第85話 アレク、結界を修復する

 アンリエッタが悪魔術士デビル・サマナーの少女を見つめる。その目は涼し気で、気負った様子も見られない。


 対する悪魔術士の少女も、アンリエッタを見つめ返す。その目は白けた様子で、憎悪の感情は漏れていない。


「チッ……。公爵ん所のお嬢様かよ……」


「あら? ワタクシの事を知っておいでですの?」


 二人の会話は軽いものだった。緊張感は感じられず、同年代の少女が雑談をしている様にしか見えない。


 そして、彼女の元には悪魔が戻って来た。それに続き、仲間の二人も合流する。戦闘が一時中断したらしく、アンナ達もこちらへ向かっていた。


「戦えなくはねぇけど、分が悪いのは確かだな……」


「あら? この人数差で、随分と余裕ですのね?」


 アンリエッタの言う通り、人数差は圧倒的だ。悪魔術士の側は、悪魔を入れても四人。それに対して、こちらは『白の叡智』が六人で、『銀の翼竜』が七人。三倍以上の人数差がある。


 しかし、彼女の余裕がハッタリで無い予感もあった。あちら側は本気を出しておらず、まだ何らかの奥の手を持っている気がするのだ。そうでなければ、敵陣のど真ん中で、これ程の勝手な活動が出来ると思えない。


 ボクが警戒を強めていると、彼女の視線がボクへと向く。そして、ニヤリと笑って吐き捨てた。


「今日の所はここまでだ! テメェとは、また改めて相手してやる!」


「いや、遠慮したい所ですね……」


「そもそも、逃げられるとお思いでですの?」


 流石のアンリエッタもカチンと来たらしい。若干の凄みを乗せて、悪魔術士の少女を睨む。


 しかし、彼女がサッと手を上げると、ブラッド・デーモンが前に出る。


「オレの名はゼロ! テメェに絶望を与える者だ! その事を覚えておけ!」


 ゼロの叫びと共に、彼女の周辺に黒い煙が吹き荒れる。これは『瘴気の霧』と呼ばれるスキル。悪魔には力を与え、その他の生物にはダメージを与える。奈落童子スポーンの持つスキルである。


「皆さん、来ますよっ……!」


 アンリエッタの後ろで、弟のポルクが叫ぶ。それに合わせて、背後の戦士達が前に出る。彼らは白銀の鎧に身を包んだ、魔法剣士と聖騎士達。彼女のクランメンバーなのだろう。


 そして、迎え撃つ四人の戦士を前に、ブラッド・デーモンが派手に暴れる。ダメージを受ける事も気にせず、ただひたすらに攻撃を繰り出していた。


 その様子に違和感を覚える。この状況で、悪魔が単身で突っ込んで来る理由となると……。


「……しまった!」


 ブラッド・デーモンに気を取られた隙に、ゼロ達は光に包まれ、姿を消す所であった。その手に有るのは帰還のスクロール。自国である帝国まで転移するつもりなのだ。


 そして、その姿は既に半ばまで消えている。今からでは阻止しようにも間に合わない。


「あばよ……。まあ、小手調べとしては楽しめたよ!」


「くっ……! 勝手な……!」


 ニヤニヤ笑う彼女に、ボクの苛立ちが募る。しかし、彼女の目的は達成されたのだろう。あちら側はご機嫌に見えた。


 しかも、消える直前で、最後の捨て台詞まで残して行く。


「足掻いて見せろ……! この糞野郎が……!」


「なっ……!?」


 最後のセリフには憎悪が籠っていた。何故かはわからないが、彼女はボクを恨んでいる風に見える。彼女が消えた今となっては、その真意を問い掛ける事も出来ないのだが……。


 ボクが茫然としていると、アンリエッタとポルクがこちらに向かって来る。その後ろには、当然の如くセスも付き添っている。


「アレク、彼女は何者なのですか……?」


「わかりません……。ですが、恐らくは帝国の関係者です……」


「まあ……。帝国の……?」


 アンリエッタは口元に手を当てて驚く。そして、僅かに目を細め、何事かを思案する。


 しかし、そんなアンリエッタを他所に、弟のポルクは真剣な表情で問い掛けて来る。


「アレクさん、結界の修復が必要です。時間はどの程度必要でしょうか?」


「そうですね……。急いでも三十分という所でしょうか……」


「なるほど。なら、急げば間に合いますね!」


 ポルクの言葉にボクは頷く。それを見て、ポルクはクランメンバーに指示を出し始める。


「皆さん、アレクさんが結界の修復を行います! その間は、何人たりとも結界に近づけないで下さい!」


「「「はっ……!!」」」


 ポルクの言葉に戦士達が動く。彼等はキビキビした動作で移動し、壊れた結界を囲む様に警備を開始した。


 その動きに唖然とする。これではクランメンバーでは無く、ポルクの指揮する兵士では無いだろうか……?


「えっと、彼らはクランメンバーだよね……?」


「ええ、お姉様のクランに参加するメンバーです。……そして、お父様からお借りした、私兵団の一員でもありますけどね」


「なるほど……」


 悪戯っぽく笑うポルクに、ボクは呆れた表情を浮かべる。つまり、アンリエッタとポルクは、ヴォルクス領主の私兵団員を、本当の意味で私兵として使っている訳だ。


 兵士の側からしたら、領主の子供を護衛する任務でもある。リュートさんの件と言い、ヴォルクス領主はかなり自由にやっているらしい……。


「アレクさん、時間がありません。早速、お願い出来ますか?」


「そうですね。ポルクもお手伝いをお願いします」


 ポルクが頷くのを確認し、ボクは結界に向かって歩き出す。ボクのクランメンバーは、その様子を不安気に見つめていた。自分達が何をして良いかわからないのだろう。


 なので、ボクはいつも通り、手短に指示を出す。


「ギリー、ロレーヌは周囲の警戒を。ハティとルージュはボク達の護衛。……アンナはボクのやる事を見て学んで」


「「「了解……!!」」」


 ボクの指示に従って、メンバーがそれぞれ動き出す。その様子に、ポルクはクスリと笑う。


「随分と様になってますね。ボクより人を使うのが上手みたいです」


「いや、流石に領主の息子と比べないで欲しいな……」


 ボクの返しにポルクは軽く肩を竦める。その表情を見ると、先程の言葉は冗談では無い様子だった。


 しかし、ボクはリーダーとして指示を出しただけ。ボクは貴族みたいに人を使う側では無い。決して、領主の息子と比べられる存在では無いのである。


 そして、ボクとポルクは結界があった場所へ移動する。そこには破壊し尽くされた結界の名残が残っていた。


「ふむ、完全に一からですね……」


「ええ、では始めるとしましょう」


 ボクはマジック・バッグから設計書を取り出す。これはボクが見る為では無い、手伝うポルクに必要な物なのである。


 ポルクはボクから設計書の紙を受け取る。そして、その中身を見て目を丸くする。


「これって……随分と新しい術式じゃないですか……?」


「ええ、手直ししましたから」


 ボクの回答にポルクが呆れた顔をする。そして、改めて設計書に目を通す。


「元の術式を知りませんが、これなら理解出来そうです。随分とシンプルに書かれているんですね」


「出力や結果に影響しないなら、簡単な方が使い勝手が良いですからね」


 そう、元々の術式は非常に複雑だった。複雑な魔法陣を、慎重に書く必要が有り、一つ作るにもとても時間と労力を要する物であった。


 ……なので、ボクはそれを改良した。術式改良の時間と、四か所設置の時間を計算し、マイナスにならないと判断したからだ。


 そして、改良した術式は、今後も私的に利用可能となる。元の術式は、ヴォルクス領主で扱われる門外不出の代物だった。しかし、改良された術式は、完全にボクのオリジナルであり、ボクに所有権がある。きっとこれは、どこかで役立つ事があるはずである。


「修復が終わったら返して下さいね?」


「う……」


 ボクの指摘に言葉を詰まらせるポルク。この設計書を、返すべきか悩んでいるのだろう。


 元々の術式が門外不出として扱われ、それを超える物が野放しになる。流石にそれを見過ごすべきか、領主の息子として判断に困ってしまったらしい。


 しかし、ポルクはすぐに諦めたらしい。疲れた様子で息を吐き出した。


「この紙より、アレクさんを手放す方が危険みたいですね……」


「酷い言われ様ですね……」


 苦笑を浮かべるボクに、ポルクも同じ様な表情を作る。そして、ポルクは設計書片手に膝を付いた。


「大体は理解しました。それでは、始めるとしましょう」


「ええ、それではパパっと片付けますよ」


 そして、ボクとポルクの共同作業が始まった。ポルクは流石と言うべきか、非常に良いセンスを持っている。ボクの設計書を元に、完璧な魔法陣を書いて見せたのだ。


 ボクも負けていられないと気合を入れる。競う様に魔法陣を再構築出来たお陰か、作業は思った以上にスムーズに進める事が出来た。これなら三十分掛からずに、作業を終える事が出来るかもしれない。


 作業はとても捗るかと思えた。ただ一つ、誰にも手が出せない問題さえ無ければ……。


「ねえ、アレク。何をなさってますの? ワタクシにも見せてくださいな?」


「お嬢様、いけません。アレク様の邪魔になってしまいます……」


 セスの制止も空しく、アンリエッタの介入は止まらなかった。暇を持て余す彼女には、好奇心を止める術が無いらしい。


「ねえ、アレク? 除け者はいけませんわよ?」


「うう、済みません……。済みません……」


 途中からポルクのペースが上がる。それはどちらかと言うと、ボクに張り合ってと言うよりも、身内の犯す責任から逃れる為に思えた。


「うん……。ポルクも苦労してるんだね……」


 今日のボクは、何となくポルクと仲良くなれた気がした。

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