第81話 アレク、少女の覚悟を知る
今日は天竜祭の前夜。『白の叡智』メンバーが全員揃って食事を取る事にした。その中には当然ながら、リア達の姿もある。
メアリーは大変だったと思うが、笑みさえ浮かべて全員の食事を用意してくれた。彼女は本当に優秀である。初日の第一印象を思い出すと、そのギャップが今でも信じられない。
そういう意味では、姉のメリッサにも感謝しないといけないな。妹を紹介したのは彼女だ。
まあ、彼女なりの思惑も理解しているので、本人に告げるつもりは無いんだけど……。
ボクはメアリーの準備が終わるのを待ち、全員の顔を見渡す。料理の並んだ長いテーブルを囲む様に、全員が座って待っている。
ボクはジュースの入ったグラスを掲げる。少し締まらないけど、明日を考えると酒は不味い。皆もその事は理解していると思う。
ボクは全員がグラスを掲げるのを確認する。そして、仲間達に向けて言葉を発する。
「この一月は本当に大変だったと思う。だけど、皆は良く着いてきてくれた。ボクはその事を嬉しく思っている」
「ふっ……。リーダーが最も過酷な状況ではな……。誰も手は抜けまい……」
珍しくギリーが横槍を入れる。メンバー全員がニヤニヤしながら、その言葉に同意を示していた。
ボクは苦笑を浮かべる。しかし、小さく咳払いをして、誤魔化す様に話を続けた。
「明日は天竜祭。祠の確認もしたけど、悪魔公ダークレムの復活は間違いないだろう……」
その言葉に場の空気が引き締まる。わかっていた事ではあるが、誰もが間違いであって欲しかったはずだ。
ボクも予想が外れる事を望んだ。しかし、祠の周辺は禍々しい魔力が漏れだし、明日まで持つのか不安な位であった。
恐らくは、イベント同様に午前中の復活となるはずである……。
「……しかし、出来る準備は全て行った。ボクの計算が間違って無ければ、このメンバー全てが無事に明日を乗り切るはずだ」
「なら大丈夫……。お兄ちゃんが計算を間違えた事なんて無い……」
アンナが胸を張って言い切る。その顔は誇らしげで、ボクへの厚い信頼で満たされている。
何というか、この絶対の信頼が時々重い……。
そして、何故か全員が真顔で頷いていた。ボクは背中に、嫌な汗が流れるのを感じた……。
「ま、まあ、それはともかく、本当に皆は良くやってくれた。今日は明日の戦いに備えて、しっかりと英気を養って下さい」
少し強引だった気もする。しかし、誰も気にしてる人はいないので大丈夫だった様だ。
そして、皆の目がボクに集まる。ボクは皆の期待に応え、音頭を取った。
「それでは……乾杯!」
「「「乾杯……!!」」」
皆が笑顔でグラスをぶつけ合う。今だけは、誰の顔にも悲壮感など浮かんでいない。ただ、楽しむ事だけを考えていた。
なお、席次は一番奥の上座にボク。その両隣はギリーとアンナ。その隣がハンスさんとハティで、その隣がルージュとロレーヌ。シア、リア、カイルは一番遠い扉付近である。
この辺りは、メアリーの拘りである。内にも外にも、序列を明示する事は重要だと言い聞かされた。
ちなみに、ボクは最近気付いた事がある。メアリーが少しずつ、ボクへの教育を行っていると。その内容は貴族の作法についてだ。
メアリーの中では、それが必要な未来を想定しているのだろう。そして、少し前までのボクなら、それを不要と感じたかもしれない。
しかし、昨日のリュートさんの件もある。今後は領主と話す機会もありそうだ。ここは大人しく、メアリーの言う通りにするべきだろう。
正直、面倒な事この上無いんだけどね……。
ボクは軽く頭を振る。そして、気分を変える為にも、ハンスさんへと声を掛けた。
「ハンスさん、商人ギルドでの調整お疲れ様でした。ハンスさんは天竜祭の後が本番ですので、最後まで宜しくお願いします」
「うん、そちらは任せてよ。……というか、アレク君が道筋付けてくれたから、ボクは販売管理をするだけなんだけどね」
ハンスさんは苦笑を浮かべ、皿のポテトを口にする。謙遜する彼に、ボクは首を振って続ける。
「ハンスさんから、ギルドマスターへ根回しがあったからですよ。それが無ければ、ここまで話はスムーズに進まなかったでしょう」
「えっと、ボクはそんな大した事はしてないよ……?」
照れた様子で否定するハンスさんに、ボクは肩を竦めて返した。
彼は自分の手柄を主張するタイプでは無い。これ以上続けても、彼を困らせるだけだろう。
なので、ボクは隣のギリーに矛先を変えた。
「ギリー達の活躍も相当だよね。全員がLv40越えって、想像以上のレベルアップなんだけど」
「ふっ……。リリー師匠の流儀で鍛えたからな……」
「うぅ……。サブリーダーは鬼だったんですけど……。サブリーダーと比べたら、ボスの特訓が天国に思えるんですけど……」
何故かロレーヌが虚空を見つめている。その目は虚ろで、焦点が合っていない。相当な強行軍だったんだろうな……。
そして、ルージュはグッと身を乗り出し、自身の成長を語り出した。
「確かにギリー殿の修行はハードでした。私も何度か死を感じた位です……。しかし、それに相応しいだけの能力も身に付きました。今なら同レベルの冒険者ですら、軽くあしらう自信がありますよ!」
「へぇ、それは凄い自信だね……」
ルージュの言葉に軽く驚く。彼はキザな所はあるが、自信家では無い。実は凄く慎重な性格で、無理な事は無理と言えるタイプなのだ。
そのルージュが、ここまで自信を持って言うのだ。それは誇張や自惚れでは無く、彼の中で確信しているという事である。その実力がどの程度の物か、実際に目にするのが楽しみである。
そして、次にハティが身を乗り出す。彼は嬉しそうに、アンナへ目を向ける。
「リーダー、オレ達は確かに成長した。だけど、一番頑張ったのはアンナちゃんだよ。彼女は黒魔術師をLv43まで上げただけで無く、白魔術師もLv25まで上げているからね。まずは彼女を誉めて欲しい!」
「…………は?」
ハティの言葉に、ボクはポカンと口を開く。その反応にハティは首を捻る。そして、ボクへと尋ねて来た。
「あれ……? リーダーの指示じゃないのか?」
ボクとハティの視線がアンナに向かう。すると、彼女は気不味そうに視線を逸らしていた。
そんなアンナに、ハティが更なる疑問を口にする。
「それじゃあ、あの沢山使った精神ポーションは、どうしたんだ……?」
「精神ポーションだって……?」
ボクはアンナに緊急用の精神ポーションは持たせている。
しかし、それは5個程度と、それ程の数は渡していない。あくまでも緊急時に使う為の物だからだ。
なお、精神ポーションを多用すれば、狩りの効率は確かに上がる。しかし、それを行えば大幅な赤字を出す事になる。
今のボク達の資金では、そこまでの贅沢は許されていない。当然の事ながら、アンナ個人にも、それ程のお金は持たせていないのだが……。
しかし、アンナは俯いて小さくなっていた。そして、どうした物かと困るボク達に、意外な所から助け船が出される。
「アレク君、ごめんね……。実は精神ポーションはボクが用意したんだ……」
「え、ハンスさんが……?」
見ればハンスさんが、申し訳無さそうにボクを見つめていた。
何故かその様子に、ロレーヌがオロオロと慌てている。
「アンナちゃんから相談を受けたんだ……。精神ポーションを出来るだけ手に入れたいって……」
「アンナがハンスさんに……?」
ハンスさんがアンナを見つめる。彼女は不安そうにハンスさんを見つめていた。そして、そんな彼女にハンスさんが小さく笑う。
「ボクも資金は多くないから、ギルドマスターにお願いしたんだ。原価ギリギリで、一部料金は後払いって事で、手に入るだけの精神ポーションをかき集めて貰う様にね。ギルドマスターも、ウチとの今後の取引を考えて、全面協力を約束してくれたよ」
「それって、借りを作った事になるんじゃ……」
「まあ、今回はあくまでもボク個人のお願いって事にしてあるから」
ハンスさんは肩を竦めて、平然とした態度で答えた。ボクに何も話さないう事は、本当にボクへの影響が無いからだろう。
少しでもボクの不利益になるなら、ハンスさんがその事を話さないとは思えない。
しかし、アンナの相談とはいえ、ハンスさんがそこまでする理由がわからない……。
ボクが腕を組んで悩んでいると、次はロレーヌが頭を下げて来た。
「ボス、ごめんなさい! あたしがアンナちゃんに言ったの! ハンスさんに頼んだら、精神ポーションが手に入るんじゃないかって……!」
「え、ロレーヌが……?」
……全然話が見えてこない。何故、そんな流れになったんだ?
ボクが再び対応に困っていると、ロレーヌはシドロモドロに説明を始めた。
「だって、アンナちゃんがスッゴク焦ってる感じでさ! どうしたのって聞いたら、もっと早く強くなりたいって言うし……。珍しくアンナちゃんが相談してくれて嬉しくって、それであたしも一緒に考えてさ。精神ポーションがもっとあれば、今よりペースアップ出来るってハティが言ってたし……」
「え……!? いや、言った様な、言わなかった様な……」
突然の流れ弾に、ハティが狼狽える。どうやら心当たりは有るらしく、その目は泳いでいた。
とりあえず、ハティも同罪らしいが、今は置いておく。今はロレーヌの話を聞かなければならない。
「それで、二人でお金を出したら、いくつ手に入るかハンスさんに聞いてみたの。そしたら、精神ポーションってスッゴク高くてさ。二人のお金でも全然足りなくって……」
「うん、それでボクに考えがあるって伝えたんだ。二人には借金して貰う事になるけど、それでも精神ポーションが手に入るなら構わないって言うしね……」
ハンスさんは困った表情で頬をかく。
どうやら、その時は物凄く困る状況だったのだろう。きっと、その時の事を思い出しているはずだ。
「……まあ、とりあえず精神ポーションの入手経路はわかった。ただ、どうして、そこまで無理をしたの? 今回予定していた特訓だけでも、相当にハードな設定のはずだけど?」
ボクはチラリとギリーに目を向ける。彼は視線に気付いて小さく頷く。やはり、手ぬるい特訓は行っていないらしい。
そして、再びアンナに視線を向ける。彼女は俯いたまま、小さく呟いた。
「白魔術師のレベルを上げる為……」
「白魔術師……? そもそも、アンナは魔導士を目指して、黒魔術師のLv50を目標にしてたよね? どうして急に、白魔術師のレベルを上げ始めたの?」
そう、ボクが理解出来ないのは、アンナの目標が変わった事だ。
この街に来る前に聞いたら、アンナは魔導士に強い興味を持っていた。だから、ボクは彼女に最適な、魔導士育成プランを用意したのだ。
そして、彼女が心変わりしたとは聞いていない。今の彼女が何を考えているのか、ボクにはまったくわからなかった。
ボクは腕を組んでアンナを見つめる。彼女は上目遣いに、ボクの様子を伺っていた。
「私も賢者になりたかったから……」
「え、賢者だって……? 賢者ならボクがいるから、これ以上は必要無いでしょ……?」
賢者は汎用性の高い職業ではある。しかし、何かに特化していない為、サポート職という色合いが濃い。専用スキルも精神力の譲渡が出来る位のものである。
ハッキリ言えば、そんな職はパーティーに二人も必要ない。賢者を二人入れるなら、魔導士とプリーストを入れた方が、パーティーは効率良く機能するからだ。
アンナの考えが理解出来ないボクは、首を捻って彼女を見つめる。すると、彼女は首を振って答えた。
「そんな事無い……。今の私達では、お兄ちゃんを助けられない……」
「ボクを助ける……? ここにいる皆は、ボクの助けになる人達だけど……?」
ボクは更に混乱する。アンナは何を言っているか理解出来ない。しかし、アンナも理解して貰えず、苛立ちが募り始めていた。
アンナは声を荒げて叫ぶ。気が付けば、部屋の視線は全て彼女に向いていた。
「そうじゃない……。そうじゃないよ……! お兄ちゃんが死んだら、誰がお兄ちゃんを助けるの……!?」
「……は?」
ボクはポカンと口を開く。そんなボクを、アンナは睨み付ける。
その目は、村を離れるあの日に似ていた……。
「ギリーから聞いた……! お兄ちゃんは蘇生魔法を覚えたって……! それは、誰かが死んだ時に、助ける必要があるからだって……!」
ボクは再びギリーに視線を送る。彼は苦々し気に、小さく頷いた。どうやら、アンナにペア狩りの事を話したらしい。
「明日はマリアさんがいるから良い……! だけど、マリアさんがいない時に、お兄ちゃんが死んだら……!? 誰がお兄ちゃんに蘇生魔法を使ってくれるの……!?」
「それは……」
確かにアンナの意見は正しい。ボクが死んだ時に、たまたまマリアさんがいる可能性は少ない。
そして、この国で蘇生魔法が使えるのは、ボクとマリアさんの二人だけなのだ。ボクの蘇生は絶望的と言えるだろう。
「お兄ちゃんは、自分が死ぬ事を考えて無い……! 私達を守る事は考えても、自分を守る事を考えて無い……! だから、お兄ちゃんの事は、私が守るって決めたの……!」
「…………」
その決意に、全員が息を飲んだ。アンナの決意に、全員が飲まれていた。
そして、その場の全員が、アンナの指摘に後ろめたい表情を浮かべていた。
アンナは再び俯く。そして、ポツリと小さな声で呟いた。
「死なせたくない……。もう、家族を失いたく無いよ……」
「アンナ……」
その言葉に、ボクの胸が締め付けられる。その気持ちは、アンナを守ると決めた、あの日のボクと同じ物だ。
ボクには痛い程に、彼女の気持ちが理解出来た……。
そして、改めてボクは知った。いつの間にかアンナは、守られるだけの存在では無くなっていると。彼女もまた、守る為に強くなる事を望んでいるのだと。
だからボクは、彼女に対して真っ直ぐに答えた。
「わかった。アンナがそう決めたんなら、それで良いと思うよ」
「お兄ちゃん……。怒ってない……?」
アンナは僅かに顔を上げる。上目遣いでボクに対して問い掛ける。
しかし、ボクは首を振る。そして、笑みを浮かべて彼女を見つめる。
「怒ってないよ。まあ、次から相談はして欲しいけど、今回は仕方ないって思ってるよ」
「良かった……」
アンナはホッとした様に胸を撫で下ろす。そして、顔を上げ、ボクに微かに微笑む。
姉の面影を持つその笑みに、ボクの心は温かくなるのを感じていた。
「アンナはもう、守られるだけの存在じゃないんだね。皆の事はボクが守る。だから、ボクの事は二人に任せたよ」
「ふっ、任せておけ……」
「うん……。うん……!」
嬉しそうに口元を緩めるギリー。そして、涙を浮かべて何度も頷くアンナ。
そんな二人に、皆の視線が集まっていた。皆の視線は温かい物だ。しかし、どこかもどかしそうでもあった。
きっと、内心では自分も同じ気持ちだと言いたいのだろう。しかし、二人の血の滲む努力を知っており、それを口に出来ずにいるのだ。
それを口にするという事は、二人の決意を軽く見ている事になるのだから。
そして、沈黙が支配する空間で、ボクは苦笑を浮かべる。この湿った空気の中では、誰も口を開けそうにないだろうな。
「ちょっと、歓談って感じじゃ無くなってしまったね。少しだけお酒を飲んで、今日は早く終る事にしよう」
ボクの言葉に、場の空気が弛緩する。全員の表情が明るくなるのを感じた。
そして、ボクはワインを持って来て貰おうと、メアリーへ視線を向ける。
「う……ううう……。ア、アンナさま~……」
「…………」
何故かメアリーは号泣していた。ハンカチを目元に当てて、その場に崩れ落ちていた。
どうやら、先程のやり取りが、彼女の琴線に触れたらしい。
皆の視線がメアリーに集まる。そして、別の意味で皆が口を開けなくなる。
「えっと、ワイン持って来てくれる……?」
「わ、わかりました~……。ううう……」
メアリーは立ち上がると、泣きながら退室して行った。多少フラフラしていたが、ワインを運ぶだけなら問題無いだろう。
そして、皆の視線がボクに集まる。その目は、とても微妙な物を見る感じだった。
「……今日は初めて、メアリーがメリッサの妹だなと実感したよ」
ボクの呟きに、全員が無言で頷く。そして、驚いた事にシア達まで頷いていた。
シア達とは面識が無いと思ったが、ボクが知らない間にも出入りしてるのだろうか……?
何だか締まらない終わり方になってしまったが、こうして天竜祭までの準備は終りを迎えた。
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