第87話 アレク、駆け付ける
結界の修復に、想定以上の時間が掛かってしまった。アンリエッタが離れていれば、もっと作業は早まったのだが……。
ボクは走りながら、チラリと隣を見る。そこにはキリッとした表情のアンリエッタが並んでいた。
そして、少し下がってポルクが走る。彼はとても気まずい雰囲気を漂わせていた。しかし、空気を読まないアンリエッタは、ボクへ質問を投げ掛ける。
「アレク、まだ間に合うかしら?」
「えっと、急げばギリギリかな……」
ボクの回答に、アンリエッタは神妙に頷く。そして、至って真剣に口を開く。
「では、急ぎましょう。市民に被害を出す訳には行きません」
「……うん、そうだね」
再びポルクに目を向ける。彼は必死に頭を下げていた。アンリエッタから死角となる位置で。
「……はあ」
アンリエッタに悪気は無いのはわかっている。彼女はただ、空気を読めないだけなのだ。市民を思う気持ちも本物だろう。
それに、彼女が来なければ、ボクは封印の祠に向かう事すら出来なかった。何せ、ボクには
だからこそ、ボクはアンリエッタを責められない。結界の修復が遅くなったのは、半分はボクの責任でもあるからだ。ボクに力があれば、もっと上手くやれたのだから……。
「ヘイスト……」
ボクは効果が切れる前に、補助魔法を自身に掛け直す。そして、数人がそれを合図に、自らのヘイストを掛け直す。今は白魔法を使える人が多いので、支援役としては非常に楽である。
分担しながら仲間へも支援を掛ける。そして、ボク達はヴォルクスの門を超え、封印の祠へと駆け付けた。
それから十分近く走り、到着した現場は悲惨な状況であった。十体を超えるグレーター・デーモン。数名の戦士は負傷して戦線離脱。状況としては、何とか戦況を保っているといった状況だ。
更に酷いのは戦場の中心である。ヒーラーであるマリアさんが戦死していた。『黄金の剣』のメンバーが悪魔公ダームレムの相手をしているが、あれはただ遊ばれているだけだ。
……これは決して討伐戦等では無い。悪魔達が人間を甚振る為の遊び場である。
「お父様の兵達が……」
隣のアンリエッタは顔を青くしていた。ポルクも状況の不味さに顔を顰めている。他のメンバーは不安そうに、ボクへと視線を向けていた。
……確かに状況は劣勢へと傾いている。しかし、この程度の状況なら、ゲーム内では日常茶飯事だった。まだ、立て直しが出来ない状況では無い。
「皆さん、聞いて下さい!」
『白の叡智』と『銀の翼竜』のメンバーが、ボクへと意識を向ける。悪魔公と一部の戦士も気付いているが、距離が空いているので特に動きは見せない。
「体制を立て直します。まずは、マリアさんの蘇生が第一優先です」
「アレクさんは蘇生魔法が……」
ポルクの呟きに、『銀の翼竜』のメンバーが表情を明るくする。事前に伝えてはいたが、その情報を忘れていたのだろう。アンリエッタの伝え漏れとは思いたくない……。
「その為に、ギリーと『銀の翼竜』の皆さんは、ボクの護衛をお願いします。まずは、マリアさんの元へ辿り着かないと行けません」
「ふふっ、任せておきなさい。アレクには傷一つ付けさせませんわ!」
アンリエッタが胸を張って宣言する。後ろに控える一同も頷き、同意の意思を示す。ギリーは当然の様に、口元を緩めるだけだ。
そして、ボクはアンナ達に視線を向ける。彼女達は悪魔公の攻撃に耐えられないだろう。だから、別の役割をこなして貰う。
「アンナ達は周りの戦士達に加勢を。そして、ある程度余裕が出来たら、聖騎士は悪魔公側に回して欲しい」
「わかった……。周りの悪魔達は、私達で何とかする……」
力強く頷くアンナ。ハティ、ルージュ、ロレーヌも同意を示す。結界で弱ったグレーター・デーモンなら、アンナ達でも何とかなるだろう。
……いや、それどころか、魔法剣士や聖騎士と力を合わせるのだ。案外良いペースで、数を減らしてくれるかもしれない。
「……そうだ。グレーター・デーモンの数は六体より減らさないで。五体以下になると、悪魔公が増援を呼び出すから」
「わかった……。六体までに留めておく……」
これを伝え忘れると、状況が傾きかねないからね。ゲーム内では範囲攻撃で蹴散らされる雑魚だけど、今の戦力で十体の再召喚は非常に厳しい。油断した所に出られると、最悪は心が折れる人も出るかもしれない。
改めて皆の表情を見る。程よい緊張感は持っているが、気負っていたり、ガチガチになっている者はいない。これなら問題無くやれるだろう。
「それでは行動に移ります。皆さん、宜しくお願いします」
「「「おお……!!」」」
アンリエッタを先頭に、『銀の翼竜』がマリアさんを目指して進む。『白の叡智』はルージュを先頭に、近くのグレーター・デーモンを目指して進みだした。
ボクは『銀の翼竜』の後を追う。その隣にはギリーが並ぶ。彼が隣にいる事で、ボクは不思議な安心感を感じていた。
「あっ……! アンリエッタ様……!?」
ボク達の進む先に、一体のグレーター・デーモンが躍り出た。聖騎士二人が相手をしていたが、悪魔公に近づく一団を危険と感じ、こちらへと矛先を変えたのだろう。
しかし、グレーター・デーモンは判断ミスをした。この一団は悪魔側にとって危険なのは確かだ。しかし、一体で止められる程に甘くは無い。
「やりなさい!」
「「はっ……!!」」
アンリエッタの号令で、二人の魔法戦士が前に出る。そして、スキルを駆使してグレーター・デーモンの足止めを行う。
その隙に、聖騎士はアンリエッタの前に出て盾となる。当のアンリエッタはと言うと、あるスキルの発動準備に入っていた。
「アレク! 私の力を特とご覧なさい!」
キラッキラの笑顔でこちらに視線を送って来る。ボクが苦笑して頷くと、スキルの準備が終わったらしい。彼女はグレーター・デーモンへ向き直り、必殺の一撃を発動する。
「
グレーター・デーモンは一瞬で、光の柱に包まれる。その光に身を焼かれ、抵抗する間も無く消滅させられてしまった。
……ちなみに、このスキルはゲーム内でロマン砲と呼ばれていたりする。
何故なら、習得までに特化したスキル取得が必要で、完成にはLv30までのスキルポイントを消費する。悪魔・死霊系に特化したスキル構成にせざるを得ず、非常に使い勝手が悪いキャラになってしまうのだ。
ネタとして使う友人もいたけど、メインキャラでは無かった。まあ、その友人がスキルを使った時も、今の彼女みたいにドヤ顔をしてた気がする……。
「アレク、見ていましたか!?」
「ええ、大した物です」
ボクの回答にアンリエッタは目を輝かす。そして、満足そうな笑みを浮かべていた。
その素直な反応に苦笑する。しかし、今のこの状況で、
……ただ、出来れば事前に教えて欲しかったな。知っていれば、始めからそれを前提に作戦を立てられたのだから。
「ふっ……。大した相手では無いな……」
「ん……?」
見るとギリーが、構えた弓を下ろす所だった。そして、視線を前方に向ける。そこには、目を丸くした、聖騎士が一人で立ち尽くしていた。
いや、良く見ると、聖騎士の足元に悪魔が倒れている。体に数本の矢が刺さっており、何があったかは一目瞭然。少し先の進路で戦闘があった為、予め処理してくれたのだろう。
しかし、アンリエッタは主張が激しいが、ギリーは主張が少な過ぎる。気付くと終わってるってパターンが非常に多いのだ。
……まあ、今はどちらも頼りになるので良いんだけど。
「さて、次はボクの出番だね……」
二人によって開かれた道を、ボクは安心して進むのであった。
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