第82話 激闘デビル・サマナー(前編)

 天竜祭当日の朝。悪魔公復活まで、残り三時間前後という所だ。そんな状況で、ボク達『白の叡智』は、退魔の結界に向かって走っていた。


 本来の予定なら、ボク達は封印の祠にいる時間だ。しかし、メリッサがクランハウスに駆け込み、結界の一つが壊されていると伝えて来たのだ。


 退魔の結界は東西南北に一つずつ存在し、単独でも効果は発揮される。しかし、全て発動している時が、最も威力を発揮するのだ。


 具体的にゲーム内の効果では、結界一つでLv5程度の能力低下だった。つまり、4つ揃うとLv20分の能力低下と言う事になる。


 そして、悪魔公ダームレムは、Lv100のレイドボスという扱いだった。つまり、退魔の結界が適応されれば、約20%の能力低下となる訳である。


 戦力が不足する今のボク達にとって、その20%分の能力低下はとても大きい。その為、結界から近い位置にいたボク達が、急いで結界の修復に向かう事になったのだ。


「ねえ、誰が壊したのかな……?」


 後ろを走るロレーヌが、不安そうに呟いた。それに対して、隣のルージュが答える。


「誰がやったかは不明だな。しかし、アレク殿の結界は、偶然で壊せる代物では無い。何者かが意図して破壊したのだろう」


「だよね……。何だか嫌な予感がするんだよね……」


 ロレーヌの呟きに、一同は沈黙する。それは、皆が同じ気持ちだったからだ。


 結界を壊すには、魔法による解呪が必要となる。そして、結界は隠された場所に存在する。存在を知らなければ、解呪を行う事すら出来ないのだ。


 しかし、結界の存在を知っているとしたら、それを破壊する理由がわからない。そんな事をすれば、街は大きな損害を受ける。


 それどころか、ここで悪魔公ダームレムを対処しなければ、人類にとって大きな厄災となり得るのだ。普通に考えれば、結界を壊すメリットが見当たらない。


「お兄ちゃん、あれ……!」


「な……!?」


 隣のアンナが叫び、ボクは光景に目を見開く。まだ離れた場所ではあるが、皆の注目する場所は、結界の存在する広場。そして、その中央には石碑が立っているはずだった。


 しかし、石碑はその姿を消していた。いや、その周辺に飛び散る石片が、石碑だった物なのだろう。西の広間にあるシンボルは、完全に砕け散っていた。


「リーダー、石碑が……!?」


「問題無い! 石碑自体は目印でしかないから!」


 ハティの焦りに咄嗟に応える。しかし、ボクは内心では苦々しく思っていた。


 石碑の下に隠された結界が、むき出しになっていたからである。そして、むき出しの魔法陣は完全に破壊され尽くしていた。


 これでは魔法陣の再構成から行う必要がある。修復自体は可能だが、それには想定以上の時間が掛かってしまう。


 悪魔公復活までに、封印の祠に間に合うか微妙になったな……。


「……っ!? アレク、止まれ……!」


「……え!?」


 ギリーの叫びに足を止める。慌てて仲間達も、ボクに合わせて足を止めた。


 そして、皆の視線がギリーに集まる。ギリーの視線はとある民家の、屋根の上に向いていた。


「殺気が隠せていないぞ……」


「へぇ……。出来る奴がいるじゃねぇか……」


 ギリーの声に応え、屋根の上に三つの人影が現れる。彼らは屋根に伏せて身を隠していたのだろう。しかし、ギリーに見抜かれた事で、あっさりと立ち上がって見せた。


 そして、彼らは躊躇無く飛び降りる。民家は二階建てで高さは5メートル程になるだろう。


 しかし、彼らは平然と着地する。それは魔法の効果では無く、単純に身体能力による物だろう。彼等の身に纏う気配から、何となくそう感じ取る事が出来た。


「テメェがアレクだな。腑抜けた面をしてやがる……」


「君達は一体……?」


 先頭の若い女性が吐き捨てる。しかし、ボクはその言葉を無視する。何故ならば、彼女達の姿を見て、ボクは激しく動揺していたからだ。


 女性の年齢はボクと同程度。装備は動きやすそうな赤黒いローブに、真っ赤なイヤリングを身に着けている。そして、ボクはその装備に見覚えがあった……。


 あれは、『悪魔術士シリーズ』の装備だ。デモンローブに、レッドブラッド、いずれも、上級職である悪魔術士デビル・サマナーの能力を向上させる装備である。


 そして、彼女の背後には一組の男女が控えていた。一人は呪怨騎士カースド・ナイトの装備を持つ男性。全身を黒い鎧で包み、手には大きな鎌を手にしている。その顔は表情に乏しく、何を考えているのか読む事が出来ない。


 もう一人は奈落童子スポーンの装備を持つ女性である。黒い薄手のマントを羽織り、手には不気味な杖を持つ。そして、何故かオドオドと不安げな様子を見せていた。


「全員、呪術師系の上位職ですか……」


「へぇ、流石は賢者様のお孫様だねぇ……。けどさ、他に重要な事があるんじゃねぇのか……?」


 先頭の女が、鋭い目で睨みつける。そして、ボクは彼女の迫力に一歩引く。


 彼女の持つ漆黒の瞳が、ボクに真っ直ぐな憎悪を向けていたからだ。今のボクは、完全に彼女に飲まれていた。


 そして、ボクはふと気が付く。彼女達は全員が、黒い髪と目を持っていた。この世界では珍しく、ボク以外では初めて見た気がする。


「その目と髪……。そこに何かあるのかな……?」


「チッ……。そんな事も知らねぇで育ったのかよ……」


 何故か彼女は、憎々し気に吐き捨てる。そして、その目はボクを見下している様に見えた。


 ……そういえば、こういう否定的な態度を受けるのは、初めてな気がするな。この世界に来てから、人には恵まれていたって事だろうね。


「ハッ……! 黒の意味はテメェで考えろ! もっとも、この場を生きて帰れたらの話しだが!」


「やる気なのか……?」


 彼女の言葉に緊張が走る。一応、確認の為に聞いたが、彼女の目を見れば答えは一目瞭然だ。


 ボクは戦力を計算し、最適な割り振りを考える。そして、仲間達へ指示を出す。相手の目的は不明だが、黙ってやられる訳にはいかない。


「ルージュはカースドナイトを足止め! ハティはスポーンの牽制! ロレーヌは周囲の警戒! アンナは皆の支援を! 彼女の相手はボクとギリーだ!」


「「「了解……!!」」」


 仲間達はボクの指示に動き出す。陣形が組まれる様を眺めながら、先頭の女性がニヤリと笑う。


「ウチの二人に雑魚を付けんのか? そっちの弓使いも付けた方が良いんじゃねぇのか?」


「カウンター型のカースド・ナイトと、補助型のスポーンなら問題無いよ。アンナ達なら持ち堪えてくれるさ」


 攻める事を考えなければ、カースド・ナイトは怖く無い。防御とカウンターに優れた職だが、攻撃能力は高く無いからだ。


 そして、ハティには指弾という遠距離攻撃スキルを覚えさせている。スポーンが魔法をキャストしても、その悉くを中断させれるだろう。


 そして、両者の小技程度なら、アンナが回復させる事が出来る。伏兵がいてもロレーヌが発見してくれる。時間稼ぎなら問題無いと判断した。


 しかし、ボクの答えに、彼女は不快げな表情となる。そして、苛立たしげに吐き捨てる。


「バカかっ……!? レベルの差も計算出来ねぇのかよ! 下級職で、上級職の相手が勤まると思ってんのか!?」


「……むしろ、最大戦力の貴女が、あちらに向かう方が危険だと思いますけど?」


 この回答に、彼女は動きを止める。そして、表情を消して、じっとボクを見つめ出した。


 感情の落差が激しく、ボクはその変化に戸惑う。今の彼女は人形に見える程の能面だった。先程までのチンピラの様な空気は微塵も無い。


「何故、そこまで知ってやがる? その情報を、どこで手に入れた?」


 その質問に、ボクの鼓動が大きく跳ねる。彼女の質問は、そのままボクが思っていた事だからだ。


 微かに沸いていた疑問が、急速に現実味を帯始める。その為、ボクは躊躇いながらも、尋ねずにはいられなかった。


「まさか……君も、プレイヤーなのか……?」


 そう、彼女達は色々とおかしいのだ。ボクに近い年齢に見えるが、三人が既に上級職に就いている。


 しかも、三人がともに、上級職の専用装備まで所持している。専用装備はクエストをクリアし、自ら作る必要があるのだ。その代わり、店売り上級のオリハルコン装備とは、一線を画する性能を持つ。


 その領域には、まだボクも達していない。ヴォルクスでその領域に在るのは、ミスリル級クラン『黄金の剣』のみである。


 規格外と言われ続けたボクであるが、彼女達はそれを超えている。それはつまり、ボクと同等か、それ以上の知識を持つ事にならないだろうか?


 しかし、彼女の反応は、ボクの予想とは異なった物だった。


「あ……? プレイヤーって何だ……?」


「え……?」


 彼女は不機嫌そうに答える。その様子は、本当に理解していない様に見えた。


 そして、彼女は再び苛立たしげになり、吐き捨てながら腕を振る。


「はっ、オレの質問に答えねぇなら構わねぇよ。半殺しにして、生きてたら聞き直してやる!」


 彼女の腕から血が飛び散る。事前に傷を付けていたのだろう。


 そして、血が染みた地面が怪しく輝く。その輝きは魔方陣となり、一体の悪魔を呼び出した。


「ブラッド・デーモンか……」


 その悪魔は、引き締まった筋肉質の体に、赤い爪と角が特徴的だった。肉弾戦を得意とするスピードタイプで、相手の血を浴びると回復する能力を持つ。


 召喚スキルは、デビルサマナーがLv25で覚える物だ。ブラッド・デーモンはゲーム内で、愛用するプレイヤーが多い悪魔だった。理由は、長期戦に向く前衛であり、召喚者は後方支援に回れる為である。


 そして、この悪魔にはコンボスキルが存在する。そのコンボこそが、プレイヤーに重宝された所以である。きっと彼女なら、使って来るんだろうな……。


「さあ、行くぜ……?」


 彼女はニヤリと笑う。そして、悪魔と共に前へと出る。


 ボクとギリーは警戒を強め、迎え撃つ為に身構えた。今回の相手は、あちらが格上である。ボクがリードしなければ、あっという間にパーティーは瓦解するだろう。気を引き締めて、行かねばならない。


 そして、ボクと彼女の一戦目が開始された。

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