第88話 アレク、体制を立て直す

 ギリーとアンリエッタが開いてくれた道を進む。その先には、血だまりに沈むマリアさんの姿があった。ボクは一瞥して顔を顰める。その瞳に光は無く、胸の中心には空洞が開いている。これはほぼ即死だったのだろう。


 次にボクは、少し離れた場所で戦うリュートさん達へ視線を向ける。そして、その酷い有様にため息をついた。


 ……ああ、あれは駄目だ。完全に我を忘れている。マリアさんが殺されて、冷静でいられなかったのだろう。


 全身ボロボロで、悪魔公に遊ばれているリュートさん。仲間が必死で支えているが、ヒーラーを欠いてパーティーはまともに機能していない。


 だが、逆に考えると、この状況は幸運だったのかもしれない。悪魔公が遊ぶ気にならなければ、既にこの場の全員が、皆殺しにされていた可能性もあるのだから。


「リュートさん! マリアさん蘇生まで持ち堪えて下さい!」


「……っ!? わかった! マリアを頼む!!」


 ボクの声により、リュートさんの目に理性が戻る。そして、少し下がって仲間との連携を取り始めた。その様子に、『黄金の剣』のメンバー達も、ほっとした表情となる。


 その様子を確認し、次にボクはアンリエッタとギリーに向き直る。彼等にボクの行動を伝えなければならない。


「マリアさんの蘇生を開始します。時間は一分。その間はボクの邪魔をさせないで下さい」


「ええ、承知いたしましたわ!」


「ああ、任せておけ……」


 ギリーとアンリエッタがボクの前に立つ。そして、『銀の翼竜』のメンバーが更にその前へと移動する。人の壁によって、悪魔公からボクは見えなくなる。これで、蘇生魔法に集中出来る事だろう。


「さて、早速始めるとするか……」


 ボクの使う魔法は『蘇生リザレクション』である。賢者が習得可能なスキルで、精神力の消費だけで死者の蘇生が可能な魔法だ。


 ただし、プリーストの習得可能な『復活リヴァイバル』と違い、発動までの時間が非常に長い。キャストタイムは60秒を要し、戦闘中の利用は実質的に不可能だ。……まあ、これはゲーム内での話しではあるが。


 代わりに、プリーストの『復活リヴァイバル』は瞬時に発動可能な代わりに、光の魔石を消費する。コストが掛かるので、あまり頻繁に使えるスキルでは無い。……こちらは、この世界での価値観であるが。


 そして、ボクは『蘇生リザレクション』を無事に完成させる。悪魔公からのちょっかいはあったが、それらは全て『銀の翼竜』が防いでくれていた。


蘇生リザレクション!!」


 ボクの手から魔力が零れ落ち、マリアさんへと降り注ぐ。その光はマリアさんを包み込むと、その傷を徐々に癒して行く。そして、数十秒の時間を掛けて、直視を躊躇うマリアさんの胸元は完治した。


「……か……は……」


 マリアさんの口から空気が漏れる。それと同時に溜まっていた血も吐き出された。彼女の目に光が戻り、徐々に焦点がボクへと合って行く。


「おっと……」


 ボクはマジック・バックから毛皮のマントと、中級精神ポーションを取り出す。そして、毛皮のマントをマリアさんに掛ける。……傷の塞がった胸元は、別の意味で直視出来ない状況だったからね。


「これを飲んで下さい」


「あ……」


 彼女の上半身を抱き起し、瓶の中身を口へと注ぐ。彼女はそれが何かを理解して、すぐに中身を飲みほした。そして、すぐさま自身へ魔法を発動させる。


「ミラクル・ライト……」


 彼女が発動したのは最高位の回復魔法。プリーストのみが習得可能で、部位欠損を含めた完全な治療が可能な魔法である。


 ちなみに、白魔術師や賢者の回復魔法は、肉体の回復機能を極限まで高める効果だ。つまり、回復にはスタミナを消費し、体内に回復可能なだけの栄養素が足りないと、魔法の効果が発揮されない。


 それに対して、プリーストの回復魔法は、神の奇跡を発現させる代物である。治療対象の状態に関係無く、完全な状態だけを結果として残す。発動さえすれば、効果を発揮出来ない状況はない。


 余談だけど、『蘇生リザレクション』は体力と精神力が共に「1」の状態で復活する。それに対して、『復活リヴァイバル』は体力と精神力が完全回復状態となる。それもあって、先程は中級の精神回復ポーションを飲ませたのだ。


「状況はわかりますか?」


「私は……殺されたのですね……」


 気まずそうに囁くマリアさんへ、ボクは頷きを返す。そして、そんな彼女を動かす為に、敢えてキツイ言葉を掛ける。


「あなたの不在で『黄金の剣』は危険な状況です。すぐに動けますか?」


「……っ!? 勿論です……!!」


 状況を理解して勢い良く立ち上げるマリアさん。そして、彼女から剥がれ落ちる毛皮のマント。ボクは視線をそっと逸らす。


 マリアさんはしばらく、不思議そうに立っていた。しかし、すぐに自分の状況を理解してくれたらしい。毛皮のマントを慌てて拾い上げ、急いで自身の身に纏う。


「マ、マントはお借りしますね……!」


「はい、返却は後日で構いませんので」


 真っ赤な顔のマリアさんへ、ボクは素っ気なく返す。下手な気遣いは、逆に彼女に恥をかかせるだけだろう。それに、今はそんな悠長な状況でも無いしね。


 そして、マリアさんが駆け出し、『黄金の剣』に合流する。それを見届けたボクは、アンリエッタの視線に気が付く。


「アレク、この後はどうなさいますの? ワタクシ達と一緒に、悪魔公と戦いますか?」


「うん、そうだね……」


 ギリーや他のメンバーも、全員が聞き耳を立てていた。今までの流れも有り、作戦立案はボクの役割という共通認識の様だ。


 ボクは下級精神ポーションを取り出すと、それをサッと飲み干す。先ほど消費した、『蘇生リザレクション』の精神力分を回復する為だ。


 そして、ボクはニヤリと笑って見せた。


「先程はアンリエッタの力を見せて貰ったからね。今度はボクが、『賢者』の本領を見せるとしましょう」


 ボクの言葉に全員が目を丸くする。そして、アンリエッタだけが目をキラキラと輝かせて、ボクへと返事を返す。


「まあ、それはとても楽しみですわ!」


 彼女は大きな期待をボクへと向けていた。なのでボクは、彼女の期待に応えるべく、皆へ作戦を伝える事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る