第91話 アレク、ヴォルクス領主と対面する
何だかんだで先延ばしにしたが、悪魔公再封印から五日後に領主に呼ばれてしまった。忙しい事を理由に避けていたら、アンリエッタやリュートさん、それにメリッサまで使ってプレッシャーを掛けられてしまった……。
そして、面会の日になり、お迎えの馬車で領主の屋敷へと届けられる。屋敷内の案内は『銀の翼竜』のセスさんであった為、緊張せず領主の元へと進む事が出来た。
「まず、色々と詫びをせねばならない……」
「え……?」
部屋に入って第一声が、領主らしき人物からの謝罪であった。相手は短く揃えたブロンドヘアーのナイスミドル。仕立ての良い貴族風の恰好をしているし、この状況で領主以外はあり得ないだろう。
しかし、事情を知らないボクは、どう反応したものか対応に困ってしまう。
すると、初老の人物が助け舟を出す。その人物とは、魔術師ギルドのギルドマスターである、ワトソンさんであった。
「領主様、それでは伝わりませんぞ。アレクが困っております」
「おお、これは済まなかった」
ワトソンさんの言葉に、領主は苦笑を浮かべる。そして、立ったままのボクに対して、中央のテーブルへ掛ける様に進める。
そして、三人はテーブルを囲む。奥は領主様で、その右手にワトソンさん。ボクは領主の向かいで、扉側に腰掛けた。
「さて、まずは私の自己紹介から行うべきか……。私はこのヴォルクス領の領主、ユリウス=ペンドラゴンだ。そして、アンリエッタとポルクの父親でもある」
「初めまして、領主様。アンリエッタとポルクには、いつも助けられています」
ボクが頭を下げると、領主は再び苦笑する。そして、手を振って返す。
「アンリエッタ達が手伝った事といえば、この領地の治安維持に関する事案。むしろ、本来は我々が対応せねばならん案件だったのだ。助けられた側は逆で、こちらの方であろう」
「そうでしょうか……?」
領主であるユリウスさんは、何となく上手くやれそうな気がする。領主だからといって高圧的な態度では無いし、只の冒険者とボクを見下す事も無さそうだ。
ボクがそんな第一印象を抱いていると、ユリウスさんは話を再開させた。
「謝罪もそうだが、まずは礼を言おう。悪魔公の件は助かった。アレク君がいなければ、このヴォルクスは大いなる厄災に見舞われていた事だろう」
「いえ、ボクは降りかかる火の粉を払っただけです。自分の為にやった事ですから」
ヴォルクスを守ったのは、ボクの居場所を守る為だ。何とかなると思ったから戦っただけで、勝てないと思えば逃げていたはず。だから、人の為に戦ったとは思っていない。
しかし、その回答にワトソンさんが反応する。嬉しそうに笑い声を上げ始めた。
「ほっほっほ、アレクは実に謙虚じゃな。昔の兄上とは大違いじゃ」
「え……? 爺ちゃんと……?」
突然の横槍に興味を引かれる。リアルな爺ちゃんの昔話って、滅多に聞く機会が無いからね。
「兄上は街を救った報酬に、様々な要求をした物じゃ。屋敷じゃったり、装備じゃったり、クランの制度もその一環じゃたはずじゃな」
「爺ちゃん……」
若い頃の爺ちゃんは、かなり強かだったのだろう。クラン制度も爺ちゃんの囲い込みと聞いていたが、今の話だと爺ちゃんがそう仕向けた感じだしね。
そちらの話も色々聞きたいが、それは今日の本題では無い。ユリウスさんは咳払いをして、話の流れを引き戻す。
「ゴホン! ……リュート達から報告は聞いている。しかし、何の報酬も出さないのは、対外的にも良くは無いのだ。そこは分かって貰えるかな?」
「ええ、一応は……」
リュートさんやメリッサ達からも、報酬の件は聞いている。天竜祭を延期した為、悪魔公の情報は一部公表されている。それに対する結果も、当然ながら市民を含めて町人全てに伝わっていた。
そして、最も活躍した『白の叡智』に報酬が無いと、市民から強い反感を買うと。更には、ボクを取り込みたい貴族達にも、攻め入る口実を与えてしまうらしい。
そいった事情もあり、ボクは今回の面会に応じた。この件でヴォルクスに火種を残すのは、ボクとしても本意では無いからね。
「それで、報酬については、『白の叡智』のゴールド級昇格。それに加えて、百万Gの報奨金を考えておる。……その他に望む事はあるかね?」
「いえ、それで結構です」
金級昇格が早まるのは助かる。それに、資金は有るに越した事は無い。何気に百万G(一千万円相当)というのも大金だしね。
そして、ホッとした様子のユリウスさん。追加の要求が無くて安心したらしい。
……っていうか、ボクって強欲と思われてたのかな? 原因は封印石(予備)の件かな? それとも、オリジナル結界の件かな?
ボクが色々と考えていると、続いてユリウスさんは難しい顔になる。そして、次の話題をボクに振る。
「報酬の件に異論が無ければ、次はケトル村の話に移りたいのだが……」
「ケトル村……ですか?」
ケトル村とはボクの生まれ育った村である。所属不明の一団に襲われ、数か月前に滅んだ村だ。それが何故、このタイミングで?
ボクが首を捻っていると、ユリウスさんは改めて頭を下げる。
「本当に申し訳ない……。ケトル村が襲撃されたのは、私の落ち度でもあるのだ……」
「……それって、どういう意味ですか?」
ボクの声は僅かにトーンが下がってしまう。そして、場の空気が数度下がった様に感じる。
そんなボクに、ユリウスさんは真っ直ぐに視線を合わせる。眉間に皺を寄せながらも、続きを話してくれた。
「ケトル村では帝国の動きを牽制する為、ゲイル殿に移り住んで貰った経緯がある。そして、ビリーやウィリアムにも、同様に帝国の動きが無いか、目を光らせて貰っていた」
「……それで?」
賢者と錬金術師である爺ちゃん。剣豪という上級職だったビリー村長。Lv50の狩人であるウィリアムさん。小さな村に住んでいるには、確かに過剰戦力と思った事もある。
その為、ユリウスさんの言葉は腑に落ちる。しかし、それが村の襲撃とどう結びつくのかが分からない。そして、どうユリウスさんの落ち度に繋がるのかも……。
「うむ、それで、ケトル村なのだが……実は、五年前から私の長男に管理を任せていたのだ……」
「はぁ……?」
ユリウスさんの長男という事は、アンリエッタとポルクの兄という事になる。それが、ケトル村の管理をしていた? それが、どう落ち度に繋がるのだろう?
ボクが理解出来ずにいると、ユリウスさんは俯きながら言葉を続ける。
「将来、領主の座を譲る時の為、良い練習になると考えていたのだ……。しかし、アレはその……あまり優秀では無くてな……。ケトル村とゲイル殿の重要性を、イマイチ理解しておらんかったのだ……」
「理解していないって……」
その言葉に、ボクは眉を寄せる。このヴォルクスで出会った全ての人が、爺ちゃんの偉業を称えていた。爺ちゃんのお陰で、帝国からこの国は守られたと。
ならば、ケトル村に爺ちゃんが置かれる意図は、すぐにわかりそうな物である。あの場所は、帝国領のすぐ側にあり、ペンドラゴン王国の砦と、エルフが管理する迷宮の森の間にある。いわば、ペンドラゴン王国への抜け道の様な場所なのだから。
そして、ユリウスさんは歯切れ悪く、事情の説明を続ける。
「アレは、その……ビリーからの報告を、私に上げなかったのだ……。ゲイル殿が、亡くなったという報告を……」
「…………は?」
思わずポカンと口が開いてしまう。爺ちゃんの死を報告しなかった? このヴォルクスに住んでいながら、爺ちゃんの死が何を意味するか、わかっていなかった?
そこでボクは、ふっとワトソンさんの存在を思い出す。そういえば、以前にワトソンさんと話をした時に、ケトル村の壊滅で慌てていたな。そして、急用が出来たと話を打ち切られたっけ……。
ボクの視線に気付いたらしく、ワトソンさんは溜息を吐いて頷く。
「うむ、ワシが領主様へ報告を行った。そして、ケトル村の事を調べて貰ったのじゃ……」
「その中で、今回の不祥事が発覚したという訳だ……。我が子が仕出かした事の不始末、全ては私の責任だと考えている……」
意気消沈した様子で項垂れるユリウスさん。そんな彼を、痛ましそうに見つめるワトソンさん。
ボクは眩暈を感じて頭を抑える。長男とやらは問題だが、ユリウスさんを責めても仕方が無さそうだな。
なので、ボクは別の質問をユリウスさんへ投げる。
「えっと……それで、今後の対応はどうされるのでしょうか?」
「うむ、まずはケトル村の跡地に砦を設けるつもりだ……」
ユリウスさんは話しながら、ボクの顔色を伺って来る。恐らくは、その事をボクが不快に思うか気にしているのだろう。
正直、思い出の村を潰される事には思う所がある。しかし、それは必要な処置だという事も理解出来た。帝国から出入り自由な入口を、放置しておく訳にもいかないだろう。
ボクが静かに頷くと、ユリウスさんは明らかにホッとした様子を見せる。そして、更に話しを続ける。
「後は潜伏している帝国兵の洗い出しだな……。この数か月の間に、どれだけの間者が入り込んだか、考えるだけで頭が痛い……」
ボクはその言葉に、ふと封印の祠に落とされたメテオ・フォールの事を思い出す。あれは魔導士が使う魔法だ。つまり、潜伏した帝国兵による破壊工作だったのだろう。
そして、同時に思い出す
……なのでボクは、駄目元でユリウスさんに尋ねてみる事にした。
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