第49話 ハスティール、武道家ギルドを訪ねる
五日の修行が終わり、今日は休息日である。
一般的なクランでは聞かない制度だが、リーダーは必要だと言い張っていた。
まあ、それだけ余裕のあるクランという事なのだろう……。
そして、今日は武道家ギルドを訪ねる事にした。オレをクランに推薦した、ギルドマスターへお礼を言う為だ。
それを除いても、普段からお世話になっていたからな……。
なお、この国で武道家ギルドは、とても小さな組織である。武道家になる冒険者は、剣や鎧を買えない貧乏人しかいないからだ。
その為、ここのギルドは小さいし、古くなっても建て直すだけの金が無い。
オレはそんなボロボロのギルドに、いつも通りに入って行く。
ちなみに、購入して貰った装備は部屋に置いて来た。あの装備で街を歩くと、変に悪目立ちするからだ。
「ちわー。ギルドマスターはいるか?」
「おう、ハティ! こっちだ!」
ギルドに入ると、ギルドマスターがすぐに見つかる。五十歳を過ぎているが、体はムキムキで未だ衰えを見せない男だ。
カウンターでいつも通り、暑苦しい笑顔を見せていた。
「クランに入れたんだろ? 推薦してやったのに、挨拶が遅いんじゃねえか?」
ギルドマスターはニヤリと笑う。口は悪いが、別に怒っている訳では無い。
こうやってからかうのが、彼流のコミュニケーションなのだ。
「遅くなって悪かったよ。朝から日暮れまでずっと、海底洞窟に籠りっぱなしでさ……」
「はあ? 離れ小島のダンジョンか? あんな所に何の用があるってんだ?」
「それは……」
この五日間を説明しようとしたが、信じられないだろうと思い直す。なので言葉の変わりに、オレはギルドカードを差し出した。
ギルドマスターは怪訝な表情を見せる。そして、オレのカードを受け取り、その動きが止まる。
「……壊れたのか?」
「いや、壊れて無い」
オレが首を振ると、ギルドマスターは再びカードを見る。そして、指で目頭を抑え、大きなため息を吐く。
「ハティは六日前までLv12だったよな? ここにはLv18と書かれている様に見える。……これが壊れて無いなら、どういう事になるんだ?」
「レベルが上がったんだ」
「おい、頭は大丈夫か!? たった六日間でLv12からLv18なんて、上がる訳が無いだろうが! この数日で何があった!?」
ギルドマスターは呆れた様に怒鳴りつける。
しかし、その目からは、オレを心配する感情が見て取れる。決してオレが、嘘を付いているとは考えていない。
オレはギルドマスターからカードを返して貰う。そして、オレは困った表情で首を振る。
「賢者様の孫は普通じゃ無い。オレ達の常識なんて関係無いんだ……」
「は……? 賢者様の……孫……?」
ギルドマスターは首を傾げる。
そして、しばらく考えた後に、理解の色が浮かんで来る。
「まさか、そういう事なのか……? その、クランリーダーは、賢者ゲイル様の孫だと……?」
「知らなかったのか?」
ギルドマスターはポカンと口を開けて固まる。
どうやら、クラン事務局からは、賢者ゲイル様の情報は伝わっていなかったらしい。
しばらくすると、ギルドマスターがゆっくり動き出す。そして、困惑した様に質問して来る。
「その賢者様の孫ってのは、どんな奴なんだ? 相当にぶっ飛んだ奴なのか?」
ギルドマスターは心配そうにオレを見つめる。レベルの上がりかたから、相当な無茶をさせられてると考えてそうだ。
オレは安心させる為に、ギルドマスターへ笑みを見せる。そして、肩を竦めて答える。
「アレク様は凄い人だけど、相手に無理を強いる人じゃ無い。オレの他にも剣士と盗賊が入ったけど、皆が楽しそうに狩りをしてたしな。まあ、15歳で賢者と錬金術師って部分は、ぶっ飛んでると言えるかな?」
「は……? 賢者に錬金術師……?」
ギルドマスターが再び固まる。まあ、これが普通の反応だよな。
ギリーとアンナちゃんも規格外だが、今は黙っていた方が良さそうだ。きっと、余計に混乱するだけだろうし。
ギルドマスターはすぐに復活する。そして、また心配そうに質問を重ねる。
「……それで、ハティはどうなんだ? やってけそうなのか?」
ギルドマスターはじっとオレの目を見つめる。言葉だけで無く、感情から本心を探る時の目だ。
彼とは三年の付き合いであり、オレはこの目を良く知っている。この目の時は、嘘や誤魔化しを決して見逃してくれないのだ。
オレは姿勢を正す。そして、真っ直ぐにギルドマスターを見つめ返す。
「オレはアレク様に着いて行くって決めたんだ。アレク様はオレに道を示してくれた。オレが求めた夢を、アレク様なら叶えてくれる。オレはそう信じる事にしたんだ」
「……そうか。夢が叶いそうなのか。ハティが望むなら、オレから言う事は何も無い」
ギルドマスターは優しい眼差しで頷く。オレは彼に対し、最大級の笑みで返した。
……思えばギルドマスターには世話になりっぱなしだった。
村を出てから、ずっと面倒を掛け続けていた。オレが食べて行ける様に、薬草採取の仕事を探して来てもくれた。ギルドの儲けは殆ど無いのに。
ギルドマスターはオレにとって、第二の親みたいな存在だ。彼を安心させたくて、オレはおどけた様に肩を竦めた。
「まあ、それに待遇が凄いんだ。屋敷に部屋を貰って、朝晩の食事が付く。鋼鉄製の装備一式が支給されて、毎月2万Gが生活費として貰える。更に上級職になったら、待遇アップも約束されてるんだ」
「……はあ!? 何だその破格の待遇は! どんだけ金持ってるクランなんだよ!?」
オレの気遣いに、ギルドマスターが乗って来る。辛気臭い空気は霧散して、ギルドマスターの顔が明るくなった。
やはり、彼にはむさ苦しい笑顔が一番似合っている。
……そして、オレはふと思い出した疑問を投げ掛けてみる。
「そういえば、爆裂波動拳ってわかるか?」
「あん? それは、武道家のスキルなのか?」
ギルドマスターは不思議そうに答える。彼が知らないとなると、恐らくこの街に取得者はいない。
彼はギルドメンバーのスキルを、殆ど把握しているのだから。
「金剛の構えの先にあるスキルらしい。今のオレが目指してるスキル何だが……」
「ふむ……。オレはモンクで、武道家スキルも全て把握してる訳じゃない。必要なら王都のギルドに問い合わせるぞ。どうする?」
ギルドマスターは武道家と白魔術師をLv30まで上げて、モンクに転職している。
ギルドメンバーを癒したいと、途中から白魔術も覚えた結果である。そんな彼はギルドメンバーからの信頼が厚い。その甲斐もあって、彼はギルドマスターに選ばれた。
しかし、武道家がLv30止まりという事もあり、マイナーな武道家スキルまでは詳しく無い。
「……いや、そこまでは良いよ。どうせ、五日以内に取得してるだろうしさ」
オレの回答に、ギルドマスターが呆れた顔になる。
低レベルをさ迷ってたオレが、簡単にレベルが上がると言っているのだ。その気持ちはわかる。
しかし、今の現状がそうなので仕方ない……。
オレはギルドマスターと軽く雑談を重ねる。そして、邪魔しては悪いと、ギルドを出る事にした。
「さて、そろそろ帰るよ。少し買い物もしたいしさ」
「ハティ、ちょっと待って貰えるか?」
帰ろうとするオレを、ギルドマスターは肩を掴んで引き留めた。
彼はニヤリと笑うと壁際に置かれた工具を指差す。
「最近、ちと雨漏りが酷くてな。誰かに修理を頼めないかと思ってた所なんだが……」
……オレはこの目を知っている。捕まえた獲物を決して逃がさない目だ。
色々と世話になっているオレは、この目のギルドマスターから逃れられた事が無い。
「……わかった。屋根の修理をすれば良いんだな?」
「助かるよ、ハティ。流石はオレの見込んだ男だ」
ギルドマスターは嬉しそうに、オレの肩をバンバン叩く。馬鹿力のギルドマスターに叩かれると、かなり本気で痛いのだが……。
オレは諦めて屋根の修理に向かう。結局、他の雑用にも使われ、その日は一日が終わってしまった。
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