第84話 激闘デビル・サマナー(後編)

 一人で笑う彼女を、ボクはじっと見つめ続けた。あまりに不気味で、近寄りがたい雰囲気を感じたからだ。


 そして、ひとしきり笑うと、彼女は満足したらしい。その視線をこちらに向け、すっと手を前に差し出した。


「これが何かわかるか?」


「それは……?」


 彼女の手には、小さなガラス瓶が握られていた。透明な液体で満たされており、ポーションの一種に見えるが……。


「見ただけじゃ、わからねぇか……?」


 彼女は瓶の蓋を開く。そして、止める間も無く、中身を飲み干した。


「あ、もしかして……」


 次の瞬間、彼女の体は、魔力の光に包まれる。その光はすぐに収まり、彼女の傷は完治していた。


完全治療薬フルポーション……」


 全ての傷が瞬時に完治した。そして、液体の色は透明だった。上級治療薬ハイポーションの色は白である。つまり、彼女が使ったのは、最高級の回復ポーションという事である。


 勿論、それだけなら、大した事は無い。ポーションは使えば無くなるからだ。


 しかし、問題は彼女が、圧倒的な余裕を見せている事だ。それは彼女が完全治療薬フルポーションを利用し、ボクに勝つ道が有ると考えているからだ。


 ……それが、ブラフで無ければだけど。


「はっ……! まだ、オレの考えが理解出来てねぇみたいだな!?」


「貴女の考え……?」


 ボクは探る様に尋ねる。答えは期待していなかったが、意外な事に彼女は答えてくれた。


「そう、オレは別にテメェを倒す必要が無いんだ。オレの勝利条件は、もう1つ有るって事だよ」


 彼女の目を見つめる。しかし、彼女の真意は読み取れ無い。彼女の言葉は真実かもしれない。或いは、ハッタリかもしれない。


 チラリとアンナ達の様子を見る。あちらに不安な様子は見られない。やはり、ブラフと見るべきか?


 ……いや、違う。良く見れば相手側も余裕の態度だ。むしろ、アンナ達相手に、まったく本気を出していない様に見える。


「……まさか、時間稼ぎが目的か!?」


 彼女はニヤリと笑うだけで、否定も肯定もしない。しかし、その態度が正解だと告げていた。


 ボクの背中を嫌な汗が流れる。そして、焦りそうな気持ちを抑え、彼女に問い掛ける。


「何が目的なんだ? 何が起こるか知っているのか?」


 結界の破壊を行っている事から、いくらかの情報は漏れているのだろう。どこまで知っているかによって、この先の対応も変わって来る。少しでも情報を集めないと……。


 しかし、彼女はニヤニヤと笑うだけ。まともに答える気は無いようだ。


「さあ? 大変な事になるんだろ? もっとも、オレには関係無い事だけどな」


「くっ……」


 会話による情報収集は分が悪い。のらりくらりと逃げられると、時間だけが過ぎてしまうからだ。


 結界の修理に三十分は掛かる。さらに、封印の祠への移動にも三十分。既に時間はギリギリな状況なのだが……。


 ……それにしても、彼女は何を目的に、ボクの足止めをしているんだ?


 彼女も他人事では無いのだ。悪魔公はこの街を破壊すれば、国中を蹂躙し始めるはず。どこにいても、彼女や仲間も、危険に代わりは無いのだから。


「いや、待てよ……」


 ある閃きに、ボクは衝撃を受ける。その考えが合っていれば、今の状況は最悪な可能性もある。だから、確めなければならない。


 ボクは呼吸を落ち着け、彼女をきつく睨む。そして、彼女にゆっくりと尋ねた。


「貴女は……帝国兵なのか?」


 ボクの問いに、彼女の眉が跳ねる。そして、次の瞬間には、心底楽しそうに笑い出した。


 その笑いはねっとりとして、悪意に満ち溢れた物である。


「くっ、くははははっ……! バカめ、やっと気付いたか! だが、半分正解って所だ! オレ達は正式な軍人じゃあねぇからな!」


「何なんだ一体……」


 彼女の態度に気持ちがざわめく。人をバカにしたかと思うと、重要な情報を簡単にばらす。どの言葉が本当で、どれが嘘かわからない。実にやり辛い相手である。


 とはいえ、帝国軍の関係者というのは確定だな。うっかりしていたが、呪術士系という事で気付くべきだった。何せ、呪術士に転職出来るのは、帝国だけという縛りがあるのだから。


 ……いや、言い訳をすると、ゲーム内では意識されない縛りなのだ。何せ転職時に帝国へ移動しても、転職し終わればホームへ戻れるのだ。ゲーム内では移動に制限が無かったからね。


 しかし、この世界ではそうもいかない。上級職の冒険者は、その国の貴重な戦力である。どこの領主も他所に逃げないよう、囲い込みを行うだろうからだ。


「良くわからないけど、時間は掛けられないな……」


 見れば彼女の体に、小さな傷が増えて行く。ギリーは今も頑張ってくれているらしい。


 しかし、彼女の手には、新しい瓶が握られている。いざとなれば、いつでも回復出来るという訳だ。


「きついな……」


 彼女に聞こえない様に呟く。今の状況は非常に不味い。彼女のポーションが、いくつ残っているか不明なのだ。どこまで粘られるかわからない。


 そして、これ以上の時間が掛かると、悪魔公が復活してしまう。ボク達という戦力を欠き、結界も不完全な状態でだ。


 その状態では、リュートさん率いる『黄金の剣』でも、長くは持たないだろう……。


「どうする……。何が出来る……?」


 自分の持つ手札を考える。しかし、この状況を打開する手は見当たらない。今のボク達では、圧倒的に攻撃能力が不足している。いっそ一か八かで、ハティに爆裂波動拳を使わせてみるか……?


 そして、ボクが内心で焦っていると、意外な声が掛けられた。


「あら、アレク。こんな所で何をなさっているのかしら?」


「え……?」


 声の方へと目を向ける。そこには、ボクの良く知る姿があった。


 彼女は白銀の鎧を纏い、白銀の剣と白銀の盾を手に持つ。黄金の髪をなびかせ、優雅な足取りで戦場へと踏み込んで来た。


 その背後には、初老の執事と黒いローブの青年、更には複数の戦士を従えている。


「宜しければ、相手を代わりましょうか?」


 彼女は優雅な笑みで問う。ボクのピンチに駆けつけたのは、自称ボクのファン、アンリエッタだった。

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