第88話 アレク、体制を立て直す
ギリーとアンリエッタが開いてくれた道を進む。その先には、血だまりに沈むマリアさんの姿があった。ボクは一瞥して顔を顰める。その瞳に光は無く、胸の中心には空洞が開いている。これはほぼ即死だったのだろう。
次にボクは、少し離れた場所で戦うリュートさん達へ視線を向ける。そして、その酷い有様にため息をついた。
……ああ、あれは駄目だ。完全に我を忘れている。マリアさんが殺されて、冷静でいられなかったのだろう。
全身ボロボロで、悪魔公に遊ばれているリュートさん。仲間が必死で支えているが、ヒーラーを欠いてパーティーはまともに機能していない。
だが、逆に考えると、この状況は幸運だったのかもしれない。悪魔公が遊ぶ気にならなければ、既にこの場の全員が、皆殺しにされていた可能性もあるのだから。
「リュートさん! マリアさん蘇生まで持ち堪えて下さい!」
「……っ!? わかった! マリアを頼む!!」
ボクの声により、リュートさんの目に理性が戻る。そして、少し下がって仲間との連携を取り始めた。その様子に、『黄金の剣』のメンバー達も、ほっとした表情となる。
その様子を確認し、次にボクはアンリエッタとギリーに向き直る。彼等にボクの行動を伝えなければならない。
「マリアさんの蘇生を開始します。時間は一分。その間はボクの邪魔をさせないで下さい」
「ええ、承知いたしましたわ!」
「ああ、任せておけ……」
ギリーとアンリエッタがボクの前に立つ。そして、『銀の翼竜』のメンバーが更にその前へと移動する。人の壁によって、悪魔公からボクは見えなくなる。これで、蘇生魔法に集中出来る事だろう。
「さて、早速始めるとするか……」
ボクの使う魔法は『
ただし、プリーストの習得可能な『
代わりに、プリーストの『
そして、ボクは『
「
ボクの手から魔力が零れ落ち、マリアさんへと降り注ぐ。その光はマリアさんを包み込むと、その傷を徐々に癒して行く。そして、数十秒の時間を掛けて、直視を躊躇うマリアさんの胸元は完治した。
「……か……は……」
マリアさんの口から空気が漏れる。それと同時に溜まっていた血も吐き出された。彼女の目に光が戻り、徐々に焦点がボクへと合って行く。
「おっと……」
ボクはマジック・バックから毛皮のマントと、中級精神ポーションを取り出す。そして、毛皮のマントをマリアさんに掛ける。……傷の塞がった胸元は、別の意味で直視出来ない状況だったからね。
「これを飲んで下さい」
「あ……」
彼女の上半身を抱き起し、瓶の中身を口へと注ぐ。彼女はそれが何かを理解して、すぐに中身を飲みほした。そして、すぐさま自身へ魔法を発動させる。
「ミラクル・ライト……」
彼女が発動したのは最高位の回復魔法。プリーストのみが習得可能で、部位欠損を含めた完全な治療が可能な魔法である。
ちなみに、白魔術師や賢者の回復魔法は、肉体の回復機能を極限まで高める効果だ。つまり、回復にはスタミナを消費し、体内に回復可能なだけの栄養素が足りないと、魔法の効果が発揮されない。
それに対して、プリーストの回復魔法は、神の奇跡を発現させる代物である。治療対象の状態に関係無く、完全な状態だけを結果として残す。発動さえすれば、効果を発揮出来ない状況はない。
余談だけど、『
「状況はわかりますか?」
「私は……殺されたのですね……」
気まずそうに囁くマリアさんへ、ボクは頷きを返す。そして、そんな彼女を動かす為に、敢えてキツイ言葉を掛ける。
「あなたの不在で『黄金の剣』は危険な状況です。すぐに動けますか?」
「……っ!? 勿論です……!!」
状況を理解して勢い良く立ち上げるマリアさん。そして、彼女から剥がれ落ちる毛皮のマント。ボクは視線をそっと逸らす。
マリアさんはしばらく、不思議そうに立っていた。しかし、すぐに自分の状況を理解してくれたらしい。毛皮のマントを慌てて拾い上げ、急いで自身の身に纏う。
「マ、マントはお借りしますね……!」
「はい、返却は後日で構いませんので」
真っ赤な顔のマリアさんへ、ボクは素っ気なく返す。下手な気遣いは、逆に彼女に恥をかかせるだけだろう。それに、今はそんな悠長な状況でも無いしね。
そして、マリアさんが駆け出し、『黄金の剣』に合流する。それを見届けたボクは、アンリエッタの視線に気が付く。
「アレク、この後はどうなさいますの? ワタクシ達と一緒に、悪魔公と戦いますか?」
「うん、そうだね……」
ギリーや他のメンバーも、全員が聞き耳を立てていた。今までの流れも有り、作戦立案はボクの役割という共通認識の様だ。
ボクは下級精神ポーションを取り出すと、それをサッと飲み干す。先ほど消費した、『
そして、ボクはニヤリと笑って見せた。
「先程はアンリエッタの力を見せて貰ったからね。今度はボクが、『賢者』の本領を見せるとしましょう」
ボクの言葉に全員が目を丸くする。そして、アンリエッタだけが目をキラキラと輝かせて、ボクへと返事を返す。
「まあ、それはとても楽しみですわ!」
彼女は大きな期待をボクへと向けていた。なのでボクは、彼女の期待に応えるべく、皆へ作戦を伝える事にした。
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