第35話 アレク、内職する
――旅に出てから五日が経つ。
アンナも少しづつ、確実に成長している。今のペースなら、ヴォルクスに着く頃には黒魔術師Lv10は超えるだろう。
現在、当のアンナは就寝中だ。時々、夢にうなされる事もあるが、今は寝袋にくるまれて穏やかに眠っている。
「明け方まで、二時間程かな……?」
ボクはポツリと呟く。今は夜警で火の番をしている。
この辺りは魔物が少ないが、それでも警戒無しで、全員が眠るのは危険過ぎる。
ちなみに、ギリーも焚き火を挟んで、アンナと反対側で眠っている。
三時間前に交代したばかりなので、日が昇るまでは体を休めて貰うつもりだ。
「さて、次は何を作るかな……?」
ちなみに、先程までのボクは、日中に集めた素材でポーションを作っていた。ヴォルクスで売れば小遣い程度にはなる。
どちらかというと、暇潰しの色が濃いが……。
作ったポーションはマジックバッグに放り込む。そして、足元には余った材料だけが残る。
「うーん、屑魔石が多いな……」
狩った魔物はゴブリンが多いので、それ程良い素材が集まっていない。
牙はギリーが矢じりとして使った。野草関連はポーションとなった。残りは小粒な屑魔石だけという訳だ。
とはいえ、狩ったゴブリンの数は多い。当然ながら、屑魔石の数もそれなりとなる。
ならば、これを使って別の素材を作るか……。
「ぅ……ん……?」
アンナが身動ぎする。どうやら目が覚めてしまったらしく、ボンヤリした目でこちらを見ていた。
「寝てて良いよ。まだ疲れてるでしょ?」
「あ、うん……」
ボクは優しく声を掛けるが、アンナは何故か目を伏せる。
そして、躊躇いながら口を開く。
「師匠は……何をしてるの……?」
「ん? ボクかい?」
どうやら、すっかり目覚めた様だ。それなら、暇潰しに見せてみるのも良いか。
ボクは足元の屑魔石を一握り掴む。アンナはそれを不思議そうにみていた。
「まあ、見ててよ」
そう声を掛けると、ボクは握った手に魔力を纏わす。
そして、屑魔石を溶かすイメージで魔力を操り、続いて一つに纏まる様に操って行く。
「わぁ……」
屑魔石は青い光に包まれる。そして、溶けた飴の様に、手の中でゆっくり揺れる。
ボクはすかさず、マジックバッグに手を入れる。
そして、取り出したのは風の欠片。見た目は緑っぽい小石だが、この中には風の魔力が圧縮されている。
「これで仕上げだ……」
風の魔力を屑魔石に混ぜる。すると魔力は互いに溶け合い、青い光は緑へと変化する。
ボクは最後に魔力を操り、屑魔石を固定させち行く。光は徐々に弱くなり、最後は拳大の魔石が出来上がる。
「はい、風の魔石の出来上がり」
「…………」
アンナは目を丸くして驚いていた。こういう反応を見ると嬉しくなるな。
ゲームでは一瞬で完成する魔石生成だが、この世界では中々に幻想的な光景となる。
とはいえ、ボクの作業はこれで終わりでは無い。マジックバッグから短い木の杖を取り出す。
この未完成の杖は、ボクが以前に作った物だ。木の杖には台座の様な箇所を作ってある。
そして、ボクはパパッと魔石を杖に繋ぎ合わせる。
「これで、風刃のロッドになったね」
完成したか確かめる為、ボクは杖に魔力を込める。
すると、杖はエアカッターの魔法を発動し、近くに生えていた木の枝を切り落とす。
「マジック・アイテム……」
「そう、護身用だけどね」
この杖の効果は、エアカッターLv1程度の威力しかない。使うのは白魔術師位だろう。魔力はあるが、攻撃能力に乏しい職が使う物だからだ。
広く使われる武器では無いが、店に置いてあると時々は売れるらしい。
元手は殆ど掛からず、売れば五千G(日本円で五万円位)となる。小遣い稼ぎとしては十分だろう。
風のロッドはマジックバッグに入れておく。ボクはアンナに話し掛けようとする。
しかし、彼女の表情に思わず口を閉ざす。
「師匠は……何でも出来るんですね……」
「え……? 何でもは出来無いけど……」
何故かアンナの顔色が優れない。肩も小刻みに震えている。彼女は何に怯えているんだ?
「私は強く無い……。料理も出来ない……。お金も稼げない……。それに、お姉ちゃんみたいに可愛くも無い……」
「アンナ……?」
何故、アンナは突然に、自分を卑下し出したんだ?
ボクは何も言えず、彼女の出方を見守る。
すると、アンナは媚びる様な笑みを浮かべた。その目の奥には、恐怖が滲んで見える。
「私を……見捨てないで下さい……。私に出来る事なら、何だって……」
「……っ!?」
その声、その顔、その仕草に、ボクは強い衝撃を受けた。
ボクは自分のあまりの愚かさに、怒りすら沸き上がって来る……。
しかし、ボクはそれをグッと堪える。そして、ボクは優しくアンナを抱き締めた。
「……見捨てる訳が無いだろ?」
アンナは身を固くしてボクを見上げる。ボクの突然の行動に、戸惑った気配を感じる。
「アンナはミーアの妹だ……。なら、ボクにとっても妹と同じみたいな物じゃないか。ボクは絶対に、家族を見捨てたりなんかしないよ?」
「し、師匠……?」
ボクは努めて優しく微笑み、彼女に首を振る。決して内心の後悔を彼女に見せたりはしない。
「いや、その師匠も止めようか……。ボクはアンナの兄だ。やっぱり、そんな他人行儀な呼び方は良くないな」
アンナは一瞬の逡巡を見せる。そして、恐る恐る、その言葉を口にする。
「……アレクお兄ちゃん?」
「うん、これからは、それが良いね!」
アンナはギュッとボクのマントを掴む。
そして、顔をボクの胸に隠すと、小さくすすり泣きを始める。
そんなアンナの頭を、ボクは優しく撫でてあげた。
……ボクは何て馬鹿なんだろう。アンナが我慢し、聞き分けが良いのを、強くなる為だと考えていた。
確かにそれも理由の一つではあったかもしれない……。
――しかし、一番の理由は恐怖だった。
親しい家族を失い、頼れる人はボクとギリーだけ。その二人も、決してこれまで仲が良い訳では無かった。
アンナは一人で生きるだけの能力が無い。置き去りにされたら死ぬ事になる。
そう思うと、怖くて我が儘なんて言えるはずが無い。アンナは小さくて弱い、七歳の女の子でしかないのだから。
「大丈夫、ずっと守るから……。アンナが一人立ち出来るまで、ボクがアンナを守るから……」
「うん……うん……」
言葉にしないと伝わらない事もある。だから、ボクはアンナに何度だって言い続けなくてはならないのだ。
彼女のその不安が、本当の意味で取り除かれるまでは……。
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