第76話 アレク、弟子を育成する
今のボクは朝食を終え、リビングのソファーでくつろいでいた。
ちなみに、向かいにはブラウンの長い髪を持つ少女も座っている。彼女は厳しい表情で、ボクに向かって尋ねて来た。
「先生、今日の予定をお願いします」
「うん、今日も初級ポーションの作成だね。各自、五十個ずつ作ってくれるかな?」
「はい。承知しました」
少女はビシッと背筋を伸ばし、ボクに対して頭を下げる。そこには一定の、敬意らしきものが滲んでいた。
彼女の名前はリア。ハンスさんが連れて来た、薬師の弟子である。ハンスさんの紹介通りに、真面目で根性がありそうな感じはする。
しかし、融通が利かなくて、頭が固そうな所が気になる所ではある……。
「ちなみに、シアとカイルは食事中かな?」
「は、はい。申し訳ありません……」
「ああ、別に構いませんよ。開始時間を決めてる訳じゃないしね」
恐縮して頭を下げるリア。そんな彼女に、ボクは苦笑を浮かべて手を振った。
ちなみに、ハンスさんが連れて来た弟子候補は、彼女の他にも二人いる。
一人はシアという彼女の妹。のんびり家で寝坊助な為、朝食の時間はいつもずれてしまう。
リアは十六歳でシアは十四歳。二人ともここに来る前は、商人の見習いをしていた。ただし、二人とも商人の才能が無く、商人ギルドでは扱いに困っていたらしい……。
もう一人は、カイルというお調子者の青年。薬師の修行に対しては、三人の中で一番の熱意を持つ。ただし、マイペースな性格で、夜更かしを良くするので寝坊が多い。
なお、カイルは薬師ギルドで1年間修業を行った経歴を持つ。しかし、雑用ばかりを押し付けられ、この一年間は一つもレベルが上がっていない。ハンスさんとは、薬師ギルドのお使いで、商人ギルドを訪ねた際に知り合ったらしい。
「それで、このクランには馴染んだかな? やりずらい事があったら、遠慮無く言ってね?」
「やりずらい事なんて……。皆さん、とても親切にしてくれています……」
シアは相変わらず恐縮した態度を崩さない。そんな彼女の態度を見て、ボクは顔をしかめる。初めて出会った日の事を思い出したからだ。
リア等がクランへやって来たのは三日前。三人はいずれも不安そうだったが、それでも懸命に弟子入りを懇願して来た。
後からハンスさんから聞いた話だと、三人は他に行く場所が無かったそうだ。ボクに断られたら、本当に路頭に迷う様な状況だったらしい。
そんな事情を知らないボクは、熱意溢れる三人に感動した。そして、その場で受け入れを歓迎した。それを彼女達は、それこそ涙を目に浮かべて喜んだものだった。
……しかし、彼女達をクランのメンバーには加えない事になった。これはハンスさんの希望でもある。彼女達は将来的に独立して、この街で自立して行って欲しいそうなのだ。
ボクとしては特に異論も無かったし、彼女達も将来は自分の工房を持つ事を望んだ。なので、あくまでもボクの弟子であると同時に、クランに雇われた薬師という位置付けとなっている。
「それにしても……」
「え……?」
ボクが小さく呟くと、リアはビシッと固まってしまう。ボクに何か叱責されるのかと身構えていた。
だが、ボクは別に叱責するつもりなんて無い。むしろ、彼女の痩せた身体を見て、心配になっただけだ。
「ちゃんとご飯は食べてる? ポーション作りにも体力は必要だからね。遠慮せずに、一杯食べて良いんだからね?」
「は、はい、わかりました……! 貧相な体で申し訳ありません……!」
彼女は顔を真っ赤にして、アタフタして謝って来る。そして、そんな想定外な態度に、ボクの方も慌ててしまう。
「……あ、ごめんなさい! デリカシーの無い発言でした。そういうつもりでは無かったのですが……」
女性に対して、余りに配慮が足りない発言だった。間接的にとはいえ、栄養状態の悪い、彼女の体を指摘してしまうなんて。
リア達は食うに困って、ボクの元へやって来たのだ。それまでは、食べる物にも困った生活だったはず。
彼女達だって、望んでそういう暮らしをして来た訳では無いのに……。
ボクとリアがアワアワしていると、急に背筋がゾクリと来た。慌てて視線を向けると、扉の陰からアンナがボク達を見つめていた。
「ア、アンナ……? そんな所で、何をやってるのかな……?」
「……これから薬草集めに行って来る。夕方までには戻るから……」
「悪いね……。こんな簡単な依頼を頼んでしまって……」
そう、ボクはアンナ達に、ポーション作成の素材集めを頼んでいた。
しばらくは、ボクが新弟子の育成に時間を費やす事になっている為、ギリー以外のメンバー育成が難しい。そして、大量のポーション作りを予定している為、それを賄う為の材料不足が懸念された。
薬師ギルドに気付かれると不味いので、市場での購入は避けたい。自然と素材集めは、メンバーで協力しようという流れになって行ったのだ。
ボクはメンバー全員を計画に巻き込み、その事を申し訳なく思っていた。しかし、アンナは静かに首を振り、ニコリと微笑んだ。
「お兄ちゃんが謝る必要は無い……。みんな、お兄ちゃんに恩返しが出来て、今回の計画は気合が入ってる位だから……」
「そんな、恩返しだなんて……」
アンナを守り、育てているのは、ボクのエゴでしかない。ミーアを守れなかった事への償いが、理由の半分であるのだから。
そして、ハティ達に対しては、もっと利己的な考えで育成を行っている。彼等を鍛えて理想のパーティーを作り、身を守れる環境を作りたかったのだ。決して偽善的な考えで、彼らを迎え入れた訳では無い。
だが、アンナは静かに微笑んでいた。その目を見ると、とても澄んだ瞳をしていた。まるで、ボクの考えなど、全てわかっているかの様な……。
「お兄ちゃんなら、そう言うってわかってる……。だけど、私達が欲しいのは謝罪の言葉じゃない……。お兄ちゃんなら、言わなくてもわかるよね……?」
「……そうか。うん、そうだね……。アンナ、皆にありがとうって伝えておいて!」
「うん、わかった……」
ボクの言葉に、アンナは可憐な笑みを浮かべた。ミーアに良く似た、人を魅了する笑顔である。きっと、アンナも将来は美人になるのだろうな……。
ボクがその笑みに頬を緩めていると、アンナは急に真顔に戻る。
そして、その視線をスッと移動させる。その先にいたのはリアだ。話に入れず、居心地が悪そうにしていたリアである。
そんなリアに、アンナは静かに囁いた。
「ここにはメアリーの目がある……。その事を忘れないこと……」
「も、ももも、勿論です……!」
アンナの言葉に慌てて立ち上がるリア。そして、アンナに対して綺麗な姿勢で頭を下げた。
それは何故か、ボクに対する以上の敬意を示している様にすら見えた……。
その態度にアンナは満足したらしい。小さく頷くと、視線をボクの方へと向ける。
「それじゃあ、行ってくるね……」
「うん、気を付けて」
アンナは再び小さく頷く。そして、そのまま外へと向かって歩き出した。ボクはその背中を頼もしく思い、見えなくなるまで見送った。
……しかし、メアリーの目とは何の事だろう? メイドの少女が見ているからといって、それを気にする必要なんて無いと思うのだけど?
ボクは首を傾げてリアに視線を向ける。彼女は何故か、慌てた様子で席を立った。
「わ、私はシアとカイルを見て来ますね! 食べ終わっていたら、工房へ向かいますので!」
「うん、よろしく。少ししたら、ボクも工房に顔を出すから」
リアはキビキビとした動作で一礼し、部屋を慌てて出て行った。彼女の不審な反応を訝しく思いながら、ボクは今日の予定を思い出す。
「今日はメリッサが来る日だな。今日も五月蠅くなりそうだ……」
ボクは小さく溜息を吐き、ゆっくりとした動作で部屋を後にした。
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