第45話 アレク、祖父の偉業を知る
クランハウスを手に入れた翌日、ボクは改めて魔術師ギルドを訪れていた。
用件は紹介状のお礼と、爺ちゃんに関する情報交換の為である。
ギルドマスターからも聞きたい事があるとの事で、日時は向こうの指定に合わせている。
「こちらがギルドマスターの執務室です」
受付とは別の女性職員に通された場所は、二階にある一室である。
扉を開けて貰って中に入ると、ギルドマスターは奥のデスクで書類仕事を行っていた。
そして、チラリとこちらに目を向けると、優しそうに微笑んだ。
「すぐに終えるので、座って待っていなさい」
「はい。わかりました」
部屋の中央にあるソファーを勧められ、ボクはそこに座って待つ。
女性職員はそれを見届けると、一礼して部屋を出って行った。
ギルドマスターを待つ間に、ボクは部屋を観察する。
目の前のテーブルや、壁際の棚等は全て木製で質素な作りである。ただ、それは飾り気が無いというだけで、安物という訳では無さそうだ。
実際に、棚の中に納まっている本や道具は、いずれも高価そうな品々である。
……何となく爺ちゃんの部屋に雰囲気が似ている。良い品にはお金を掛けるけど、機能性重視で見た目を気にしない所なんかがさ。
「ふむ、待たせたね。それでは、改めて話を聞かせて貰うとしよう……」
ギルドマスターは執務用の席を立つと、ボクの向かいのソファーに座る。
そして、優しく微笑みながらボクの事を見つめる。
ギルドマスターは爺ちゃんの様に長い髭は無い。鼻の下にだけ、綺麗に整えられた白髭がある。頭も爺ちゃんと違いハゲている。
しかし、その目だけは爺ちゃんと同じく、相手を思いやる気持ちが見て取れた。
それと、ギルドマスターは深い紺色のローブを身に纏っている。銀色の刺繍が所々に施され、中々に高価そうである。
恐らくは、魔法防御もかなり高いのだろう。
ボクがギルドマスターの装備に興味を引かれていると、彼はふと何かを思いついた様に口を開く。
「……そう言えば、ワシの事は兄上から聞いておるかな?」
「いえ、一昨日に初めて知りました」
「やはりか……。アレクの態度から、もしやと思ったが……」
ギルドマスターは疲れた表情で息を吐く。
そして、どこから取り出したのか、ポットとカップをテーブルに並べる。ポットから注がれたのは、熱々の紅茶であった。
「それでは、改めて自己紹介をさせて貰おう。ワシの名はワトソン。ヴォルクス魔術師ギルドでギルドマスターをしておる。一応、お主の大叔父の様な者でもあるな」
「本当に爺ちゃんの弟なんですよね……?」
改めて聞かされても信じられない。爺ちゃんはボクが十歳頃に亡くなったが、それまでに親戚の話しを聞いた事は無い。
子供がいないという事だけは聞いていたのだが……。
ワトソンさんは紅茶をボクに差し出す。そして、肩を竦めて軽く笑う。
「血は繋がっておらんがね。ワシも兄上も、共に戦災孤児という奴じゃ。二人とも同じ師匠に拾われ、兄弟同然に育ったんじゃよ」
「爺ちゃんも戦災孤児……?」
この話しも初めて聞く。爺ちゃんはとにかく、過去の話をしたがらない。ボクが知っている爺ちゃんは、ケトル村の中の爺ちゃんしかない。
ワトソンさんは紅茶に口を付ける。そして、苦そうな表情でボクに告げる。
「兄上は過去を語らんかった様じゃな。まあ、それも納得のいく話しじゃ。ヴォルクスを去る際に、色々とあったからのう……」
「……その話を、聞いても良いですか?」
ボクは上目遣いに尋ねる。爺ちゃんの話しは気になるが、聞いて良い話か微妙そうな雰囲気だったからだ。ダメなら無理にとは言わないが……。
ワトソンさんは虚空を見つめ、しばらく黙考する。そして、ふっと表情を消して、ボクに質問を返す。
「兄上は……亡くなっておるのか……?」
「え……? あ、はい。四年前に亡くなっていますが……」
どうやら、連絡は届いていなかったらしい。というより、親戚の存在をボク達は知らなかったのだ。
それは、誰も連絡して無いよな……。
「……ならば、語っても問題あるまい」
「…………」
ワトソンさんの瞳が寂しげに揺れる。身内の死を悲しんでいるのだろう。
ボクは何と声を掛けて良いかわからず、黙って相手の反応を伺った。
「その様に気にしなくても宜しい。ワシ等も歳を取ったからな。それに、兄上も十分に長生きした方じゃろう」
ワトソンさんが朗らかに笑う。ボクを気遣っての事だ。ボクも微笑みを浮かべ、軽く頷き返した。
「そうじゃな……。まず、ワシと兄上の出自から話すとしよう。ワシ等はとある都市で暮らしておったのじゃが、街が疫病で滅んでしまってな。そこにやって来た師匠が、辛うじて生き残っていたワシ等を見つけて拾ったのじゃよ」
「疫病で……? 先ほど、お二人は戦災孤児と聞いた様な……」
「うむ、良く覚えておるな。後から師匠に聞いたのだが、街は大規模な呪術によって滅ぼされたらしい。ワシと兄上は産まれつき高い魔力が備わっていた。その為、師匠の治療が間に合ったそうじゃ」
「そんな事が……」
大規模な呪術とは何だろうか?
呪術師にはそこまでの呪術を覚えない。ゲームには無い儀式の存在も、考慮しておく必要があるな……。
「そして、ワシと兄上は師匠の元で修業を行った。兄上は十歳で、ワシは九歳からじゃったな。兄上は成人した頃には賢者となっており、ワシは魔導士になっておった」
「成人時に上級職ですか。ボクと同じですね」
成人して上級職という状況が、ボクだけで無いとわかってホッとする。
転生による知識チートでレベル上げを行った為、変に悪目立ちしないかと実は気にしていたからだ。
多少とはいえ同じ様な人がいれば、ボクのレベルも多少は誤魔化しが効くはずである。
……しかし、何故かワトソンさんは、同意の言葉を返してくれなかった。
そして、首を振ってボクに告げる。
「ワシも兄上も、成人時点で上級職を得ただけじゃ。一年後の16歳でも兄上は賢者LV12であり、ワシは魔導士Lv9であった。今のアレクの様に、二つの上級職を得て、そこまでのレベルとなるのは異常じゃ。まず間違いなく、国に知られれば秘密を探られるぞ?」
「え……?」
どうやら、ボクの考えは甘かったらしい。知識チートはやはり問題があった様だ。
とはいえ、身を守る為にもレベルは上げておきたいのだが……。
ボクが黙考していると、ワトソンさんがフッと笑う。そして、安心させる様に、ボクに笑顔を向ける。
「対策についてはワシも考えておく。とりあえず、アレクは当面の間、ギルドカードの魔法陣には触れぬ様にするのじゃな」
「……なるほど、わかりました」
ギルドカードの裏に触れると、最新の情報に更新が行われる。
逆を言えば、魔法陣にさえ触れなければ、今のレベル以上に高く表示される事が無い。実際のボクのレベルが、表示された数値以上だったとしてもだ。
もっとも、現時点でも異常なので、あまり人には見せない方が良さそうだけど……。
「では、話しをワシ等の過去に戻すぞ? ワシも兄上も、成人と同時に師匠の元を追い出された。そして、兄上は冒険者として名声を上げ、ワシはヴォルクスで魔術師ギルドの職員として働く事にしたのじゃ」
「ワトソンさんは、冒険に出なかったのですか?」
「ワシからすれば、好き好んで危険に飛び込む必要も無いと思うのだがね。まあ、血気盛んな若者は多い。その生き方を否定するつもりも無いのじゃがな……」
なるほど。ギルド職員としてなら、ワトソンさんは十分過ぎる程の強者である。無理にそれ以上、強くなる必要もなかったのだろう。
とはいえ、強くなれば様々な場所へ行ける。強い装備も手に入るし、お金も名声も手に入る。それを魅力として感じる人がいるのも当然だ。
爺ちゃんはそちら側だったし、ボクも同じタイプである。
「そして、兄上は二十歳の頃に有名な冒険者となり、先代の領主様に目を付けられた。そして、兄上を囲みこむ為に、領主様はクランという制度を作り上げた……」
「え……!? 爺ちゃんの為にクランが出来た……!?」
「うむ。兄上はその制度を上手く活用した。その為、領主は他の冒険者もクランに組み込み、他の街や国も見習ってクラン制度は広がっていったのじゃ」
……爺ちゃんがマジぱない。
領主も凄かったんだろうけど、爺ちゃんが活躍したからクランが広がったという事である。
ゲームにそんな設定は無かったはずだ。ボクの知っているクランと同じ仕組みか、少し不安に思えて来たな。
「そして、兄上は国防でも大きく貢献した。五十年近く前じゃが、あの頃はカーズ帝国とこの国は交戦状態じゃった。ある時、カーズ帝国は三千人の兵でヴォルクスを攻めて来た。しかし、兄上が率いる千人の兵だけで、砦を守って帝国兵を敗走させてしまったのじゃ」
「三倍の兵力差を……?」
「しかも、砦での防衛線とはいえ、ヴォルクス側の兵は無傷。相手の兵は三日間で半壊という状況じゃった」
「うわ……。それは……」
流石に、帝国の将兵は戦犯扱いじゃないか?
というか、爺ちゃんがヤバい。攻城戦でもマジぱないんですけど……。
「帝国がペンドラゴン王国を攻めるには、ヴォルクスを落とすしかルートが無い。この一戦で流石の帝国も慌てた様で、ペンドラゴン王国との停戦条約を結ぶ事になったのじゃ」
「爺ちゃんは、本当にこの国の英雄なんですね……」
「兵士の間ではこの一戦が有名じゃな。しかし、冒険者の間では、竜殺しや魔人殺しの話しが好まれる様じゃが……」
竜殺しに魔人殺し? 何それ? 凄く気になる。
……いや、それはまた改めて聞く事にしよう。
というより、メリッサかメアリーに聞いたら、色々と教えてくれそうな気がするし……。
「そして、兄上は33歳まで冒険者を続けた。しかし、当時のパーティーメンバーであり、兄上の恋人だった女性を戦闘で亡くしてな。それを切っ掛けにして、兄上は冒険者を引退して、この町から去っていったのじゃよ……」
「そうだったんですね……」
ボクは爺ちゃんの心情を察して胸が痛む。
恋人の死を切っ掛けに引退した爺ちゃん。恋人の死を切っ掛けに冒険者となったボク。
立場は全くの真逆だけど、その胸の痛みは近いはずだ。
「……そういえば、その後に兵士長だったビリーが兄上を追っていったな。ビリーは村長として、上手くやれておるのか?」
思わぬ名前に驚いて目を見開く。
ビリー村長は村人から慕われていた。ウィリアムさんがやって来るまで、村の守りはビリーさんが請け負っていたらしい。
その当時のビリー村長を知る年長者ほど、ビリー村長に対して感謝の気持ちが強かった。
「……ビリー村長は皆から慕われていましたよ。ただし、十五日程前に亡くなりました。所属不明の兵団に襲われ、ボクとギリーとアンナの三人を除き、村人は全員が殺されました……」
「なんじゃと……!?」
ワトソンさんは驚いて立ち上がる。そして、ボクの肩に手を置き、ボクを問い詰める。
「どういう事じゃ……! それは、村が滅んだという事か……!? 村の守りはどうなっておったのだ……!」
「村は滅びました……。ビリー村長と狩人のウィリアムさんだけでは、数十人の兵士は追い返せません……。せめて、ボクとギリーが村にいる時だったら、結果は違ったのかもしれませんが……」
「何と言う事じゃ……」
ボクの説明に、ワトソンさんは力無くソファーに座る。
そして、頭を抱える様にして、何事かを呟く。
「……連絡が……それとも……いずれにしても……」
「ワトソンさん……?」
あまりの狼狽えぶりに、ボクは首を傾げる。
すると、ボクの反応に初めて気付いた様に、ワトソンさんは姿勢を正して取り繕う。
「貴重な情報に感謝する。ワシはやらねばならん事が出来た。申し訳ないが、今日の所はここまでとさせて貰いたい」
「わかりました。こちらも貴重な話を聞かせて貰え、とても助かりました」
ボクは軽く頭を下げると、ソファーから立ち上がる。ワトソンさんも合わせて立ち上がる。
そして、申し訳なさそうな顔でボクを見る。
「アレクが大変な時に時間を取れず済まない……。落ち着いたら連絡を入れるので、困った事があればその時に頼って来なさい……」
「ありがとうございます。連絡が来るのをお待ちしていますね」
ボクは社交辞令を返しておく。大叔父であるワトソンさんは良い人の様だ。
しかし、これまで付き合いの無かった義理の親戚に、必要以上に頼るのもどうかと思う。
ワトソンさんが実際に、どこまで助力してくれるかも不明だしね。
しかし、ボクのそんな心情を察したのだろう。ワトソンさんは軽く苦笑を浮かべる。
そして、寂しげな表情で、扉を開けてボクを見送ってくれた。
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