第80話 アレク、晩餐会に招かれる

 天竜祭の二日前。ボク達のシルバー級クラン『白の叡智』は、ミスリル級クラン『黄金の剣』の晩餐会へ招かれていた。


 目的は『黄金の剣』と『白の叡智』による交流。悪魔公討伐を前に、お互いの親睦を深めるという事らしい。


 しかし、リーダーであるリュートさんは掴み所が無い性格だ。伝えて来た目的と、別の意図があっても不思議では無い。


 むしろ、このタイミングで時間を割くのだから、本題が別にあると見るべきだろう。


 しかし、格下のクランであるボク達に、彼等の誘いを断る事など出来ない。もし断れば、それはリュートさんの面子を潰す事になるからだ。


 ボク達は警戒しつつも、リュートさんの申し出を受けるれる事になった。


 そして、参加メンバーは七人。ボク、ギリー、アンナ、ハティ、ルージュ、ロレーヌ。それに従者のメアリーだ。


 なお、シア、リア、カイルの三人は留守番である。彼女達はクランメンバーでは無いので、連れて行く事が出来なかったからだ。


 ……まあ、今回に限って言えば、留守番の方が良いのかもしれない。


 何せ『黄金の剣』のクランハウスは、貴族街に存在するのだから。そんな場所で食事を取っても、彼女達は緊張で味もわからないだろう。


「アレク様、もうそろそろ到着になります」


「うん、わかった」


 向かいに座るメアリーから声が掛かる。ボクは窓から外を見てみた。しかし、外は既に暗く、街の様子は良くわからなかった。


 なお、今は迎えの馬車の中である。四人乗りの馬車が二台やって来て、二手に分かれて移動中だ。


 そして、ボクの隣には当然の如くアンナが座る。この馬車はボクを含めてこの三人が乗っている。


 もう一台にはギリー、ハティ、ルージュ、ロレーヌが乗っている。ギリーがあちらなのは、いざという時の為の保険である。


 もっとも、ミスリル級クラン『黄金の剣』の馬車に襲撃する馬鹿など、この街には存在しないとは思うけどね。


 程なくして馬車の揺れが止まった。メアリーの言葉通りに、目的地に到着したのだろう。


 メアリーが目的地を正確に言い当てたのには驚きだ。貴族街には入った事が無いと聞いていたからだ。


 しかし、何故わかったか聞いても、まともな答えは返って来ないと思われる。いつもの如く、メイドの嗜みと流されるのが目に見えているからだ。


「迎えが参りますので、しばらくお待ちください」


 メアリーから声が掛かる。ボクが腰を上げようとしたのを察したからだろう。恐らくは作法の様な物があるのだろうが、ボクにはその辺りは良くわからない。こことはメアリーの言葉に従っておこう。


 そして、すぐに扉が外から開かれる。扉を開けたのは馬車の御者だ。そして、見える屋敷の扉には、執事らしき老齢の男性が待ち構えていた。


「まずはアレク様からお降り下さい。その後にアンナ様、私が降りますので」


「うん、それじゃあ降りるね」


 ……マジでメアリーが便利過ぎる。疑問に思った瞬間に、思考を読んだかの様に回答がやって来るのだ。もしかしたら、有名な検索エンジンの先生よりも優秀じゃないだろうか?


 なにせ、ボク達は貴族のマナーなんて知らないのだ。失敗しても仕方ないと開き直っていた。しかし、ボクは彼女に従っていれば失敗せずに済むらしい。せずに済むなら、失敗はしないに越したことは無いからね。


 そして、不意にギリー達の事が脳裏に過る。あちらで何か問題が起きないだろうかと心配になったからだ。


 しかし、次の瞬間にはルージュの存在を思い出す。あちらは貴族出身のルージュがいる。きっと彼が皆のサポートしてくれる事だろう。


 ボクはふっと気持ちを楽にして、クランハウスの扉へ向かった。当然の事ながら、その後のやり取りは全てメアリー任せと心に決めて。




「ちょっと酔ってきちゃったみたい。一緒に風に当たりに行かない?」


「へ……?」


 ボクはリュートさんの誘いに目を丸くする。まさか三十過ぎのオッサンに、ナンパの常套句を使われるとは思っていなかったからだ。


 なお、今は広いホールでお互いの自己紹介が終わり、各々が談笑しながら食事を楽しんでいた所だ。


 晩餐会の形式は立食のビュッフェ形式。美味い食事を各自が皿に取り、各種取り揃えられた酒を楽しんでいた。


 ……ちなみに、酒以外の飲み物は水しか無い。やんわりと酒を強要する所に思惑を感じ、ボクは水しか口にしていない訳なのだが。


 ボクは周囲の状況を改めて確認する。ボクの近くにいるのはリュートさんとマリアさんの二人。メアリーは扉の近くで待機しているが、見ればその表情は苦々し気だ。


 そして、ボクの仲間達はというと、リュートさんのクランメンバーと話に夢中になっていた。


 向こうのメンバーには、高レベルのスナイパー、魔導士、拳聖、暗殺者が揃っている。そして、ボクの仲間達に熱心なアドバイスを行っていた。


 唯一存在しないのはガーディアンのみ。しかし、肝心のルージュはというと、向こうの執事とワイン談議で盛り上がっている。


 やはり、この状況は計画された物だったらしい……。


「まあ、構いませんけど……」


 ジト目で答えるボクに、リュートさんが苦笑する。そして、マリアさんがフォローに入る。


「アレクさん、騙す様な真似をして申し訳ありません。しかし、どうしても必要な事だったのです。まずはリュートの話を聞いてあげて下さい……」


 周りに気付かれない程度に、マリアさんが小さく頭を下げる。その態度は非常に誠実な物であり、人を騙そうとする人間の行動には見えなかった。


 ……彼女は色々な意味で、リュートさんの良きパートナーらしい。軽薄な印象を与える彼には、彼女の存在が無ければ、余計な軋轢を生む事も多いと思われる。


 そして、ボクは小さく息を吐く。マリアさんが知っていて計画した事なら、決してボクの不利益になる話では無いのだろうから。


「わかりました。それでは行きましょうか」


「ははは、アレク君は話が早くて助かるよ!」


 リュートさんは嬉しそうにテラスのある窓へと向かう。ボクは肩を竦めて彼の後に着いて行った。そんなボク達を、マリアさんは手を振りながら見送っていた。


 そして、リュートさんと共にテラスへと出る。今のボク達はクランハウスの三階にいる。その為、周りの風景を良く見渡す事が出来た。もっとも、見える景色の大部分は、ヴォルクス領主の城であったが。


「悪いね。付き合って貰っちゃって」


「秘密の話があるんでしょう? このタイミングで何があるかは知りませんが……」


「ははは、流石は賢者様の孫だね!」


 室内から漏れる明かりによって、リュートさんの笑顔が浮かび上がる。どうやら酔っているのは本当らしく、彼の顔はほんのりと赤らんでいた。


 そして、リュートさんは持ってきたワイングラスに口を付ける。彼は話す内容を悩んでいるのか、すぐには話し出そうとしなかった。


「あまり長居すると、皆が不審に思いますけど?」


「うん、まあ、そうだよね……」


 リュートさんは、歯切れの悪い返事を返す。そして、ワインをグイッと飲み干すと、意を決した様に真剣な顔となる。


「実は……オレって、領主様の部下なんだよね」


「…………は?」


 リュートさんの唐突なカミングアウトに、ボクの思考は追いつけなかった。その事に気付いた彼は、慌てた様に説明を続ける。


「そもそも、『黄金の剣』自体が、領主様の部下で構成されたクランなんだ。この街のクランを牽引する存在が必要だって事で、オレ達に密令が下されたって訳なんだけどね」


「えっと……何の話をしてるんですか……?」


 話がまったく見えない。何故、リュートさんは秘密をボクに打ち明けたんだ? そもそも、領主の密令を話しても大丈夫なのか?


 ボクの混乱に、リュートさんは腕を組んで頭を捻る。そして、別の切り口で説明を行う。


「過去に賢者様がこの街を去ってから、しばらく街の治安が低下してさ。街の住人の不安もわかるよ? だけど、それで犯罪が許される訳じゃないよね?」


「まあ、そうですね……」


 ボクの回答に、リュートさんは満足気に頷く。何故か本人は手応えを感じているらしい。


「とはいえ、犯罪者を捕らえても意味は無い。根本の解決をしない限り、犯罪自体が減らないからね」


「はい、そこも理解出来ます……」


 領主に厚い信頼があれば、住民も多少の事には動じないと思う。しかし、信頼に値しない領主であれば、ちょっとした事で反発も起きるだろう。


 過去の領主は街の治安に、よっぽど爺ちゃんの名声を利用していたんだろうな……。


「それで、先代の領主様は二つの対策を考えたってわけ。一つは街の兵士以外に、精鋭の私兵団を持つってこと。これによって、ヴォルクスの街は他よりも安全って思えるからね」


「ええ、領主の私兵団については、ボクも噂は聞いています……」


 この街の私兵団は、王国の騎士団にも匹敵すると聞いている。それはつまり、このペンドラゴン王国で生活するのであれば、王都とヴォルクスの二つが最も安全という事を意味する。多くの国民は、この二つで生活する事、もしくは周辺で暮らす事を望んでいる。


「とはいえ、それだけでは賢者様の代わりにはならないんだ。何せ賢者様は、クランと言う市民に近い場所で、人々の生活を守っていたからね」


「ああ、それで自作自演で英雄的クランを作ったって訳ですか……」


「くく、自作自演って……まあ、間違っては無いけどさ!」


 リュートさんは楽し気に、笑いを押し殺していた。何故かボクの言葉がツボに入ったらしい。


 ……まあ、リュートさんの事は置いておくとしよう。それよりもボクは、先代領主の優秀さに感心していた。


 先代領主は相当に頭が柔らかい人だったのだろう。そうでなければ、ここまで実践的で、柔軟な対応が出来るとは思えない。


 私兵団を作るにしても、それなりに大きなお金と時間が必要となる。英雄的クランを作るにも、秘密を守り、信頼できる、優秀な人材を投入する必要がある。にもかかわらず、それを行動に移して成功させるのは、並みの才覚とは思えなかった。


 ちなみに、リュートさんは秘密を漏らしているし、優秀かどうかは疑わしい所だけど……。


「それで、そんな裏話を暴露する理由は何です? ボクに何をやらせるつもりですか?」


「ん……? ああ、そんなに警戒しなくて良いよ。やらせるってよりは、アレク君を応援するって話だからさ!」


「応援する……?」


 眉を寄せるボクを見て、リュートさんは楽し気に笑う。そして、優し気な瞳でボクを見つめた。


「領主様もボクも、アレク君のこれまでの行動は調べてたんだ。君は賢者様の後継者として相応しいか。そして、この国にとって危険な人物じゃないかってね」


「調べてたって、あっさり白状するんですね……」


 まあ、わかっていたので良いんだけど。唐突に現れた英雄の家族である。普通の権力者なら調べるだろう。むしろ、調べない方が問題なくらいだ。


 しかし、それを敢えて話すのは何故だろう? 悪印象を与えると思わなかったのだろうか?


「調べたって言ったよね? アレク君には隠し事をするより、誠実さを示す方が良いってのが、領主様とボクの共通認識さ」


「……それはどうも」


 何だか凄く恥ずかしいんだけど。善人だって言われてるみたいで。まあ、これはボクの性格ってよりも、日本人的な対応だから仕方ないと思うんだよね……。


 そして、リュートさんは更に笑う。一々、ボクの反応を笑うのは、どうにかならないだろうか?


 彼の何がツボなのか、ボクにはまったくわからない……。


「だから、領主様から許可を貰ったよ。これまでと、今後の計画の全てを話して良いってね」


「これまでと、今後の計画……?」


 リュートさんは楽しげだが、その表情は真剣な物へと変わる。そして、力強く頷いて見せた。


「オレの知る限り、アレク君の知りたい事は何でも話すよ。そして、今後は『白の叡智』が更なる発展を遂げる為に、領主様もボクも、全力でサポートする」


「へぇ……」


 ボクは驚きに声を漏らす。ボクのこれまでの行動に、そこまでの評価がされているとは思わなかった。『黄金の剣』だけでなく、ヴォルクス領主までサポートしてくれるなんて……。


 しかし、リュートさんの話は終わりでは無かった。彼はすっと右手を差し出して、ボクへと問い掛けて来た。


「アレク君は自分達の居場所を守る為に、強くなる事を選んだんだよね? だったらさ、この商業都市ヴォルクスを、君のホームにしてくれないかな?」


「なっ……!?」


 ……その提案は想定外だった。そして、とても難しい取引と言えた。


 そもそも、ホームとは活動の拠点として、プレイヤーが定めた場所の事だ。ゲーム内では気に入った街等をホームと呼び、クランメンバーは皆がそこに集まる。


 この世界でも、概念としては近い物だろう。冒険者のメリットは、他の国に自由に行けること。しかし、多くの冒険者は自分の生まれた国をホームとしている。余程の事が無い限りは、ホームを他所に移す事など無い。


 そして、領主とリュートさんの要求は、ボクが他所の国に移らない事である。ホームを他に移さないなら、ボクに対して法外な好待遇を用意してくれるという取引である。


 メリットを考えれば、これ以上に美味い話は無い。しかし、ボクには一つだけ引っかかる事があった。


 それは、ペンドラゴン王国の王家である。彼等は継承争いを行い、その影響でボクの村は滅ぼされたのだ。


 果たしてボク達は、その事を許す事が出来るのだろうか……?


「……とまあ、すぐには答えられないよね?」


「へ……?」


 真剣に悩むボクへ、リュークさんが軽い口調で尋ねる。その様子だと、ボクの反応が予測できていた様だ。


 そして、リュートさんは肩を竦めて続けた。


「調べたって言ったでしょ? まあ、今の所は領主様とオレ達に、受け入れる用意があるって知って貰うだけで良いよ」


「……はあ。それでは、しばらく検討に時間を下さい」


 彼らに手の平で転がされてる気はする。しかし、誠実さを見せられては、簡単に手を払う事も出来ない。後でギリーやアンナを集めて、今後の相談をしないとな……。


 そして、精神的に疲れたボクと反対に、リュートさんはニヤリと笑みを浮かべる。その顔には、話は終わっていないと書いてあった。


「この上で、まだ何かあるんですか……?」


「そう、これはオレの個人的な話なんだけどね……」


 リュートさんは意味あり気な笑みで窓へと顔を向ける。釣られてそちらを見ると、マリアさんが窓からこちらを見つめていた。


 何故、このタイミングで彼女を見たのだろう……?


 ボクが頭を傾げると、リュートさんは口を開く。


「天竜祭では手柄をアレク君に譲るからさ。早くクランをランクアップさせて欲しいんだよね」


「えっと、有難い提案ですが……。それが何故、リュートさんの個人的な話に……?」


 ボクが問うと、リュートさんの顔が赤らむ、それはワインによる良いでは無いだろう。


 何故なら彼の表情が、非常にだらしない物へと変わっていたからだ。


「オレは早く引退したいんだよね。オレ達の後釜が育ったらさ」


「はあ……。それは、わからなくは無いですが……?」


 リュートさんも三十歳を超えた冒険者だ。先の引退を考えても、おかしな年齢では無い。しかし、話の流れが見えない。


 ……いや、何故か嫌な予感がして来たぞ。


「それって、まさか……」


「……オレ、天竜祭が終わったら、マリアにプロポーズするんだ」


「な、何だって……!?」


 リュートさんの顔は完全に緩み切っている。そして、その目はマリアさんのみを映していた。そんな彼の様子に、マリアさんは何かを察して苦笑いだ。


 ……というか、嫌な予感が当たったよ!


 何故、リュートさんは死亡フラグを立てに来た! 次の相手がレイドボスだけに、シャレになって無いんだけど!?


 ボクはリュートさんの両肩をガシッと掴む。ボクの必死な様子に、リュートさんは目を白黒させていた。


「ど、どうしたの? なんだか目が怖いんだけど……?」


「天竜祭では自分の身を第一に考えて下さい! 作戦は命を大事に! 命を大事にですよ!」


「あ、ああ、それは勿論だけど……」


 ああ、ダメだ。何となく伝わっていない気がする……。


 ボクはその後も、命の大切さをリュートさんへ説いた。晩餐会の会場に戻った後も続けた為、周りのメンバーには何事かと不思議な目で見られた。それでもボクは、彼への話を止めなかった。


 ……まあ、そんなこんなで、『黄金の剣』との懇親会は無事に終わった。

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