第83話 激闘デビル・サマナー(中編)

 デビル・サマナーの少女がゆっくりと前に出る。その隣に、赤い角と爪を持つ悪魔を従えて。


 ボクは視線を彼女に向けたまま、ギリーに対して指示を飛ばす。


「悪魔は任せた! 奴は体力を奪う! 回避を最優先で!」


「了解した……!」


 ギリーが弓矢を手に身構える。その手の弓は銀入れに輝いている。アンリエッタが用意した、聖属性のミスリルボウである。


 そして、ボクは彼女を真っ直ぐ見つめる。そんなボクに、彼女はニヤリと笑う。


「悪魔を抑えれば、何とかなると思ったか?……考えが甘ぇんだよ!」


 彼女の手が、隣の悪魔に触れる。そして、コンボスキルが発動した。


同化シンクロ!」


 彼女はスキルにより、悪魔との同化が始まる。このスキルは、悪魔と魂の結びを行う魔法だ。これによって彼女は、一時的に悪魔の身体能力とスキルを獲得する。


 このスキルは非常に強力である。魔法職でありながら、上位の悪魔と同等の能力が手に入るからだ。悪魔と並んで二人で前衛も務められる。悪魔を前衛にして、自身は中衛や後衛に回る事も可能。非常に幅広い使い道が出来るのである。


 しかし、このスキルにはデメリットも存在する。それは、ダメージと消費精神力の共有である。術者か悪魔の一方が受けた傷は、パートナーにも与えられる。精神力の消費も、パートナーの消費に繋がるのだ。


 つまり、普通に使うと、体力と精神力を二倍の速度で消耗する事になるのだ。それは長期戦の戦闘では使えない事を意味する。


「こいつが何かわかるか?」


「うん、今の貴女は悪魔の力を宿してるんでしょ?」


 ボクの答えに、彼女は顔をしかめる。どうやら、答えられるとは思って無かったらしい。


 そして、ボクは彼女の様子を改めて観察する。彼女の顔は黒く変色し、その手には真っ赤な爪まで伸びている。これが『同化』による見た目上の変化らしい。


「まあ、想定通りだね……」


 ブラッド・デーモンを召喚した時点で、このコンボは予想出来ていた。何せ『同化』は、この悪魔の専用スキルに近い存在だからだ。


 ボクは先程、『同化』のデメリットを説明した。しかし、この悪魔には、それがデメリットとならない。何せブラッド・デーモンは精神力を消費するスキルを使わない。更に体力を回復する能力も備えている。その為、術者と揃って半永久的に戦い続けられるのだ。


「行け! ブラッド・デーモン!」


 どうやら彼女も、ボクとの一対一を望んでくれるらしい。彼女は召喚した悪魔を、ギリーに向かわせた。ギリーもそれに応え、こちらと距離を取る様に、広場を移動し始める。


 そして、ボクはその間に、一つのアイテムを取り出していた。ボクの切り札となる、あるキーアイテムである。


「じゃあ、こっちも始めようか」


「あ……? 随分と落ち着いてるじゃねえか……?」


 彼女は凄んで見せるが、警戒して飛び掛かっては来ない。その視線はボクの手に向いており、このアイテムの存在が気になっている様子である。


「そちらの手札も見せて貰ったからね。次はこちらが披露しますよ」


 そして、ボクは手の中のアイテムに魔力を込める。あるスキルを発動する為に。


生命創造クリエイト・ホムンクルス! 騎士形態モード・ナイト!!」


 手の中のアイテム、『生命の種』が熱を持つ。そして、ボクのイメージに合わせて、その姿を瞬時に変える。『生命の種』は開花し、一つの魔法生物を生み出した。


 ボクの眼前に現れたのは、純白の鎧を纏った騎士である。粘土の様に艶の無い材質だが、その強度はミスリルに匹敵する。そして、手には同じ材質の槍と盾を持っていた。


 なお、ホムンクルスは生み出す際に、形態を選択する事が出来る。形態は騎士ナイト弓士アーチャー魔術師マジシャン僧侶プリーストの四つが存在する。その中で、最も利用される頻度が高いのは騎士ナイトである。何せ錬金術師アルケミストは、支援中心の魔法職だからね。


「ホムンクルスだと……? テメェ、錬金術師か……!?」


 彼女の質問には答えない。何故なら、ボクにはやるべき事がある。彼女が動揺している隙に、有利な状況を作るという作業がね。


「プロテス……ヘイスト……バリア……マジック・バリア……エンチャント・ウェポン……」


「な……!?」


 彼女には悪いが、ボクが掛けれるバフは全て掛けさせて貰った。NPCキャラ扱いであるホムンクルスも、プレイヤー同様に強化可能である。賢者と錬金術師であるボクの、特権とも言える戦い方である。


 なお、この戦法はヴォルクス到着前から考えてはいた。ボク、ギリー、アンナという後衛のみのパーティー。前衛を必要な時に生み出せる、『生命創造クリエイト・ホムンクルス』は必要になると考えていたからだ。


 しかし、このスキルには大きな問題が存在していた。それは、『生命の種』の製造費用が高いという事だ。素材を買い集めると、100kG(10万円相当)の費用が掛かってしまう。今のクランの財布では、そこまでの散財は難しい状況なんだよね……。


 なので、今のボクが所持している『生命の種』は三つしか無い。これは、自分で素材を集めて作った分である。今の所は、残り二回しか使えない切り札という事である。


「じゃあ、始めましょうか?」


「上等だ……! そんな人形如き、すぐに潰してやるよ……!」


 彼女は勢い良く駆け出した。ボクの手の内がわかった為、躊躇いが消えたのだろう。


 しかし、彼女はどこまで理解しているのだろうか? この戦いが、彼女にとって非常に不利だという事を……。


「食らえ……!」


 彼女は赤い爪で、ホムンクルスに斬り掛かる。それに対して、ホムンクルスは盾で防ぐ。NPCなので特別なテクニックは持っていないが、機械的で的確な動作である。


「だあっ……!」


 彼女はそんなホムンクルスに、蹴り等の格闘技を交えた攻撃を繰り返す。隙の小さな小技を多用しているので、相手の隙を生み出すのが目的だろう。


「バインド」


「効かねぇよ……!」


 ボクの拘束魔法に対し、彼女はレジストに成功したらしい。まあ、魔法耐性の高い状態にある。一発で成功するとは考えていない。


 そして、彼女の様子を見ると、その目には焦りが浮かんでいる。どうやら理解したらしい。たとえ成功率が低くても、繰り返されればいずれは成功する事に。つまり、長期化すればする程、彼女の方が不利な状況にあるという事に。


「くッ……! ウィーク・エネミー……!」


「ディスペル」


 苦し紛れに使ったデバフを、ボクの魔法で打ち消した。『ウィーク・エネミー』は、相手の攻撃・防御能力を低下させる魔法である。それに対して、『ディスペル』は対象の魔法効果を解除する魔法だ。


 まあ、これも読めていた戦法だ。呪術師系の職である彼女は、悪魔召喚以外に使える戦法が少ない。黒魔術師みたいに攻撃魔法は持たない為、今は小技のデバフ位しか使えないだろう。


「くっそぉ……!」


 彼女は何とか隙を見て、ボクへの直接攻撃を考えている。しかし、それも理解出来ているので、ボクはホムンクルスの陰から出たりはしない。彼女が移動すれば、それに合わせてボクも移動する。


「ああ、うざってぇ……! 発動しろ『不浄なる魂』……!」


「まあ、そう来るよね……」


 彼女の使った『不浄なる魂』は、一時的に攻撃力を上昇させるスキルである。代償として、利用中の体力はジワジワと削られて行く。普通に使えば、短期決戦用のスキルなのだが……。


「食らいやがれ……!」


 彼女は捨て身の攻撃で、ホムンクルスに一撃を当てる。彼女自身も槍で傷付くが、ホムンクルスの肩にも一筋の傷が出来ていた。


 彼女はニヤリと笑う。しかし、次の瞬間に違和感に気付く。そして、慌てた様子で距離を取る。


「バカな……。傷が回復してないだと……!?」


「エナジー・インジェクション」


 彼女の攻撃が収まった隙に、ホムンクルスへ魔力の補給を行う。それにより、ホムンクルスは消費した魔力が回復する。ついでに、肩に付いた傷も消えて行く。


 その様子に、彼女の目が見開かれる。そして、怒りに燃える目で、ボクを睨み付ける。


「どういう事だ……!?」


「教えると思います?」


 小馬鹿にした返しで、彼女の目は更に険しくなる。今の彼女は、相当に頭に血が登っている事だろう。


 そして、そんな彼女の態度に、ボクは内心で安堵の息を吐く。彼女の反応から、彼女がプレイヤーである可能性が低くなったからだ。


 ホムンクルスは魔法生物である。通常の生物と違い、生命力では無く、魔力によって活動を行っている。その為、ヒールによる回復は効果が無い。代わりに、精神ポーションや、エナジー・インジェクションで回復を行う事になる。


 上級職にあるプレイヤーなら、この程度の知識は知っていて当然だ。悪魔術士デビル・サマナーである彼女が、知らないはずが無いのだ。


 しかし、彼女はその事を理解していない。それはつまり、彼女が『ディスガルド戦記』のプレイヤーで無いという事である。まあ、そこまで含めての演技で無ければだけど……。


「さて、どうしますか?」


「…………」


 ボクの問いに、彼女は無言で答える。しかし、改めて見ると、彼女の体は傷だらけだった。向こうの悪魔も、劣勢という証である。


 チラリと周囲の様子を伺う。ギリーの姿は見えないが、アンナ達の姿は確認出来た。あちらも安定した戦闘を行っており、取り急ぎの不安は無さそうである。


 そして、ボクは再び彼女をみる。状況は既に積みである。彼女の負けは、時間の問題という状況だった。


「……勝ったと思ったか?」


「ん……?」


 追い詰められた状況で、何故か彼女は落ち着きを取り戻す。そして、狂気を感じる笑みを浮かべる。


 その態度に、ボクは無性に不安を感じていた。


「くくくっ……。勝ったと思ったよな……」


「どういう意味かな……?」


 しかし、彼女は答えない。ただ、一人で笑い続けていた。


 そんな彼女を、ボクは嫌な予感と共に、見つめ続けてた。

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