第77話 アレク、天竜祭に誘われる

 商業ギルドでの打ち合わせを終え、ボクはクランハウスへと戻って来た。ギルドマスターは協力的であり、ポーション量産計画も上手く行きそうだ。


 これも、ハンスさんのお陰である。裏では色々と動いてくれてるみたいだからね。


 ちなみに、ハンスさんはギルドマスターと話があると、商業ギルドに残っている。なので、ボクは一人でギルドハウスの扉を潜った。


「アレク様……」


「ん、どうしました……?」


 玄関ではメイドのメアリーが待ち構えていた。その表情は優れず、良くない要件が待っていそうだ。彼女は躊躇いがちに口を開く。


「実は、お客様が待っておりまして……」


「お客ですか? 予定は無かったはずですが……」


 ボクの言葉にメアリーは頷く。そして、奥の応接室に目を向けながら、来客の説明を行う。


「お客様はアンリエッタ様と、そのお連れ様となります。問題なのはそのお連れ様でして……」


 メアリーはそっと来客名をボクに告げる。想定外のその名に、ボクは目を見開く。そして、彼女を伴って、慌てて応接室へと向かった。


「まさか、彼らの方から来るとはね……」


 嫌な予感を覚えつつ、ボクは応接室の前に立つ。すると、メアリーがスッと自然な動作で前に出る。そして、ゆったりとした動作でノックを行う。


「アレク様が戻られました。失礼致します……」


 メアリーは数秒の間を開け、部屋の扉を開く。彼女の一連の所作に軽く驚く。これがメイドのお作法という奴なのだろうか。


 しかし、来客の手前で呆けてもいられない。ボクは動揺を隠して入室した。


「あら? 遅かったですわね?」


「来客予定は無かったはずだけど?」


 アンリエッタの問い掛けに、ボクは肩を竦めて返す。


 慣れたやり取りなので、彼女もクスリと笑うだけだ。後ろに控えるセスも、とくに動きを見せない。


 それにしても、アンリエッタは馴染みすぎじゃないか?


 今はソファーにゆったり腰掛け、お気に入りの紅茶を口にしている。聞いた話では、メアリーに指定して茶葉を買わせているらしい。


 ……とまあ、それは今更なので良い。本当は良くないが、今は考える時じゃない。


 本当に問題なのは、もう一人の来客の方だ。ボクは視線を横に移動させ、ソファーに腰掛けた一組の男女を見つめる。


「やあ、はじめまして」


 三十歳過ぎの男性が軽く手を振る。軽薄さを感じかねないラフさだ。


 しかし、彼にはその態度が許される。何せ彼は、このヴォルクスで唯一のミスリル級クランである、『黄金の剣』のリーダーなのだから。


「初めまして、リュートさん。ボクの挨拶は不要ですよね?」


「まあね。アレク君の事は、彼女から散々聞かされたよ!」


 リュートさんは苦笑を浮かべる。恐らくは、アンリエッタから相当激しい勢いで、ボクの話を聞かされたのだろう。


 なにせ、彼女はボクのファンらしいからね……。


 ボクは肩を竦める。そして、じっとリュートさんの観察を行う。


 彼の特徴は炎の様に赤い頭髪だろう。更にその下の顔には、緩んだ口元と意思の強そうな瞳が目を引く。


 そして、今の彼は革のパンツに白のシャツ。それに、腰にショートソードというラフな格好である。完全にオフといった風体で、戦闘用の恰好では無い。


 とはいえ、リュートさんは高レベルの魔法剣士と聞いている。体は細身だが引き締まっている。更に魔法攻撃という手段も持つ。こんな格好でも、そこらの森なら鼻歌混じりに散歩出来る事だろう。


 更には、隣にリュートさんのパートナーも控えているしね。


「あ、彼女はマリアね。知ってると思うけど」


「初めまして、アレクさん。プリーストのマリアです。『黄金の剣』では、サブリーダーを勤めさせて頂いております」


「初めまして、アレクです。ご存知でしょうが、『白の叡知』のリーダーを勤めています」


 リュートさんの軽い紹介に、パートナーのマリアさんが頭を下げる。彼女の微笑みに対して、ボクも笑みで返した。


 彼女は腰まで届く、黄金の髪が特徴的だ。瞳の色はブラウンであり、貴族の特徴である青では無い。


 恐らくは、数代前には貴族の血筋も存在したのだろうが、今の彼女は貴族では無い。年齢は20代の後半といった所だろう。


 そして、彼女のもう一つの特徴は、上級職のプリーストという事だ。今も白いゆったりしたローブを纏い、清浄なオーラを纏う杖を手にしている。


 メリッサから聞いた話しでは、ペンドラゴン王国にはプリーストが少ない。


 具体的にはたったの六人しかいないらしい。そういう意味でも、彼女の存在を有名たらしめている。


 ボクは視線をリュートさんに戻す。そして、笑みを浮かべたまま、彼に質問を行う。


「珍しい来客ですが、ご用件は? 遊びの誘いって訳でも無いんでしょう?」


「はははっ。まあ、遊びの誘いでは無いね。ちょっと、仕事を手伝って欲しくてさ……」


 そこで、ふっとリュートさんの雰囲気が変わる。空気がピリリと引き締まった感じだ。表情が変わらず緩いだけに、そのギャップを強く感じる。


「アレク君は、天竜祭って知ってるかな?」


「……悪魔公の封印を記念し、人々を救った天竜を称える祭りですね」


 ゲームのイベントで、何度か名前の出て来る祭りである。毎年8月に行われる定例イベントとも言う。


 ……もっとも、イベント内容はライトな物からハードな物まで、毎年バラバラなのだが。


「うん、流石は賢者様の血筋だね。良く勉強している様で何よりだ!」


 リュートさんは嬉しそうに相好を崩す。だが、彼に褒められても、何故か嬉しいと思えない。ボクは頷いて、先を話す様に促す。


「それで、その天竜祭の警備を手伝ってくれない? 今年は嫌な予感がしてさ……」


「嫌な予感ですか……?」


 リュートさんの言葉に、ボクは警戒を強める。この街で頂点に立つ男の言葉だ。その言葉は、簡単に無視出来る物では無い。


「そそ、まあ勘ではあるんだけどね。それにスルラン法国でも、何やら天啓が下りたって情報もあるし」


「天啓だって……」


 リュートさんは隣のマリアさんに目を向けていた。恐らくは情報の入手先が彼女によるものなのだろう。


 その情報が正しいとしたら、今の状況は非常に不味い。状況によっては、ヴォルクスから離れる事も視野に入れなければならない……。


 ボクは震えそうになる声を抑え、リュートさんへゆっくりと尋ねる。


「天竜祭まで、残り時間はどれだけ有りますか……?」


「天竜祭は一月後だけど……不思議な聞き方をするね?」


 リュートさんは怪訝そうに答える。


 しかし、ボクはそれに構わず、残り時間を計算する。ボクの計算が間違っていなければ、状況次第では何とかなりそうだけど……。


 ボクは視線をアンリエットに向ける。彼女は突然の視線に、首を傾げて不思議そうな態度だ。


「今回の準備に、アンリエッタの協力は得られるかな?」


「協力ですか? アレクの頼みであれば、大抵の事は聞き入れるつもりですが……?」


 アンリエットの言葉に安堵の息を吐く。彼女のクランが協力してくれれば、準備がかなり楽になる。背後のセスも同意を示す様に頷いていた。


 そして、置いてきぼりを食らったリュートさんは、ボクの態度に何かを察したらしい。軽薄な表情を引っ込め、真面目な顔で口を開く。


「……かなり不味い状況なの?」


「ええ、かなり……。悪魔公が復活しますから……」


「な、何ですって……!?」


 全員が息を飲む中、アンリエッタの叫びが響く。彼女は慌ててティーカップをテーブルに置き、ボクの方へ詰め寄って来た。


「ど、どういう事ですの……!? アレクは何を存じてますの……!?」


 アンリエットにセス。リュートさんにマリアさん。そして、メアリーの視線がボクへと集まる。


 ボクは伝える情報を吟味しながら、説明の為に口を開いた。


「天竜の封印は無期限に続く物ではありません。封印を続ける為には、魔力の供給が必要になっています」


「魔力の供給ですか……?」


 アンリエッタが不思議そうに首を傾げる。そして、ボクはゆっくりと頷いて見せる。


「元々、天竜祭は封印の祠への魔力奉納を目的に始まりました。しかし、今の天竜祭に、その様な儀式は存在しないのでは……?」


 ボクはマリアさんへ視線を向ける。この中で、一番儀式に詳しそうだったからだ。彼女は動揺を隠しつつ、頷きながら答えた。


「ええ、私も毎年参加していますが、その様な儀式は知りません……」


「やはり、そうですか……」


 ボクは自分の知る知識と、今の状況が相違無い事を確信する。やはり、今の状況は例の事前告知と一致する。


 全員がボクの説明を待つ。出して良い情報を精査し、ボクはゆっくりと説明を続けた。


「ボクが読んだ事のある文献では、天竜の魔力は百年しか持ちません。恐らくは儀式が失伝し、今年が百年になるのでしょう。スルラン法国の天啓も、悪魔公復活を告げる内容と思われます……」


 恐らくこれは、『ディスガルド戦記』三周年記念で行われたイベントだ。


 そのイベント名は『絶望の再臨』。上級プレイヤーをメインターゲットにしたハイエンドコンテンツである。


 上級クランが複数集まってクリアする、所謂レイドバトルを最終ミッションとしている。


 最終ボスである『悪魔公ダークレム』は、膨大な体力を持っている。ボクがプレイしていたクランでも、単体で倒すのには三時間という時間が必要だった。


 とはいえ、それもゲーム内の最高装備と、完成されたパーティーが有っての事だ。今のボクのクランでは、十分も持たずに全滅させられるだろう。それだけ、レイドボスは強力な敵なのである。


 そして、今のヴォルクスには、オリハルコン級のクランが存在しない。それを考えると、このイベントはムリゲーとすら思える。


「……それで、どうすれば良いんだい?」


 全員の視線がリュートさんに向く。絶望的な表情が多い中で、リュートさんは一人だけ不敵に笑っていた。


「アレク君は何かを準備するつもりなんだよね? それって、この状況をどうにか出来るって事なんでしょ?」


 リュートさんの言葉に、全員はハッとした顔となる。そして、再び視線がボクへと集まる。


 ボクはニッと笑みを浮かべる。皆の不安を振り払う様に。そして、全員に向けて説明を続けた。


「天竜の封印は既に壊れ掛けています。これはもう、どうする事も出来ません」


 女性陣は悲痛な表情を浮かべる。それに対し、男性陣は真剣な表情で耳を傾けていた。


「そして、悪魔公の力は魔神に匹敵する物です。まず、人の手で倒す事は出来ないでしょう」


 まあ、実際は魔神を倒すイベントも有る。そういう意味では倒せない相手では無いのかもしれない。


 しかし、『絶望の再臨』は再封印で完結するイベントだ。それ以外の終わらせ方が出来るかわからない。


 というか、今のヴォルクスの戦力では、悪魔公も魔神も倒す事は出来ないんだけど……。


「だから、悪魔公を再封印します。その為には、色々と準備が必要になるんだけど……」


「その準備って、どんなものですの……!?」


 アンリエッタが身を乗り出して食いつく。ボクは彼女を抑えながら、皆に視線を向けた。


「封印に必要な、天竜の力を宿したアイテム確保を。これは『黄金の剣』にお願いします」


「アイテムの当てはあるんだよね? まあ、どっちにしてもやるけどさ」


 リュートさんは軽薄さが戻っていた。対抗策の無い、絶望的な状況で無いと考えているからだろう。


 実際、状況は結構ギリギリなんだけどね……。


「聖属性を持つ武器と防具の確保。これを『銀の翼竜』にお願いします」


「ええ、承知致しました。この案件でしたら、お父様の協力も得られる事でしょう」


 ヴォルクス領主の協力を得られるのは大きい。アンリエッタの話を聞けば、私兵団の聖騎士も動員してくれるはずだ。


「そして、『白の叡智』は聖具作成の準備を。それと、上級ポーションも用意しておきます」


「ああ、上級ポーションは品薄だからね。確保出来れば、とっても助かるよ」


 リュートさんの言葉にアンリエッタも頷く。プリーストが数少ない以上、大怪我を癒すには上級ポーションしか無い。


 マリアさん一人では、大人数を癒し続ける事は出来ないだろうからね。


「期間は残り一か月。時間は少ないですが、やれる限りの事をやりましょう」


「ええ、ワタクシが協力するのですから、大船に乗ったつもりで宜しくってよ?」


「はははっ。勿論、オレ達も全力で協力するよ。ホームが無くなると困るしね!」


 全員が強い意志を宿した目をしていた。この場に悪魔公を怯える者は、一人も存在しなかった。


 ……しかし、それは現実を知らないからだ。この中の何人が悪魔公の力を理解しているのだろうか?


 恐らくは、ボクがここで説明しても、リュートさんですら理解出来ないだろう。何せ、相手は神に匹敵する力を持つのだから。


 本来の力を発揮すれば、悪魔公は天変地異を引き起こす力を持つ。神具を持たない只の人間では、本来は立ち向かえる相手では無い。


 その事を説明しても、彼らに明確な力はイメージ出来ないだろう……。


 だからこそ、ボクはボクで別の動きをする必要がある。少しでも多くの人を守る為。そして、大切な仲間を必ず守る為に……。

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