第44話 アレク、クランハウスを手に入れる
午後にクラン事務局へ訪れると、昨日のお姉さんに連行された。
そして、中央城壁に近い場所にある、とある屋敷へと連れて来られる。
「こちらが『白の叡智』へ提供させて頂きます、最高のクランハウスになります!」
「ほ、ほう……。立派な建物ですね……」
屋敷は白い壁の洋館で、真っ赤な屋根が特徴的だ。建てられてそれ程の年数が経っていないのか、建物全体に汚れが見られない。
更にサイズは想定外で、昨晩の高級宿屋に匹敵する。下手な宿屋等より余程大きい。三人が住むには明らかに過剰なサイズと言える。
視線を移すと、ギリーとアンナも目を見開いている。村長の家より大きな建物であり、二人が見る建物の中では、過去最も大きな建物では無いだろうか?
「さあ、中へ入って下さい! 家具もしっかりと準備済みですよ!」
「わ、わかりました……」
グイグイ引っ張られ、ボクは建物に連れ込まれる。そのテンションの高さに、ギリーとアンナは呆然としている。
ボクも付いて行けずに、為すがままに振り回されている状況だ……。
「さあ、アレク様をお連れしましたよ!」
「いらっしゃいませ! ご主人様!」
建物の中に入ると、小柄なメイド少女に出迎えられる。メイド少女は綺麗なお辞儀をし、その顔は見えない。
しかし、テンションの高さはお姉さんに匹敵する。
「紹介します! 妹のメアリーです!」
「はじめまして、メアリーです! 姉のメリッサ共々、これから宜しくお願いします!」
「なるほど、姉妹か……」
メイド少女ことメアリーは顔を上げ、ニッコリと微笑む。
彼女の年齢はボクやギリーと同じ位だろう。小柄で若い事もあり、小動物の様な可愛さがある。
ちなみに、姉のメリッサはクールビューティーだが、妹のメアリーは元気一杯なタイプだ。姉妹でも雰囲気は大きく異なる。
ただし、どちらも紫の髪を持ち、顔立ちは良く似ている。姉妹と言われれば納得出来る。
「さあ、リビングへ参りましょう! 中の説明を行わせて頂きます!」
「ご案内致します! こちらへどうぞ!」
「お、おぉ……」
ずるずる引きずられ、気が付くとソファーに座らさせている。ギリーとアンナは後から付いて来ているが、今は距離を取って様子を見ていた。
ちなみに、ソファーはふかふかで、手触りが気持ちいい。
「まず、ここがリビングです! 家具も全て一晩で揃えました!」
「私とお姉ちゃんの二人で、バッチリ掃除も終わらせましたよ!」
「え、一晩で……?」
改めてリビングを観察する。
中央に置かれた木製の丸テーブルは、良く見ると細かな彫刻が刻まれた高級品とわかる。
ボクの座るソファーは三人掛けで、手触りと柔らかさから良い品で間違いない。
そして、ソファーはテーブルを囲む様に3つ並んでいる。
天井にはシャンデリアが下がっている。揺らめきの無い柔らかな輝きから、これはマジックアイテムと思われる。
壁には木製の棚が埋め込まれている。こちらも丈夫そうな素材からして、安物には見えない。
床には複雑な模様が描かれた柔らかな絨毯。窓には明るいオレンジのカーテン。その全てが高級感を漂わせている。
そして何より、ホコリ一つ無く綺麗な状態である。清掃が隅々まで行き届いている証拠だ。
「これは……」
唖然として視線を姉妹へ戻す。そして、ボクは初めて気付く。
メリッサもメアリーも、目の下に隈が出来ているのだ。恐らく、不眠不休で部屋を用意したのだろう。
このテンションも、その為だと思う。いや、そう思いたい……。
「一階はリビング、ダイニング、キッチン、応接室、従業員室、それに浴室があります。二階は個室になり、全十部屋となります。更に地下には倉庫が付いています。これだけ揃って、毎月の費用はたったの一万Gです!」
「な……!? 一万Gだと……」
メリッサの説明に、ギリーが思わず呟く。恐らくは高い家賃に驚いたのだろう。
村では空いた場所に家を建て、家賃の発生しない生活を送っていた。一家の生活費と同等と思えば、ギリーが驚くのも頷ける。
しかし、ボクからすれば、これはむしろ安いと感じる。
一万Gは日本円なら十万円程となる。都会でこれだけ大きな屋敷と考えれば、倍の値段でもおかしくない位だ。
そして、ボクの考えは正しかったらしい。メアリーは胸を張って、自慢気に説明する。
「お姉ちゃんが頑張って、上司を説得したんですよ! クラン事務局が半額を持つ様に、補助金の申請を通したんですから!」
「ふふっ、頑張りました! アレク様に相応しいクランハウスと思いませんか!?」
メリッサの目が「誉めて良いんですよ?」と、強く訴えている。何故か凄い抵抗感は感じるが、頑張ったのは本当なのだろう。
ボクは何とか笑みを作り、メリッサを労った。
「お、お疲れ様です。とても、頑張って頂いた様ですね……?」
「はい、アレク様の伝説の為です! 私もその手助けが出来ると思えば、これに勝る喜びはありません!」
「お、おぉ……」
何故だろう。ボクを見るメリッサの目が凄く怖い。焦点が合っていないというか、熱に浮かされたというか……。
長く見ていると不安になって来る……。
「それと、妹の契約も補助金で半額負担となっています! 屋敷と同じく、毎月の費用は一万Gです! たったのこれだけで、住み込みの専属メイドが付いて来ますよ!」
「精一杯頑張ります! どうか宜しくお願いします!」
メアリーが勢い良く頭を下げる。しかし、顔はこちらに固定され、その目はギラギラと輝いている。
費用はともかく、この目がとにかく怖い。近くに置くのは躊躇われるのだが……。
ボクの躊躇が伝わったのか、メアリーはハッとした顔になる。
そして、ゆらゆらと迫り、ボクのローブにしがみつく。
「昨日の午後から、ずっと部屋を整えてたんですよ……? 一睡もせずに、お姉ちゃんと家具も運んで……。ここまで頑張ったのに……まさか、雇って貰えないんですか……? 私はそこまで必要無いんですか……?」
「ち、ちょっと……!? ち、近い、怖い……! わかった……わかったから……! 雇う、雇うから離れて……!」
「ご契約ありがとう御座います! さあ、サインはこちらへ!」
メリッサは待ってましたとばかりに、契約書とペンを手渡して来る。
余りの準備の良さに、悪徳商法に引っ掛かった様な、複雑な気分だ……。
メアリーはボクの隣に座り、早くサインする様に目で訴えて来る。メリッサはニコニコと営業スマイルで、ボクのサインを待っている。
ボクは溜め息を吐き、諦めて契約書にサインした。
「ふふっ、これで契約成立ですね! 今日から妹をバシバシ使って下さい!」
「さあ! まずは何から始めましょうか!?」
二人のテンションが凄く高い。ぐったりしたボクはマジックバッグに手を入れ、大銀貨を三枚取り出した。それをメアリーに手渡す。
「まずは食料の買い出しを宜しく。ついでに、ギリーとアンナも必要な日常品があれば買って来てくれる?」
「わかりました! 今日の夕食はお任せ下さい!」
「ああ、一緒に付いて行こう……」
メアリーは気合一杯だ。ギリーはその様子に苦笑し、ボクに頷いて見せる。きっと変な暴走をしない様に、見張ってくれる事だろう。
ちなみに、アンナは買い物と聞いて、楽しそうに目を輝かせていた。
「それでは行ってきます!」
「うん、気を付けてね」
ボクは手を振って、三人が出かけるのを見守る。
そして、部屋にはボクとメリッサが残される。メリッサが気合いを込めて動き出す気配を感じ、ボクは手をかざして牽制する。
「とりあえず、落ち着いて貰えます?」
「あ、はい。わかりました」
メリッサはピタッと大人しくなる。そして、すっと姿勢を正して、静かにボクを見下ろす。
頼んだのはボクだが、余りの落差で反応に困るのだが……。
「……えっと、頼んでた資料は手に入りました?」
「はい。各ギルドへ依頼した所、すぐに用意して頂けました」
メリッサはスッと資料の束を差し出して来る。さっと資料に目を通すと、欲しい情報が揃っていた。彼女の仕事は早く、正確の様だ。
大人しくしてれば出来る秘書みたいなのに、非常に残念な人である……。
「へぇ……。色々なタイプが集まりましたね……」
「ええ、各ギルドが協力的でした。新設のシルバー級クランは、非常に注目を集めますので」
ボクは頷くと、再び資料に視線を落とす。その内容は、クラン加入希望者の経歴書である。
氏名、職業、職業Lv、スキル構成、人柄、推薦コメント。全てボクが頼んでおいた情報である。
ボクがじっくり吟味していると、メリッサは無言で待機する。お陰で集中して考える事が出来た。
可能ならずっとこの対応をお願いしたい。
そして、ボクは三枚の書類を抜き出し、メリッサへ差し出す。メリッサは興味深そうに書類を受け取ると、目を通して眉をひそめる。
「……お勧め出来る候補者では無いですね。この三名で本当に宜しいのですか?」
「ええ、お願いします。あぁ、それと一つお願いがあるのですが……」
ボクは意味有り気に、メリッサへ視線を向ける。
ボクのお願いに、彼女は目を瞬かせる。そして、すっと身を乗り出して、ボクへと尋ねる。
「それは、どの様な内容でしょうか?」
メリッサはボクの行動に、強い関心を寄せている。話せばこのお願いにより、結果がどう出るか気になって仕方無いはずだ。
現に今も、その目は好奇心で輝いている。
「なに、簡単な事ですよ……」
ボクは肩をすくめ、メリッサに依頼内容を伝える。初めは不思議そうに聞いていたが、次第にその目に理解の色が浮かぶ。
「始めが肝心ですからね。それでは、宜しくお願いします」
「畏まりました。すぐに準備を整えさせて頂きます……」
メリッサはニヤリと笑う。そして、一礼すると颯爽とクランハウスを後にする。
その足取りは、徹夜明けと思えない程に力強かった。
「あれで性格さえまともならな……」
ボクはその後ろ姿を、残念な思いを込めて見送った……。
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