第48話 ハスティール、海底洞窟(1F)へ潜る

 装備を一新した翌日。今日は海底洞窟へ向かう事になった。


 海底洞窟は船で一時間程の無人島に存在するダンジョンだ。水の魔石等を狙う冒険者が、時々使う狩場らしい。


「さて、中に入る前に作戦を説明しますね」


 リーダーの言葉に、オレ達は真剣な顔になる。


 どうやら、ルージュとロレーヌは狩りには真面目な態度の様だ。昨日までは弛んだ空気を感じていたのだが……。


「まず、ロレーヌさんは索敵をお願いします。獲物を見つけたら、一撃だけ入れて下さい。その後、魔物は全てルージュさんに押し付けて下さい」


 ロレーヌはその説明を聞いて、ホッとした顔になる。昨日聞いた話しでは、実践経験が殆ど無いとの事らしい。


 しかし、それでどうやって、あそこまでレベルを上げたのだろう……?


「次にルージュさんです。ルージュさんはウォークライで魔物の注意を引き付けて下さい。基本は盾での防御と、パリィによる受け流しでお願いします」


 ルージュは納得した様に頷く。


 しかし、リーダーに見られない様に、こっそり盾を見つめて眉を寄せる。


 昨日は新品の盾に喜んでいたので、汚れや傷が気になるのだろう……。


「そして、最後はアンナだね。ここの魔物はライトニング・ボルトだけを使えば良いよ。足止めはルージュさんがするから、アンナの役目は魔物を倒す事だけだ」


 その説明に、アンナは驚いた表情を見せる。どうやら、考えていたよりも楽な分担だったらしい。


 青ポーションを使って良いか聞いていたが、リーダーは必要は無いだろうと答えている。


 ……一体、普段はどんな修行をしているんだ?


 青ポーション何て高価な物は、緊急時でもなければ使えないはずだ。まさか、そんな物を常用しているのか……?


「……って、ちょっと待って下さい! 最後ってどういう事ですか? オレは何をすれば良いんですか?」


「ああ、ハスティールさんにはこれを……」


 リーダーは足元から小石を拾って渡して来る。オレが戸惑っていると、リーダーはニコリと微笑む。


「ルージュさんが魔物を引き付けたら、小石を当てて下さい。ああ、一回だけで良いですよ? 後はひたすら練気です。練気がLv5になったら、その次は金剛の構えです」


「………………はぁっ!?」


 それはつまり、戦闘に参加するなと言う事か? 気を練って攻撃力を上げても、攻撃はするなと?


 ……過去にパーティーを組んだ時には、もっと壁になれと言われたがはある。役立たずと言われたり、苛立った目で見られた事もある。


 しかし、ここまでハッキリと、戦力外通知を出されたのは初めてだ……。


 ショックを受けるオレに構わず、一同は洞窟に向けて歩き出す。慌ててオレも、その後を追って行く。




「さあ、ロレーヌさん。宜しくお願いします」


 ロレーヌは頷くと、魔物の気配を探って進みだす。そして、程なくして、巨大なヒトデを見つけ出した。


 魔物の名はお化けヒトデ。地面を這っているが、そのサイズはアンナちゃんと同じ位はある。表面は固そうな突起に覆われ、中央には鋭い牙だらけの口があった。


 ロレーヌは気持ち悪そうに、ダガーで僅かに傷を付ける。それに反応し、お化けヒトデはロレーヌに向かう。


 しかし、既にロレーヌは逃げ出した後である。


 ロレーヌがこちらに戻って来ると、次にルージュが前へ出る。


 ウォークライによる叫びが木霊すると、お化けヒトデは攻撃対象をルージュに変更する。ルージュはお化けヒトデの接近を待ち、間合いに入るとシールドバッシュで吹き飛ばした。


 そして、最後はアンナちゃんの出番だ。すでに準備を終えていた魔法を解き放つ。


 すると、ルージュの脇を通り抜け、雷の矢がお化けヒトデに突き刺さる。お化けヒトデはほんのりと焼け焦げ、アッサリと力尽きてしまった。


「そうそう、基本はこんな感じで良いですよ。ただ、ルージュさんはシールドバッシュ無しです。スタンするとタゲ取りが面倒ですから。それと、次からはハスティールさんも参加して下さいね?」


「す、済みません……」


 ゆっくりした戦闘だったが、余りにスムーズでつい見入ったしまった。


 役立つ訳では無いが、与えられた仕事はキッチリこなさないとな……。


 そして、その後も探索と討伐が続く。ブルースライム、プチクラーケン、アーマークラブと程よい強さの魔物が現れる。


 たまに複数の魔物が現れて慌てる事もあるが、リーダーの補助で簡単に立ち直る。


「うんうん、順調みたいだね。もう少し奥に向かっても大丈夫そうだ」


 ……理解不明な速度で、さくさく狩りが続いて行く。まだ、一時間も経っていないのに、既に十匹を越える魔物を倒している。


 決して魔物が弱い訳では無いのだ。いずれの魔物も、ルージュですら一人では苦戦する相手ばかりである。


 どうやら、ルージュとロレーヌも困惑している様子だ。彼等の反応が、オレの知る常識通りでホッとする。


 何故なら一般的な狩りは、一人なら1日で三~五体程度。パーティーでも、1日に狩るのは十~二十匹少々だ。


 それ以上のペースは、危険度が跳ね上がるので、普通の冒険者は自重する。


 しかし、リーダーにとって、今はまだ小手調べの様である。現にアンナちゃんも、物足りなそうな顔をしている……。


「アンナちゃん、精神力は大丈夫なの……?」


 隙を見て話し掛けると、アンナちゃんはビクリと震える。


 そして、視線を逸らしながらも答えてくれる。


「ライトニング・ボルトだけだから……。十回分なら続けて使っても大丈夫……。それに、使うのも五分に一回程度だし……。二分位で回復するから、今の二倍までは余裕……」


「に、二倍まで余裕……?」


 オレが戸惑っていると、アンナちゃんはすっと離れてしまう。


 そして、リーダーを壁にして隠れてしまった。やはり、まだオレに対し、気を許してはいないみたいだ。


 それにしても、アンナちゃんは優秀過ぎないか?


 リーダーからアンナちゃんは七歳と聞いた。その年齢であそこまで、自分の能力を把握出来るものか?


 ……やはり、アンナちゃんも普通とは思えない。きっと賢者様の一族は、皆が規格外なんだろう。


「さて、進みますよ?」


 リーダーの言葉で狩りが再開される。場所によって生態系が異なるのか、出現する魔物も違って来る。


 ポイズンアネモネ、アクアリザード、ソードシェル。いずれも初級冒険者には危険な相手だ。


 しかし、狩りのペースは変わらない。ロレーヌが引っ張り、ルージュが受ける。リーダーが補助に周り、アンナちゃんが仕留める。


 ……オレは指示通りに石を投げ、後は気を練り続けるだけだ。


 幸いな事に、ルージュやロレーヌから不満の声は上がらない。


 ただし、時々目が合うと、哀れみの感情が含まれていたが……。


「おや? アンナのレベルが上がったね?」


 リーダーの問いに、アンナちゃんが頷く。先程の魔法で雷の矢が二本になったが、それはレベルが上がったからの様だ。


 メンバー全員が祝福の言葉を送る。しかし、アンナちゃんは照れた様子で、リーダーの後ろに隠れてしまった。


 彼女もこうして見ると、年相応な女の子にしか見えないのだが……。


「この調子でガンガン行きましょう!」


 リーダーの言葉に、メンバー全員が力強く頷く。ロレーヌは張り切って索敵に出かけ、ルージュは気持ち早足でその後を追う。


 気合いが入るのは当然だろう。こんな楽なレベル上げは、誰も経験した事が無いのだから。


 ……しかし、そんな二人と真逆で、オレだけは気持ちが冷めて行く。


 オレは狩りに貢献していない。オレだけが、完全に仲間外れの状態になっていた。


 落ち込むオレを他所に、狩りはそのペースを上げる。ロレーヌは慣れて来たのか、希に二体の魔物をまとめて連れて来る。


 そして、ルージュはその魔物を安定して受け持つ。アンナちゃんは先の言葉通り、余裕を持って魔物を屠って行く。


 パーティーは軽い興奮状態だった。そして、リーダーはその状況を把握し、パーティーが対処可能なギリギリのペースを維持する。




 ……結果として、今日の狩りでは数十の魔物を狩った。一般的な狩りの三倍以上の成果だ。


 リーダーは陰で素材収集もしていたらしく、かなりの稼ぎになったと喜んでいた。


 ルージュとロレーヌは、やり切った様に良い笑顔で座り込む。二人はひたすら魔物を相手していた為、終盤は非常に熟練した動きを見せる様になっていた。


 アンナちゃんは、更にレベルが上がっていた。終盤は雷の矢が三本に増え、リーダーは更に奥へ進めると喜んでいた。


 ……そして、オレは練気がLv4に上がっていた。喜びより前に、居たたまれなさが尋常じゃない。


 頑張って魔物と戦ったメンバーに対し、申し訳なさで心が押し潰されそうだ。


「いやあ、今日は良かったですね。皆さんの動きが予想以上だったので、明日以降の予定を修正するか迷う位ですよ」


 帰りの船で、リーダーが皆を労う。他の三人は楽しそうに、今日の振り返りで盛り上がっていた。


 そして、オレは一人で夕日を眺め、疎外感にじっと耐え続けていた。


 辛い修行は覚悟していたが、思っていたのと何かが違う……。

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