第86話 リュート、激昂する

 オレは魔法剣士のリュート。ミスリル級クラン『黄金の剣』のリーダーだ。隣にはプリーストであるマリアが並んでいた。勿論、仲間であるクランメンバー達も背後に控えている。


 今のオレ達は封印の祠の前で、アレク君の到着を待っていた。ヴォルクス領主様の私兵団員も二十名が同じく待機している。彼等は今回、オレの指揮下に入る事になっている。


 なお、領主様の娘であるアンリエッタ様は、一時間程前にアレク君の様子を見に行った。あまりにもソワソワして落ち着きが無いので、オレが指示して行かせたのだ。弟のポルク様には感謝の目で見られた。彼はいつも苦労しているな……。


「遅いですね……」


「ああ、そうだな……」


 不安気なマリアの声が届く。そして、その不安は誰もが感じる物だった。


 何故、結界が破壊された? 何故、アレク君の到着が遅い? 何故、アンリエッタ様からの連絡が来ない?


 疑問に思っても、誰も口にはしなかった。それは、口にしても、答えが得られない事がわかっているからだ。そして、それを口にすれば、不安がより広がる事も理解していた……。


「結界はまだ持ちそうかな?」


「ええ、アレクさんのお話通りですと、残り三十分程と言った所ですが……」


「そうか……」


 残り時間は三十分か……。それまでに間に合うのだろうか?


 アレク君なら何とかしてくれると思う。けれど、この胸に感じる嫌な予感は何なのだろうか?


 誰もが落ち着き無く待っていた。そして、それは唐突に行った。


「お、おい……! あれを見ろ……!」


「な……!?」


 空に巨大な岩が浮いていた。……いや、浮いているのでは無い。落ちてきているのだ!


 そのサイズは徐々に大きくなり、こちらに向かっている事がわかる。


「逃げろ……! 落ちて来るぞ……!!」


 オレの指示に従い、仲間や私兵団員達が散開する。流石に訓練された戦士達だけあって、戸惑って立ちすくむ者はいなかった。


 そして、皆が逃げ出した場所へ、巨大な岩が落ちて来た。巨大な岩は砕け散り、周辺へ石の破片を撒き散らす。多少の痛みはあれど、皆に大きな怪我は無い。全員が戦闘を考慮した装備を着用していたお陰である。


 そして、幸いな事に封印の祠は城壁の外に存在した。市民や民家への被害は無い。不幸中の幸いと言った所だ。


「……っ! 何がどうなっている……!?」


 岩が落ちた場所に、全員の視線が集まる。そこには巨大は窪地が出来ており、中央には白い石が転がっているだけだった。


 しかし、そこには本来、祠があったはずだ。竜神様を称える為とされ、実際は悪魔公ダームレムが封じられた祠である。


 そして、転がった石にはヒビが入っている。そのヒビからは黒い煙が噴き出しており、周囲には深いな気配が漂い始めていた。


『く……くくく……』


「くそっ……! 最悪だ……!!」


 脳内に声が木霊する。それは人に恐怖を与える声である。そして、否が応でもその存在を理解させてくれた。


『くはははは……!!』


 直後に砕ける白い石。そこから噴き出す黒い瘴気。そして、そいつは姿を現した。漆黒のマントを身に纏う。貴族風の恰好をした悪魔である。


 そいつが立っているだけで、周囲の草木から生気が奪われる。そいつを見ているだけで、生物は絶望を感じてしまう。だからこそ理解出来る。奴こそが、悪魔公ダームレムであると。


『ふむ……? 少々、体が重いな……』


 ダームレムは不思議そうに身体を動かす。そして、身体に異常が無い事を確認すると、次にヴォルクスの城壁に目を向ける。


『ふむ、理由はあれか……』


 どうやら、結界の存在に気付いたらしい。ダームレムは虫の様な顔で、表情はよくわからない。しかし、不快に感じている事はわかった。彼はヴォルクスに向かって、その足を進め始める。


「おっと、待って貰えるかな? 街に行かれるのは困るんだよね?」


『うん……? 人間の戦士か……。出迎えご苦労である……』


 ダームレムは初めて気付いたらしく、こちらへ視線を向ける。そして、横柄な態度でこちらを労う。魔界では爵位持ちらしいが、それを人にも適用する辺りがズレているな……。


 そして、ダームレムは腕を組み、こちらへと指示を出す。


『我はあの不快な結界を破壊しに行く。貴様等の相手は、その後にゆっくりしてやろう』


「いやいや、それを黙って見過ごすと思うの?」


 こちらの問いに肩を竦めるダームレム。馬鹿にした様子で言葉を返す。


『我との実力差も理解出来ぬか? そう、死に急ぐ必要も無いだろうに……』


「ははっ……。貴方の中では、死ぬ事が決定してるって事ね……」


 つまり、これ以上の会話は無意味。後は戦って、ダームレムを止めるしか無い。


 そして、幸いな事に、再封印の為の結界石はマリアが所持している。アレク君が間に合わなくても、再封印自体は可能という事だ。


 もっとも、ダームレムを弱らせる事が出来るかが、重大な問題になるんだけど……。


 オレは腰の剣を抜く。クラン名の由来にもなっている、オリハルコン製のロングソードだ。マリアの支援で聖属性を得られる為、悪魔公にも十分ダメージを与えられるはずだ。


 背後の仲間とヴォルクス私兵団員達も武器を構える。その様子を、ダームレムは呆れた様子で見つめてた。


『天竜の存在は感じないな……。人のみで我と戦おうとは……』


 ダームレムは腕を振るう。すると、彼の周囲に数体の悪魔が姿を表した。


 現れた悪魔はグレーター・デーモン。高位の力を持つ悪魔で、一人で相手をするなら、ミスリル級の上級職が必要。基本職のみで相手をするには、パーティーでも分が悪い相手である。


 その高位の悪魔が、気付けば六体も呼び出されていた。いずれもダームレムに膝を付き、召喚主からの指示を待っている。


『人間どもの相手をしてやれ。じっくりと、絶望を感じながら殺すが良い』


「来るぞ……! 相手はグレーター・デーモンだ……!」


 オレの仲間達なら、グレーター・デーモン一体程度は苦としない。私兵団も三人一組で叩けば、十分に五体の仕留めてくれるはずだ。油断さえしなければ、今の所は問題無いだろう。


「ホーリー・エンチャント!」


「助かる……!」


 マリアからの支援魔法を受け、オレの武器と防具は聖属性を纏う。この状態であれば、悪魔へ与えるダメージは増加し、受けるダメージは減少する。つまり、こちらに有利な戦いが可能という事だ。


 そして、オレは前に出て来たグレーター・デーモンと対峙する。相手より早く踏み込み、先制の一撃を叩き込む。


「マジック・バースト!」


 魔力により、瞬間的に筋力を上げるスキルだ。これによって更に攻撃力を増し、オレはグレーター・デーモンを袈裟切りにする。


「ギャアアア……!」


 痛いに悲鳴を上げるグレーター・デーモン。そして、すかさず反撃の一撃が飛ぶが、それは剣で受け流す。


 数度の攻防を経て、オレは一体のグレーター・デーモンを撃破した。相手は思った以上に弱い。結界の効果が十分に発揮されている事がわかる。


「やれる……! これなら問題無い……!」


 後ろの仲間達に激を飛ばす。それを受けた仲間達は、士気を上げて攻撃に加わる。そして、大した時間も掛けずに、一体目のグレーター・デーモンを仕留めた。


『ほほう、やるではないか。それでは、これではどうかな?』


 ダームレムは指を弾く。すると、彼の周りには、更に十体のグレーター・デーモンが出現した。現れた悪魔達は、オレ達の存在を確認すると、すぐさま先頭に加わった。


「くっ……! ダメージを最小限に抑えろ!」


 あっという間の増援に、出鼻を挫かれる形となる。士気が下がるのは仕方が無いが、それで怪我人が出るのだけは防がなければならない。聖騎士も軽傷なら回復出来るが、大怪我に対応出来るのはマリアだけ。精神力の消費は、少しでも抑えなければならない。


 そして、オレのクランでは三体の悪魔を同時に相手取る。何とか戦う事は出来るが、どうしても防戦が中心となり、相手に与えるダメージも控えめとなってしまう。


『ふはははは……! 中々に粘るではないか……!』


 オレ達の焦りに機嫌を良くし、ダームレムは鑑賞を楽しんでいた。ダームレム自身が動かないのは助かるが、今の状況は非常に不味い……。


「アレク君……。早く来てくれ……!」


 戦闘が始まってみれば、アレク君の見立てが正しかった良く事がわかる。恐らく今は、悪魔側の能力が下限まで下がっていない。そして、『白の叡智』と『銀の翼竜』というクランを欠いている状況だ。


 その状況で防戦一方。アレク君の考える完璧な状況であれば、攻勢に出る事も可能だったのだろう。


 そして、完璧では無いとはいえ、今は悪魔封じの結界が効いてはいる。その効果が無ければ、相手はもっと強かったはずだ。それを考えるとゾッとする……。


『ん……? そこの娘……』


 鑑賞を楽しんでいたダームレムが、不意にマリアへ視線を向けている。そして、すっと指をマリアの胸に向ける。


『天竜の力を感じるぞ……。そこに何かあるな?』


「な……!?」


 ダームレムが唐突に動く。その動きが早かった事もある。そして、グレーター・デーモン達が、主の為に道を作ろうと動いた事もある。


 ……結果として、誰もダームレムの行動を止められなかった。


 そして、次の瞬間にはマリアの胸を、ダームレムの腕が貫いていた。その手の中に、封印石を掴みながら。


「か……は……」


 痙攣するマリアの身体から、血が流れ落ちる。純白のローブを真っ赤に染め、やがて足元に血の池が出来る。


『ふむ、これを持っていたか。それで、この様な無謀な真似を……』


 ダームレムは肩を揺らす。初めはそれが何かわからなかった。


 しかし、漏れる声で理解する。ダームレムは笑っているのだ。オレ達の事を愚かと蔑んで。


『くっくっく……。ならば、貴様等に絶望を味合わせてやろう』


「な……!?」


 誰かの声が漏れる。それは、ダームレムが手に力を込めたからだ。そして、その力によって、封印石にヒビが入り。あっけなく砕け散ってしまったからである。


『さあ、これで貴様らの手は尽きた事になるな?』


 ダームレムは愉快気に笑う。そして、腕を振るい、マリアをゴミの様に放り出した。その体は地面に打ち付けられる。彼女は既に、ピクリとも動かなくなっていた。


『さて、まだ続けるかね……?』


「き、貴様ァァァ……!!!」


 オレは悪魔公ダークレムに、力の限りの感情を向けた。

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