第89話 アレク、悪魔公に反撃する

 聖騎士二名と魔法剣士二名が前に出る。彼らはタンクとして、悪魔公の攻撃を受け止める役割を持つ。


 そして、スナイパーのギリー、聖騎士のアンリエッタ、モンクのセスの三名はアタッカーだ。タンクの後ろから、高威力のスキルや魔法を放つ役目を担う。


 最後に、最後方で控えるボクとポルク。ボクはヒーラー兼支援役であり、チームの司令塔でもある。ポルクはアタッカーか迷ったけど、悪魔公は魔法耐性が高いので、支援役に回って貰った。


「じゃあ、ガンガン攻めて行きますよ!」


「「「おう……!!」」」


 ボクの号令で全員が動き出す。聖騎士は積極的に前へ出て、魔法剣士はヒット&アウェイで悪魔公を牽制する。ポルクは『マジック・バリア』や『マジック・ヴェール』で前衛に支援を行う。これは、魔法ダメージ軽減と、状態異常耐性の支援魔法である。


 次に、アタッカー達が動き出す。ギリーは『イーグル・ショット』、アンリエッタは『審判ジャッジメント』、セスは『気功砲』という大技を連発する。全て威力は高いのだが、精神力の消耗が激しいスキルだ。


 そして、最後にボクの出番だ。ボクの役割は体力と精神力の回復である。


「エナジー・インジェクション」


 アンリエッタ、ギリー、セスへと精神力の回復を行う。その後、マジック・バッグから中級精神ポーションを取り出し、ボクの精神力を回復させる。


 今のフォーメーションだと、精神ポーションはボクだけが利用すれば良い。そして、ボクが精神力を配る事で、アタッカーは消費を気にせず、スキルの連発が可能となる。


 このフォーメーションのメリットは大きく二つある。一つはアタッカーが手を止めずに済む為、DPS(Damage Per Second)を高める事が出来る。ちなみに、DPSとは時間平均で示される、ダメージ量の事である。


 そして、もう一つが精神ポーションの節約だ。ボクは自分用に100個の中級精神ポーションを準備してある。余裕がある様に思えるが、この数は長期戦を考えると心許ない数でしかない。何せ、今も一分に一個は消費していってるからね……。


 それで、話を戻すが、精神ポーション節約だ。これは、賢者が最大精神力の高いジョブである事に起因する。スナイパー、聖騎士、モンクの三人に比べ、賢者は二~三倍の最大値を持っている。


 そして、中級精神ポーションは、最大精神力の50%を回復する効果を持つ。つまり、三人が一個ずつ使う回復量と、ボク一人が使う回復量が同程度という事だ。三個の消費が一個で済む方がお得だよね?


 とまあ、そういう事で、アタッカーの皆にはスキルを連打して貰っている。三人のアタッカーが叩き出すダメージ量は、確実に『黄金の剣』のダメージ総量を超えている。


「ふふふっ……! 楽しいですわ……! 凄く楽しいですわ……!」


「これはまた、癖になりそうな爽快感ですな……」


「ふっ……」


 三人のアタッカーは実に楽しそうである。自分の持てる全力を出し続けれるのだから、わからないでも無いんだけどね。


 そして、その様子を羨ましそうに見つめるポルク。彼もあちらに混ざりたかったらしい。


「いやぁ……。中々、壮絶な光景ですね……」


「まあ、ポルクの役割も重要なんで我慢してね」


 そう、ポルクの支援も非常に重要な意味を持つ。なにせ悪魔公は、攻撃魔法と状態異常スキルを、結構な頻度で使って来るからだ。


 実際、先程までと違い、悪魔公は遊びを止めた。鎌の様に鋭い爪で前衛を攻撃し、隙を見ては炎の攻撃魔法を撒き散らしている。


 しかし、物理攻撃はその殆どを前衛の盾がガードする。攻撃魔法は、ポルクの『マジック・バリア』が防いでいた。


 なお、『マジック・バリア』は一定量のダメージまで、相手の魔法攻撃を防ぐ効果を持つ。そして、その一定量とはそれ程大きな値では無い。最低でも一度は防いでくれるが、常に魔法攻撃を防ぐには、頻繁に張り直しが必要になるのだ。


『ええい……! 小賢しい……!!』


 苛立った声で悪魔公が叫ぶ。そして、彼の身体から噴き出す黒い霧。その霧を前衛の戦士達を包み込んだ。


「おお……!?」


 ポルクがその光景に驚きの声を上げる。その驚きは、味方の被害に対してでは無い。『マジック・ヴェール』が、全ての味方を守った事に対する驚きだ。


 前衛の戦士達は一瞬手を止め、自分の体を確認する。しかし、何も異常が無いとわかると、すぐさま戦闘に戻った。


「ここからは、マジック・ヴェールを切らさないで下さい」


「ええ、わかりました!」


 ポルクはボクの指示で、マジック・ヴェールの張り直しを開始する。


 『マジック・ヴェール』は、魔法による状態異常を一度だけ防ぐ魔法である。今回の悪魔公の様に、広範囲に状態異常を撒かれると、回復が非常に煩雑となる。事前に予防出来るこの魔法は、大人数の戦闘で非常に有用なスキルなのだ。


「これで75%か……」


 ボクはポルクに聞こえない程度に囁く。悪魔公はゲーム内では体力が75%を切ると、状態異常スキルを使い始めるのだ。今のダメージの蓄積具合から、今回も大きな違いは無さそうである。


 ……となると、次は体力50%トリガーに備えなければならないな。


 ボクは悪魔公の周囲に目を向ける。数名の聖騎士がグレーター・デーモンの戦闘から離れ、こちらに合流して来たらしい。ただし、既に複数の前衛で囲んでいる状況な為、戦闘に加われずに佇んでいるが……。


「聖騎士の皆さん! 前衛の後方で控えておいて下さい! 皆さんの出番は、もう少し後になります!」


 ボクの指示に、聖騎士達がホッとした表情を浮かべる。彼等も明確な指示が無ければ、しっかりとした働きは出来ないだろうからね。


 そして、聖騎士達の動きを確認し、ボクはギリー達の支援に戻る。こちらも現在は順調で、非常に楽しそうに攻撃スキルを叩き込み続けていた。


 ボクは精神の分配を行いつつ、前衛に対しても回復と支援スキルを送り続ける。中級精神ポーションも少し使ったが、今の所は想定通りのペースである。


『ぐうっ……! 貴様等に私の本気を見せてやろう……!』


 悪魔公は大きく腕を振るうと、その直後に変化が起きる。スーツに包まれた身体は大きく膨れ上がり、その体は膨張する。更には細い手足が身体から伸び、完全なる昆虫形態へと変形を果たす。今の悪魔公は、見た目だけなら五メートルを超える巨大蜘蛛となっていた。


『ふははっ……! これで、貴様等も最後だ……!』


「聖騎士の皆さん! 『光の加護』を発動して下さい! 相手は急所を狙って来ますよ!」


 聖騎士の皆さんがスキルを発動する。『光の加護』は聖騎士の持つ防御スキルで、急所攻撃を無効にする効果がある。その効果は自分の周囲にも及ぶ為、リュートさんや魔法戦士の皆さんの支援にも繋がる。


 見ればリュートさんや魔法戦士の皆さんも、ボクの意図を瞬時に理解してくれていた。彼等は聖騎士の周辺に集まり、スキルの範囲内に入る立ち位置を確保している。流石は領主ご自慢の精鋭部隊といった所だろう。


「これで50%を切ったか……」


 想定通りの進み具合に安堵しつつも、この先を考えて気を引き締める。悪魔公の攻撃力はここからアップする。ヒールによる精神力消耗が激しくなる。そして、支援役がそれだけ煩雑になるという事でもある。


 悪魔公はその爪で、前衛を突き刺そうとする。その攻撃は首や胸等、防具の隙間を縫う鋭い攻撃である。しかし、『光の加護』によって、急所を狙った攻撃は逸らされる。その全ての攻撃は、決して急所へ届く事が無かった。


 とはいえ、相手の攻撃は先ほどより激しくなる。威力自体も高まっているし、何よりも手数が増えているのだ。正直、ボクとマリアさんだけで分担するのは、かなりの負担なのである……。


『人間如きが……! ふざけるな……!!』


 悪魔公は癇癪を起した様に叫ぶ。そして、その手足を出鱈目に振り回し、状態異常の霧も撒き散らす。あまりの攻撃の激しさに、一部の前衛は回復が間に合わず、戦線から距離を取りだした。


 残った前衛は苦しい状況だけど、ボクとしては非常に助かる。攻撃対象が絞られる方が、回復の手数は少なくて済むからだ。この状態なら、悪魔公の癇癪が収まるのを凌げるだろう。


「くっ……! なんて攻撃だ……!?」


 ポルクがマジック・ヴェールとマジック・バリアの張り直しに追われていた。そして、彼も自前の精神ポーションを消費している。ボクと同じで、彼も前衛の数が減って助かっている事だろう……。


 そして、悪魔公の激しい攻撃が数分続いた後、その激しさに陰りが見える。徐々に攻撃は落ち着きを見せ、やがて先程までの勢いへと戻る。


「よし、25%を乗り越えた……」


 これで後は削り切るだけ。ただ殴るだけの簡単な仕事である。中級精神ポーションのストックもまだ有る。不安要素もあまり無さそうだな。


 ……そして、ほんの気の緩みが出たのだろう。悪魔公の想定外な動きに、ボクは反応出来なかった。


『貴様が……。貴様さえいなければ……!!』


 悪魔公の目はボクを捉えていた。そして、自らの腕を一本切り離すと、何とその爪を投げ飛ばしたのだ。ボクの胸を目掛けて真っ直ぐと。


「なっ……!?」


 その攻撃はゲームでは存在しない行動である。だからこそ、ボクは予想も出来ず、対策もしていなかった。


 結果、その爪は柔らかい腹部に突き刺さる。『光の加護』の効果範囲外である為、その攻撃は守りの薄い急所へと突き刺さっていた。


「な、何で……?」


 ボクは驚きに目を見開く。それは、自らの身が攻撃されたからでは無い。アンリエッタが、ボクの前へと飛び出したからである。


 見ればアンリエッタの胴体を、悪魔公の爪が貫通していた。彼女は顔だけ振り向き、ボクに問い掛けて来た。


「アレク……怪我は無いかしら……?」


「馬鹿……! 何を言ってるんだ……!?」


 慌てるボクへ微笑むアンリエッタ。その腹部からは、ドクドクと血が流れ落ちる。彼女はそんな事は感じさせない、いつも通りの笑みであった。


 そして、自らの手で悪魔公の爪を引き抜くと、再び悪魔公へと向き直る。ボクは慌ててヒールを掛ける。そんなボクに、アンリエッタは誇らしげに囁いた。


「ふふっ、約束しましたからね……。アレクには傷一つ付けさせないと……」


「……っ!?」


 その言葉に、ボクは何も言えなくなる。その堂々とした背中に、掛ける言葉が見つからなかった。


 確かにアンリエッタはその言葉を口にした。しかし、その言葉の意味を、ボクは理解していなかった。


 アンリエッタはクランメンバーに、ボクの事を守らせるだけと考えていた。実際ボクは、彼女の事を公爵家の令嬢であり、ただのお飾りリーダーと考えていた。


 しかし、アンリエッタはそんな軽い覚悟では無かった。彼女は自らの言葉を守る為なら、その身を投げ出す事すら厭わない。いや、それどころか、約束を守れた事を誇ってさえいた。


 そんなアンリエッタの姿勢に、ボクの胸は熱くなる。ボクは初めて彼女の事を、本物のゴールド級クラン『銀の翼竜』のリーダーと認識した瞬間だった。


「アレク、何をぼうっとなさってますの? まだ終わってはいませんわよ?」


 アンリエッタがこちらに顔を向けていた。不思議そうなその顔は、いつもの彼女と変わらなかった。


「……ああ、そうだね。さっさと悪魔公をぶっ飛ばしてしまおう!」


 ボクはアンリエッタにニッと笑みを見せる。そして、アンリエッタも嬉しそうに微笑んだ。


「ええ、ヴォルクスの民を守る為に!」


 アンリエッタは『審判ジャッジメント』の使用態勢に入る。それを見て、ボクは支援を再開する。気が付けば、ギリーやポルク、セスにアンナ達の注意が、こちらに向いている事に気付く。


 ボクは場を仕切り直す為、咳払いをして皆に声を掛ける。


「ごほん……。悪魔公の体力は後僅かです! 最後のもう一踏ん張りですよ!」


「「「おうっ……!!」」」


 戦闘に参加する皆が声を出す。その身に気合を入れる為に。そして、皆がラストスパートを掛け始めた。


 程なくして、皆がボクの言葉が事実だと実感する。何故なら悪魔公の動きが、徐々に弱って来ているからである。それまでの苛烈な勢いが嘘の様に弱まっているのだ。


審判ジャッジメント!!」


 アンリエッタが最後の一撃を解き放つ。光に包まれた悪魔公は、遂に体力の限界を迎えたらしい。身を包む甲殻が崩れ落ち、人型形態へとその姿を戻す。


 そして、悪魔公ダームレムは、その場に崩れ落ちたのだった。

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