第36話 アレク、アンナを鍛える③

 ――旅に出て七日目。


 今日はアンナの相手をランクアップさせる。ゴブリンでは、ファイア・アローの一撃で倒せる様になった為だ。


 狩り対象となる獲物はオーク。ゴブリンと並んで有名な、豚の頭を持つ魔物である。


 高い耐久力を持つが、移動速度は遅い。戦闘慣れした後衛職なら、狩りやすい獲物と言える。


「連れて来たぞ……!」


 森の中からギリーが飛び出す。今日のギリーは、魔物を釣る役目である。


 恐らくは、もう間も無く釣った魔物が出て来るはずだ。


「プギィ……!」

                

 ギリーより少し遅れ、オークが森より姿を表す。棍棒と腰簑という、原始的な装備しか身に付けていない。


 オーク種族の中で、一番弱いノーマルオークだ。


「アンナ!」


「はい! ……ファイア・アロー!」


 アンナの元から五本の火矢が飛ぶ。いずれも、目標へ真っ直ぐ向かい、その全てが着弾する。


「プギャァ……!?」


 オークは体の大部分を焼かれる。しかし、致命傷には程遠い様子で、アンナに怒りの目を向ける。


「フゴォォォ……!!」


「ひっ……!?」


 オークは雄叫びを上げ、アンナへ向けて駆け出す。アンナは一瞬怯えるが、すぐに次の魔法を唱え始める。


 アンナがパニックにはならなかった事に、ボクはホッと胸を撫で下ろす。オークは小柄なゴブリンと違い、実物は中々に迫力がある。


 アンナは気弱なので少し不安だったが、心配は杞憂に終わった様だ。


「……バインド!」


「プギィ……!?」


 アンナの魔法により、オークは移動が封じられる。回避能力、魔法抵抗力の弱いオークには、足を縛るバインドは有効な魔法である。


 ちなみに、バインドはファイア・ウォールの様に、敵にダメージを与える事が出来ない。


 更には単体にしか効果が無く、使える場面は限られている。


 ……しかし、遠距離攻撃を持たない相手に決まれば、一方的に魔法を打ち込める。


 使い方は難しいが、使いこなせば強力な補助魔法の一つだ。


「効果時間はわかっているよね?」


「はい! ……ファイア・アロー!」


「プギィ……!?」


 バインドの魔法は、発動時間が三秒と短い。そして、相手に効果があるのは三十秒である。


 そして、ファイア・アローは発動時間が十秒。バインドが成功すれば、三回分の時間を稼げる事になる。


「……ファイア・アロー!」


「プ、プギィ……」


 ファイア・アローを三回受けてもオークは倒れない。オークとはそれ程にタフな魔物なのだ。


 ちなみに、ソロの前衛職には、そのタフさから嫌われている。


 そして、アンナの様子を見ると、その表情が歪んでいる。次の魔法をどうするかで、判断に悩んでいる様子である。


 それも仕方がないだろう。何故なら、狩りに際してボクは、アンナにオークの情報を渡していないからだ。


 オークの体力がどの程度で、ファイア・アローを何回使えば倒せるかがわからない。


 次はバインドの時間で使える最後の魔法になる。何を使うかは難しい判断だろう……。


「フゴォォォ……!」


 オークに対するバインド効果が切れた。オークは鬼気迫る迫力でアンナを目指す。


「……ファイア・ストーム!」


 アンナの選択した魔法はファイア・ストーム。対象を十秒の間、炎の渦に閉じ込める中範囲魔法である。


 発動時間とダメージは、ファイア・アローと同等。しかし、消費する精神力は五倍と、あまり乱用出来る魔法でも無い。


「悪くは無い、が……」


「プ、フ……」


 オークは辛うじて耐えた。炎の渦が消えると、ヨロヨロと歩き出す。


 そして、アンナはその状況を想定し、最後の魔法を用意済みである。


「……ファイア・アロー!」


「っ…………」


 五本の火矢が、オークに止めを刺す。オークは香ばしい匂いをさせならがら、その場にズドンと倒れてしまう。


 ボクはマジックバッグから、精神ポーションを取り出した。そして、アンナの元へと歩いて行き、座り込むアンナに手渡す。


「これを飲んで、少し休もうか?」


「は、はい……」


 アンナは青い顔で、精神ポーションを受けとる。ボクはアンナがそれを飲み干すまでゆっくりと待つ。


 アンナの顔色が悪いのは、精神力を大きく消耗した為だ。


 魔術師なら誰もが経験するが、この状態はかなり辛い。イメージ的には、極度の貧血状態に近い。


 少し待つと、アンナの顔色が徐々に回復する。一気には回復出来ないが、この状態なら会話程度は問題無いだろう。


「最後の方だけど、ファイア・ストームは悪くない選択だったね。ダメージを与えつつ、もう一回の選択が取れる様になる」


「は、はい……!」


 ボクの言葉にアンナは顔を上げる。顔色はまだ悪いが、少し嬉しそうだ。


「ただ、一番最後のファイア・アローは微妙かな。倒せたから良いけど、賭けの要素があったからね」


「はい……」


 ボクの言葉にアンナは顔を伏せる。叱られたと思って、気落ちしてしまったらしい。


 ボクは苦笑を浮かべる。そして、アンナに対してフォローする。


「情報無しで戦ったのを考えると、さっきの戦いは及第点だよ? むしろ、良く考えたと感心してるぐらいだ」


「え……?」


 アンナは再び顔を上げる。上げたり、落としたりで、反応に困っている様子だ。


「ただ、熟練の冒険者なら、常に次の手を考える物なんだ。そして、使える手札が尽きても、逃げる手段は必ず残しておかないといけない」


「逃げる手段……?」


 不思議そうに見上げるアンナ。ボクは彼女に頷いてみせる。そして、彼女に真剣な声で語る


「敵を倒すより何よりも、生き残る事を優先するんだ。生きていれば、再戦も出来る。だけど、死んでしまえばそこで終わりだ」


「は、はい……」


 アンナは真剣な表情で頷く。これは大切な事なので、しっかりと覚えて貰わないといけない。


 ……まあ、そういうボク自身も、師匠であるリリーさんに何度となく注意されてたりする。


 どうもボクはリリーさんから見ると、まだまだ無謀な所があるらしい。


「ボク達が強くなるのは、敵を倒す為じゃない。どんな状況でも生き残る為だ。その事だけは、忘れないでね?」


「はい……!」


 アンナの表情に、ボクは満足気に微笑む。彼女の目には僅かな恐怖が浮かんでいる。


 ――しかし、それに負けない意思も感じられた。


 ボクはふっと視線をギリーに移す。彼は森の近くで、静かに周囲へ警戒を続けていた。


「次をお願い」


「わかった……」


 短い言葉のやり取りで、ギリーは再び森の中に消える。これで、少し待てば、次の獲物を釣って来てくれるはずだ。


「それでは続けるよ。次は最後まで余力を残す様に考えてみようか」


「はい! わかりました!」


 アンナは勢い良く立ち上がる。どうやらすっかり回復したらしい。これなら今日中に、またレベルが上がるだろう。


 アンナは素直で呑み込みが早く、とても素質があると思う。きっと数年もしたら、凄腕の冒険者になっている事だろう。

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