第34話 アレク、アンナを鍛える②

 ――旅に出て三日が経つ。


 アンナは昨日、ファイア・アローをLv5まで上げ、ファイア・ウォールまで使える様になった。


 今日はより実戦に近い形を取る予定である。具体的にいうとゴブリン狩りだ。


 今日からボクという壁は無い。一人で魔物を狩るという事を、彼女に覚えて貰うつもりだ。


「少し先の森に、ゴブリンが一匹でいる……」


 偵察から戻ったギリーが、ボクとアンナに告げる。


 ちなみに、防具の修理が終わり、今はいつも通りのワイバーン装備を身に付けている。


「丁度良さそうだね。それじゃあ、やってみようか」


「は、はい! 師匠!」


 アンナはガチガチに緊張していた。昨日は馴れて緊張も無かったが、それは襲われる心配が無かった為だ。


 守って貰えるとわかっていても、魔物が向かって来るのは恐ろしいのだろう。


 だがそれも仕方の無い事だ……。


 アンナはつい数日前まで、普通の村娘だった。ミーアに教わりヒールは使えるが、ナイフで動物を殺した事だって無かったのだから。


「バリア……プロテクション……」


 安全の為に、アンナにバフを掛ける。ゴブリンごときにバリアが破れると思えない。


 それに、仮に破られても、プロテクションの効果で致命傷は受ける事は無い。


 更に、今日のアンナには、ワイバーンのマントを装備させている。守りのタリスマンも持たせているので、防御力はかなり上がっている事だろう。


 その上で、ギリーが周囲を警戒し、ボクが近くで護衛に着く。恐らくこれが、考えられる最高の体制であろう。


「ふう……」


 何故かギリーが呆れた表情をしている。まさか、ゴブリン程度にやり過ぎとでも言いたいのだろうか?


 世の中、何が起こるかわからない。ミーアという不幸があった以上、出来る事を全てやるのは正しいはずだ。


 ギリーが何を考えているのか、まったくわからないな……。


「そ、それでは、行きます……」


「うん。頑張って」


 ミーアはゆっくりと森に近寄る。ゴブリンを探しつつ、相手に気付かれ無い様にと。


 そして、その後をボクが続く。決して足音を立てず、何があっても対応出来る様にだ。


「あ、いた……」


 どうやら、アンナはゴブリンを見つけた様だ。あれはウサギだろうか? 相手は食事中らしく、こちらには気付いていない。


 アンナは立ち止まり、一度大きく深呼吸をする。そして、手にした杖をギュッと握り、魔法の発動に集中する。


 ゆっくり、丁寧に魔法を唱える。幸いな事に相手はアンナの声に気付いていない。そして、アンナの魔法は完成する。


「ファイア・アロー!」


 アンナの前に、五本の火矢が出現する。その火矢は、真っ直ぐにゴブリン目掛けて飛んで行く。


 流石に三日間も使い続けただけはある。その狙いは実に正確である。


 ……いや、もしかすると、アンナには魔法の才能があるのかもしれない。他の者なら、短期間でここまで成長しない気がする。


「グギャァ……!?」


 食事中のゴブリンは、全ての火矢を体に受ける。体の大部分に火傷を負わせたが、まだ行動不能になる程では無い。


 ゴブリンはすぐにアンナを見つける。そして、食べ掛けの肉を投げ捨てて、代わりに木の棍棒を手にした。


「ギャギャ……!」


 怒りに燃えた目で、ゴブリンはアンナを睨む。そして、一直線にアンナ目指して走り出した。


「ひっ……!?」


 アンナはゴブリンの雄叫びに焦りを見せる。しかし、事前に練習していた通りに、次の魔法を準備する。


 あの距離なら、ゴブリンの到着までは二十秒といった所か。これなら次の魔法も余裕で間に合うだろう。


 そして、実際にゴブリンが距離を半分程詰めた辺りで、アンナの魔法が完成した。


「ファイア・ウォール!」


「ギャ……!?」


 アンナの魔法により、炎の壁が生み出される。ゴブリンはその炎に驚いた様で、思わずブレーキを掛けた。


「だが、距離があるな……」


 理想的な使い方は、ファイア・ウォールは相手がぶつかる様に使うべきなのだ。


 そうすれば、ダメージだけで無く、相手をノックバックさせる事が出来る。


 しかし、アンナは距離を誤り、立ち止まる余裕を与えてしまう。


 その結果、ゴブリンは速度を殺すだけで、炎を迂回する様に走り続けてしまう。


「ああ……!? えっと……」


 その様子にアンナは焦る。落ち着いていれば、もう一度魔法を使う時間はあっただろう。


 ――しかし、初めての実戦で、これ以上は酷というものだ。


 ボクはすっとアンナの前に出る。そして、余裕を持って杖を構え――そのままフルスイングした。


「へ……?」


 ボクの杖は、飛び掛かったゴブリンの頭を、カウンター気味に捕らえた。


 そして、ジャストミートしたゴブリンは勢い良く吹き飛び、炎の壁へと投げ込まれる。


「ギャ……ギャ……」


 意外にしぶとく、ゴブリンはまだ生きていた。


 しかし、炎の中で暴れるも、数秒で動かなくなる。これで少しは、アンナの経験値になったかな?


 振り返ってアンナを見ると、彼女は呆然とこちらを見ていた。


 恐らくはボクが魔法職なので、杖で殴るとは考えていなかったのだろう。


「レベル差があれば、こういう事も出来る。……というより、ある程度動けないと、不慮の事態に対応出来ないからね?」


「な、なるほど……」


 アンナはコクコクと頭を上限させる。これはイメージとのギャップに、脳が対応仕切れていないな。


 まあ、ボクも小さな頃は、爺ちゃんを見て同じ様に思った。


 ……だからこそわかる。アンナもその内に慣れるだろう事が。


「さて、それじゃあ、少し反省会をしよう。それが終わったら、修行を続けるからね?」


「は、はい……! わかりました!」


 アンナは気を取り直して、真剣な表情となる。


 そして、ボクは魔法の時間管理について、懇切丁寧に講義を行った。

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