第92話 アレク、黒の意味を知る

 ボクは駄目元で、ユリウスさんにゼロ達の事を尋ねた。


「あの日、ボクは帝国兵らしき悪魔術死デビル・サマナー達に襲われました。彼女達が何者か、ご存じないでしょうか?」


「ふむ……。その件は説明が必要だろうな……」


 ボクの質問に神妙に頷くユリウスさん。そして、ゆっくりボクへ語り始める。


「あれらは帝国内でも機密に近い扱いで、正式名称までは判明していない。そして、調査中に上がった名前は、ケルベロス特殊部隊と言う物……」


「ケルベロス特殊部隊……」


 ケルベロスは地獄の番犬と呼ばれ、三つ首の犬だったはず。由来は三人一組で、恐ろしい化け物犬と似ているって所かな?


 ボクが何となく納得していると、ユリウスさんは構わず続ける。


「帝国軍は黒髪の子供を集め、兵士として鍛えているそうだ。その際に与えられる職が呪術師で、適性を見て上級職も選ばれているらしい」


「黒髪の子供……?」


 そう……。ゼロはそこを指摘して来た。そして、その意味を自分で調べろと。つまり、ボクにも何らかの関りがあるのかもしれない。


 ボクが身を乗り出すのを見て、何故かユリウスさんは躊躇する。しかし、そこでワトソンさんは割って入る。


「アレクは、髪の色と属性の関係を知っておるか?」


「髪の色と属性……? いえ、知りませんね……」


 ボクの回答に頷くワトソンさん。そして、ジッとボクの目を見ながら説明する。


「貴族に多い金髪は、光の属性の恩恵が強い。平民に多い茶色は土属性。海辺に多い青髪は水属性。火山や砂漠は赤髪で火属性。風属性の緑はエルフに多いという具合じゃ。まあ、恩恵と言っても、そう大した物では無いのじゃがな」


「へぇ、それは初耳ですね……」


 言われてみれば、ワトソンさんの言う通りだ。ヴォルクスにはお青系の髪色が多い。しかし、ケトル村ではミーアの家族を除いて、全て茶色だった。そんな簡単な事に、今まで気付かなかったとは……。


 ボクが内心で反省していると、ワトソンさんは首を振る。


「恐らく、アレク達には意図的に教えなかったのじゃろう。それを教えれば、アレクの髪色も説明せねばならんからのう……」


「それって、どういう意味ですか……?」


 ボクは首を捻る。ボクの髪色は珍しい黒だ。話しの流れから、闇属性に強い恩恵があるのだろう。ユニークスキルの事を考えると、理解出来なくは無いんだけど……。


 ボクはその事を軽く考えていた。しかし、ワトソンさんはそんなボクに、強い口調で真実を告げる。


「黒髪は闇と死を司る神、スレイン様の恩恵を受けた存在。その存在が生れる場所は、カーズ帝国のみなのじゃよ」


「カーズ帝国のみ……?」


 あれ? それって、ボクはカーズ帝国で生まれたってこと? 或いは、ボクの親のどちらかが、カーズ帝国の人間って事かな?


 しかし、その理由がわからない。どうして、カーズ帝国のみしか、黒髪が生まれないのだろう?


 そんなボクの疑問も、予想していた様にワトソンさんが説明してくれる。


「スレイン様は、悪魔や死霊を司る神でもあるのじゃ。つまり、聖王国を筆頭に、多くの国では嫌われておる。普通はスレイン様を讃える神殿等も建てられぬのじゃが……」


「……カーズ帝国だけは違うと?」


 ボクの返しに、ワトソンさんは頷く。そして、小さく溜息をつく。


「帝国は過酷な環境故に、敵を殺す力が求められるのじゃよ。じゃからこそ、悪魔や死霊の力を使ってでも、強くなろうとスルラン様が讃えられる……」


「はあ、なるほど……」


 ボクの知っている設定でも、カーズ帝国は貧しい国々の寄せ集めとあった。寒冷地で作物が育ちにくく、強大な魔物も多く存在している。それ故の軍事国家という事になっていた。


 しかし、爺ちゃんや村の皆は、何故その事をボク達に隠していた?


 それは、ボクが帝国に関わると知っていながら、子供達に知られたく無かった? それは何の為だろうか? ボクが子供達の中で差別されない為だろうか?


 ボクは頭の中で色々と考えを巡らせる。しかし、ワトソンさんの話しは終わっていなかった。ボクへと更に言葉を続ける。


「先程の言葉は覚えておるな? 貴族に多い金髪は、光の加護が強いと言ったであろう?」


「ええ、そう言ってましたね」


 光なので、光と生命を司る神、スレインの加護という事になる。ユリウスさんやアンリエッタも金髪なので、何らかの加護があるのだろう。


「しかし、カーズ帝国では金色では無い。……黒なのじゃよ」


「え……?」


 一瞬、その意味が理解出来なかった。そして、少し遅れて理解が追いつく。


 ボクの親はカーズ帝国の貴族? そして、ゼロ達も貴族か、その子供という事になる?


「アレクの親が貴族かは不明じゃ。或いは没落して、貴族で無くなった家かもしれんしな。しかし、貴族に連なる出自である事は確かじゃろう……」


「はあ、なるほど……」


 まあ、ボクの考えた通りという事か。正直、今となっては大した情報では無い。これまで出会った何人かは、それを知っていても態度を変えたりしなかった。ボクが爺ちゃんの孫という方が、この国では大きな意味を持つからだ。


 ……ただ、引っかかるのはゼロの事だ。ボクの出自が、どうして彼女に恨まれる事になるのかだ。


 そして、ユリウスさんがその説明を引き継ぐ。


「ケルベロス特殊部隊だが、彼らは没落貴族や犯罪者の子供達だ。そして、その扱いは非常に酷な物だと聞いている。なにせ、成人までの生存率は一割以下らしいからな……」


「生存率が、一割以下……?」


 襲撃時のゼロ達は三人だった。彼女達は三十人以上の中から、生き残った子供という事か。それだけ、多くの死者を踏み台にして、彼女達は生き延びて来たという事だろう……。


「その過酷な環境で育ったから、彼女達はあの若さで、あれだけの強さを……?」


「……五歳頃の子供が、鎖に繋がれた魔物を殺してレベル上げを行う。そして、一年程で呪術師に転職するらしい。その後は、実践の中に放り出され、上級職まで生き残った者は、帝国軍人と同等の扱いを受けられるそうだ」


「帝国は実にえげつない事をしよる……」


 ユリウスさんとワトソンさんが痛ましそうな表情となる。過酷な環境で無くなった、多くの子供達を思っての事だろう。


 そして、ボクは自分の子供時代は振り返る。五歳頃は村の手伝いでレベルを上げ、六歳で転職を果たしたな。その後は、爺ちゃんやリリー師匠の元で、上級職まで鍛えて貰った。


 ……ボクがどれだけ恵まれた環境か良くわかる。そして、それと同等のレベル上げを行う為に、ゼロ達がどれ程の厳しい環境に置かれていたかも。


「しかし、ゼロがボクを恨むのは、妬み嫉みか……?」


 同じ黒髪の子供でありながら、ボクは恵まれた環境で育った。だからゼロはボクの事を、あんなに恨んでいたって事なのだろうか?


 ……まあ、流石にゼロの私情までは、ユリウスさん達もわかる訳が無いな。


 なので、ボクは頭を切り替える。考えてわからない事は、後回しで構わない。


「ケルベロス特殊部隊の事はわかりました。今後は出会わない事を祈っています」


「うむ、そう出くわす事も無いだろう。今後は帝国からの流入を許す気はないからな」


 ユリウスさんは力強く宣言する。それを見たボクは、彼が有能な領主で良かったとホッとする。


 ……それと同時に、無能な跡取りの事が脳裏を過る。まあ、ボクが聞いても仕方が無いし、それは家族の中で何とかする事だろう。


 そして、そろそろ話が終わりかと思ったら、領主が含みのある笑いを浮かべる。


「まあ、そう急いで帰る事もあるまい。こちらは今日の為に、手土産も用意してあるのだ」


「手土産……?」


 ボクが首を捻っていると、ユリウスさんは手元もベルを鳴らす。すると、入って来たセスに何事かを伝えると、セスが部屋から出て行った。


「すぐに戻るので、しばらく待って欲しい」


「はぁ、わかりました……」


 ユリウスさんの目が僅かに悪戯っぽく笑っている。その目の意味する所は何だろう?


 ボクが警戒していると、扉の外からノックの音が響く。そして、領主が入室の許可を出す。


「失礼致します」


 部屋へと入って来たのは、予想に反してセスでは無かった。二十歳手前の若い男性である。青い髪をオールバックに揃え、タキシードをビシッと着こなしている。その顔は、どことなくセスに似ている様な……。


 彼の事をジッと見ていると、ユリウスさんが口を開く。


「紹介しよう。彼はギルバート。セスの息子だ」


「初めまして、アレク様。私の事はギルとお呼び下さい」


「えっと、初めまして……」


 ギルはニコリと笑みを見せる。美形の好青年といった雰囲気で、女性にはとてもモテそうだ。


 そんな彼を紹介された意図が読めず、ボクはユリウスさんへと視線を向ける。


 すると、ユリウスさんはニヤリと笑って見せる。


「ギルはLv10のモンクでもある。本当は将来、長男の元で働かせる予定だったのだが……」


「はい、私の我が儘を聞いて頂き、非常に感謝しております」


 ギルはユリウスさんへと頭を下げる。その動作はとても優雅で、洗練された動きである。


 ボクがその所作に見惚れていると、ギルはこちらへと振り返った。そして、ボクへとキラキラとした笑みを向ける。


「アレク様、誠心誠意お仕えさせて頂きます。どうぞ、宜しくお願い致します」


「…………え?」


 嬉しそうな笑みを浮かべるギル。それを茫然と見つめるボク。そんなボクを、ニヤニヤと見つめるユリウスさん。ワトソンさんは、そんな一同を呆れ顔で見守っていた。


「おや? それとも、旦那様とお呼びした方が宜しいでしょうか?」


 ボクはそうじゃないと首を振る。それを見て、嬉しそうに頷くギル。まあ、呼び方はどうでも良いのだが、この状況は一体……。


 何故かはわからない。だが、ギルがボクに仕える事が決まっていたらしい。


 そして、クランにまた一人、仲間が加わった瞬間であった。

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