第78話 アレク、ペア狩りを行う

 アンリエッタ達との打ち合わせから十日が過ぎた。ボクは既に、聖具作成に必要なアイテムを揃え終えている。


 そして、今のボクは昼間にレベル上げを行い、夜に上級ポーション作りを行っていた。


 そのレベル上げも、ギリーと二人だけの効率重視の狩り。経験値の最高値を出す為に、アンナ達とは別行動を取っている。


「エナジー・インジェクション」


 魔物の群れを倒したギリーに、精神力の分配を行う。ギリーがスキルで消費した精神力は、こうやってボクが回復させている。


 そうする事で、ギリーはスキルを使い続けても、狩り中に精神力が尽きない状況を作っていた。


 ちなみに、ここは地下墳墓の地下二階である。


 魔物の出現数が多く、他の冒険者がまったく居ない。レベル上げの狩りをするには丁度良い狩場なのだ。


 ギリーは額の汗を袖で拭っていた。そして、周囲の警戒を解かずに歩き出す。


 ギリーはスタミナの節約を自然に行っているので、休憩を殆ど行う必要が無いので助かっている。


「……それで、ここでの狩りはいつまで続く?」


「そうだね……。計算では五日間って所かな……」


 その解答でギリーは満足する。あまり深くは尋ねて来ない。ボクを信じているので、必要なら説明すると考えているのだろう。


「……五日あれば、賢者がLv35まで上がる。そうすれば、蘇生魔法を覚えられるんだよね」


「蘇生魔法……? 次の天竜祭では、死者が出る事を想定しているのか……?」


 ギリーの問いに、ボクは頷きで返す。今度の相手はレイドボス。完成していないパーティーの寄せ集めでは、完勝とはいかないだろう。


 そして、複数の死傷者が出る事が予想出来る。それに対して、復活魔法が使えるのはマリアさんのみなのだ。他の六人のプリーストは、復活魔法を使えるレベルでは無かった為である。


 ギリーは出現した魔物にスキルを叩き込む。しかし、現れた魔物は一体のみでは無く、複数同時であった。ギリーは手を止める事無く、全ての魔物に順次対応して行く。


「ボクのレベル上げに使える時間は五日のみ。その後は、悪魔公対策に時間を費やすつもりなんだ。……だから、この無理な狩りに付き合ってくれて、本当に助かってるよ」


「ふっ、礼などいらん……」


 ギリーの声は心なし明るい。というより、彼はこのバッファ抜きの、死の危険すらある狩りを楽しんで見えた。こんな狩りに付き合ってくれるのは彼くらいのものである。


 そもそも、ギリーは過酷な状況での狩りに、自ら望んで飛び込む所がある。そうなったのは、リリー師匠に出会ってからだったと思う。師匠の影響で、彼はすっかり戦闘狂になってしまったのだ……。


「それで、この後の悪魔公対策では何をすれば良い……?」


「ああ、そっちはマリアさんに協力して貰うつもり。……その間、ギリーにはアンナ達のレベル上げをお願いしたいかな?」


「なるほど……。任せておけ……」


 ギリーはニヤリと静かに笑う。その笑みはリリー師匠を彷彿させる物だった。


 ……彼に任せておけば、アンナ達はしっかり育つことだろう。


「それで、リア達の方はどうなんだ……?」


「ああ、彼女達は良く頑張ってるね。天竜祭が終わった後に、薬師ギルドへは喧嘩を売るつもり」


 ボクの言葉にギリーは複雑そうな顔となる。視線は魔物に向けながらも、ボクに対して苦言を呈する。


「その件だが、時間を置いたらどうだ……? 悪魔公対策と、同時に行う必要は無いだろう……?」


「いや、そういう訳にもいかないんだよね……」


 出来るのなら、薬師ギルドへの喧嘩は落ち着いてからが助かる。シア達の指導と商人ギルドの調整は、思った以上に時間を取られるからだ。


 しかし、そうも出来ない事情がある。薬師ギルドが色々と探りを入れている為だ。相手に時間を与えてしまえば、相手は何らかの対策を打って来る可能性がある。


 多くの人を巻き込んでしまっているので、こちらの計画も頓挫させる訳にはいかないのだ。


「ふう……。多くは言わんが倒れては元も子もない……。せめて休息だけは取れ……」


「はははっ……。善処するよ……」


 まさかギリーに休めと言われるとはね。まあ、ここしばらくは睡眠時間を削ってたから、反論の余地も無い。少し時間のバランス配分を考え直すとするか……。


 ギリーの忠告に従って、ボクは計画の修正を考える。勿論、狩りの効率を落とす様な真似はしていない。しかし、ギリーは手を動かしたまま、こちらへと質問を続けて来た。


「それで、勝率はどの程度だ……?」


「悪魔公に対して……? 正直な所、まともに当たれば五割を切るね……」


 ボクの正直な意見に、ギリーは驚いた様子を見せない。それどころか、彼は話の続きを待っていた。


 ボクは苦笑を浮かべる。ギリーはボクの事を、本当に良く理解していると思う。


「ただ、ヴォルクスには隠された仕掛けがあるんだ。対悪魔用の結界を、町全体に張り巡らせるっていう仕掛けがね……」


「ほう……」


 この仕掛けは『絶望の再臨』で用意されたギミックでは無い。その翌年に実施されたイベントで、初心者救済用に用意されたもの。必要に応じて、難易度を落とす為のクエストである。


 しかし、ボクはこの結界が発動可能なら、そのイベント限定効果では無いと踏んでいる。恐らく結界を発動させれば、悪魔公の弱体化も可能なはずなのだ。


「その仕掛けを上手く発動出来れば、勝率は八割って所かな? まあ、相手を考えると、悪い数字では無いと思うよ」


「そうか……。それでも、二割の不安要素があるという事か……」


 ギリーは淡々と呟く。それは、不安を感じての物では無い。ただ、事実として認識したというだけの呟きだ。


 だからボクも、ギリーに対しては隠さずに事実を告げた。


「ボクとマリアさんの二人が、今回の戦力の要になる。この二人が倒れると、体制を維持出来ずにジリ貧になって潰される。悪魔公がその事実に気付かないと良いんだけど……」


 そう、ヴォルクスの戦力を集めても、高位のヒーラーが圧倒的に足りないのだ。上級ポーションで誤魔化すつもりだが、それでも回復はギリギリのはず。補助魔法も必要最低限しか掛けれないはずだ。


 悪魔公は多数の悪魔を召喚するし、悪魔公自身の体力も非常に多い。レイドバトルに慣れていない寄せ集め冒険者では、トラブルも多く発生するだろう。


 それに対して、ボクとマリアさんの二人で、どこまでカバー出来るかという不安もある……。


 しかし、ボクの心配を他所に、ギリーはフッと口元を緩める。


「そんな事か……。それなら問題無い……」


「え……?」


 自信満々なその言葉に、ボクは思わずギリーを見つめる。彼は一瞬だがサムズアップをボクに見せた。


「アレクの事はオレが守る……。アレクが無事なら、マリアとやらも救える……。それで、問題無いのだろう……?」


「は、はははっ……!」


 余りにもシンプルな答え。しかし、色々と難しく考えていたボクは、その言葉にスッキリした気分となる。


 そう、難しく考える必要なんて何も無い。ギリーはボクを守ってくれる。


 そして、安全な状況で、ボクがバトルをコントロールする。それで、全て上手く行かせれば良いだけだ。


「確かにギリーの言う通りだ! それで何も問題無いよ!」


「そうか……。ならば、お互いにやるべき事をやるだけだな……」


「ああ、その通りだね!」


 ボクはギリーにサムズアップを返す。頼もしい相棒に対し、信頼の視線を送りながら。


 そして、ギリーは一瞬だけ、子供の時みたいに無邪気に笑った。それは、見間違いかと思える程に短い時間だった。


 けれど、それは見間違いなんかでは無い。何故なら彼の動きは、いつもにも増してキレが冴えだしたから。


 その反応だけで、ギリーの気持ちが伝わって来た。彼はボクの信頼に応えられて嬉しいのだ。ボクが皆の信頼に応え続けようとする様に、彼はいつでもボクの為に動いてくれる。


 やはり、ギリーはボクの兄弟であり、何よりもかけがえのない親友だ。ボクはこの瞬間に、改めてその事を実感していた。


「大丈夫……。きっとギリーを……そして、皆を守ってみせるから……」


 それはギリーにも届かない程の小さな呟きだ。しかし、ボクは何よりも強く心に誓った。


 血は繋がっていないかもしれない。だけど、確かな絆で繋がれた家族達を、ボクは必ず守り続けるのだ。


 その為なら、どんな努力や苦労だって苦には感じない。それを失う事に比べれば、どんな困難だって苦痛に感じたりはしない。


 ……だからボクは、更なる力を手にする事を心に誓った。

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