボクは微笑んで見せる。
「カイルも実力を付けて来てるし、いつでもここを出て良いんだよ。資金についても、領主さまは無利子で貸し出す用意が有るらしいから」
「いやぁ……。致れり尽くせりっすね……」
余りの厚遇に、カイルは放心してしまっている。とはいえ、口元はニマニマと笑っているので、嬉しい事には間違いが無いのだろう。
そして、工房を構えられるという事は、人を雇えるという事にも繋がる。カイルの気にする若手は、彼自身が雇えば良いのだ。まあ、その為にはまず、工房を大きくする必要があるんだけどね。
喜ぶカイルを微笑ましく見ていると、そこでボクは異常に気が付く。リアとシアの二人が、何故か俯いているのだ。絶望した表情の二人に、ボクは何事かと慌てる。
「リアとシアはどうしたの? 二人は嬉しくないの?」
ボクの問い掛けに対し、二人は揃って顔を上げる。リアは不安に瞳を揺らし、シアに至っては涙目となっていた。
そして、リアは絞り出す様な声で、ボクへと質問を行う。
「先生……私達は、ここを出ないと行けないのでしょうか……?」
「うん……?」
それは今すぐという意味だろうか? それとも、いずれはという意味だろうか?
今すぐならノーだけど、いずれという意味ならイエスとなる。リア達はボクが雇ったという扱いで、クランメンバーでは無い。今までは必要があって、住み込みで働いて貰っていただけなのだ。
それはリアとシアもわかっているはず。しかし、二人は泣きそうな顔で訴えて来る。
「私は、ポーションを作れる様になりました……。けど、人付き合いは下手なままです……。先生の元を離れて、やっていけると思えません……」
「私も、先生がいないと怖いです……。お姉ちゃんと二人だけだと、怖くて足が震えちゃうんです……。ずっと、先生の元に置いて欲しいです……」
二人の言葉に、ボクは唖然とする。二人が内心でそんな事を思っているなんて、まったく気が付いていなかった。ポーション作りをしている時には、あれ程楽しそうにやっていたのに……。
どうした物かと悩んでいると、カイルがガシガシと頭を掻く。そして、困った表情で二人に尋ねる。
「えっとさ……。何で二人は、二人だけになるって思ってんの?」
「「え……?」」
姉妹は揃ってカイルを見る。その目は不思議そうで、何を言われたか理解出来ていない。
その視線に戸惑ったカイルは、アタフタと説明を行う。
「や、だってさ……。ここまで一緒にやって来たんだぜ? 普通、一緒にやろうってならねぇ?」
「それは……カイルの工房で、私達を雇うと?」
「違うだろっ!? この場面なら、共同経営って事だよ! オレ達で、一緒に工房を立ち上げるの!!」
「えぇ……。私達が工房の経営をするの……?」
カイルの話しに姉妹は困惑していた。独立を目標にしていたカイルと、そこまで考えていなかった二人では、考え方が根本的に違うのだ。
……何となく、話しが噛み合わなそうだし、ここは助け舟を出しておくか。
「うん、ボクもカイルの提案は良いと思うよ」
「「え……?」」
リアとシアは驚いてボクを見る。ただし、その目は不安そうなままで。
「……ただ、二人は経営者ってタイプでも無いからね。カイルが工房長。リアが仕入れや在庫管理。シアが受付って分担が良いんじゃない?」
ボクの提案に戸惑う三人。そして、三人はお互いに視線を交わしながら、それぞれの意見を口にする。
「えっと……二人が良いんなら、オレはそれでも良いんすけど……」
「はい、それなら何とか……。仕入れ先は、ハンスさんにお願い出来ますし……」
「はい、受付なら出来ますよ。カイルが一緒なら、少しは怖く無いかな……?」
どうやら、話しは無事に纏まったらしい。リアとシアの瞳からも、不安の色は大分薄れている。
ボクは駄目押しとばかりに、用意していた手帳を取り出した。
「いずれ巣立つ三人の為に、ボクからのプレゼントだよ。まあ、今すぐ出る必要は無いから、それを使ってじっくり準備しておくと良いよ」
三人は戸惑いながら、渡した手帳を手に取る。そして、その中身を見て、目を大きく見開いた。
「先生、これはまさか……!?」
「ふわあ……。上級職の転職方法が書いてある……」
「え……? この素材で代用が……!? いや、こんな場所で……!?」
その手帳は、ボクが書いた薬師育成の手引書だ。爺ちゃんの手帳と、ボクの知識をミックスした内容となっている。
ちなみに、カイルには薬師Lv50で転職可能な霊薬師の情報を加えてある。霊薬師は
リアには黒魔術師と、その先の錬金術師の知識を。シアには白魔術師とその先の医術師の知識を加えてある。いずれも、三人が以前から望んでいた、上級職となるのに必要な情報だ。
ボクはニコリと微笑んで三人へと視線を送る。
「アンナ達と違って、三人には付きっ切りで指導が出来ないからね。それをボクの代わりと思って、成長に役立てて欲しい。……勿論、手帳を渡したからって、これまでと関係が変わる訳じゃないよ?」
ボクの言葉に感動した様子を見せる三人。多少は狙った所もあるが、三人の素直な反応には少し照れるな……。
そんな中で、リアが唐突に立ち上がり、その場で両膝を付く。そして、恭しく手帳を掲げて見せる。
「これが……聖書という物ですね……?」
「いや、聖書では無い。手引書だからね」
ボクの声が聞こえているのか、リアは恍惚の表情で手帳を眺めている。リアは時々、素でボケるから反応に困る……。
一方、シアは大事そうに、手帳を優しく抱いている。カイルは我慢出来ないとばかりに、手帳を開いて中身を読み漁っていた。
「まあ、喜んでくれたみたいで良かったよ……」
ボクは肩を竦めて三人を見つめる。これで少しは、師匠らしい事が出来ただろう。
扉の方に目をやると、ギルとメアリーが笑みを浮かべていた。そして、微笑ましい物を見る目で、三人の様子を眺めていた。
そして、二人はボクの視線に気付く。ボクは二人に、苦笑を浮かべて見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます