第32話 アレク、アンナを鍛える

 ボクは自身にバリアを張り、スライムを纏わりつかせていた。


 決してこれは、遊んでいる訳では無い。アンナのレベリングの為に行っている事なのだ。


「ファイアー・アロー!」


 アンナの放つ魔法により、一本の炎の矢が打ち出される。ボクは矢の軌道に合わせる様に移動し、スイラムに命中させる。


 残念ながら、レベルの低いアンナの魔法では、スライムとはいえ一撃とはいかない。


 スライムは攻撃されて、対象をアンナへ変更しようとする。ボクはすかさず、手にした杖でスライムを殴打する。


「そらっ!」


 レベルと武器のお陰で、スライムはあっさり弾け飛ぶ。


 スライム程度なら魔法を使うまでも無く、殴るだけで簡単に倒す事が可能になっていた。


「よし、この辺りに魔物はいなくなったね。少し休憩したら、先に進むとしよう」


「は、はい、師匠。わかりました……」


 アンナは緊張でガチガチだったが、戦闘が終わったとわかり、目に見えてホッとしていた。


 そして、手にした杖を抱える様にして、その場に座り込んでしまう。


 アンナはボクの事を、師匠として接する事に決めたらしい。ボクとしては、以前の様に反抗されるよりは接しやすい。


 ただ、距離が開いた様な寂しさも、感じない訳ではなかった。


「それにしても、懐かしいな……」


 今のアンナは初心者用の杖と、明るい若草色のローブを身に着けていた。あれはボクが六歳の時に使っていたものだ。


 爺ちゃんが作ってくれた事もあり、ずっと置いてあったのが今になって役立っている。


 そして、今のボクは真っ白なローブとマントに、ボクの身長程もある長い杖を手にしている。


 ローブは賢者のローブ。マントは賢者のマント。杖は賢者の杖。通称、『賢者シリーズ』と呼ばれる装備品だ。


 これらは爺ちゃんが冒険者時代に装備していたもの。いずれも賢者としての上位装備であり、これ以上の物は攻城戦の報酬でしか手に入らない。末永く使わせて貰う事になるだろう。


「ボクもこうして育ったんだよな……」


 爺ちゃんが初めて魔法を教えてくれたのは、ボクが六歳になった八年前の事である。


 逆に言えば、ボクは八年で一人前の賢者と錬金術師になれたという事だ。


「これを早いと思うか、遅いと思うかは微妙な所だな……」


 この世界ではに十歳までに上級職に就けば、才能があると一目を置かれるらしい。多くの人々は十年以上掛けて、初級職の修行を終えるらしいのだ。


 だが、ボクのプレイしていた『ディスガルド戦記』では、一週間もあれば上級職になれた。勿論、効率的な狩場や、クラスについての知識があるは前提であるが、それは今のボクも持っている物だ。


 勿論、チートと言う程では無いが、ゲームの知識は大いに役立っている。この知識があるからこそ、ボクは二度目の人生で、時間を無駄にせずに済んでいるのだから。


「アレク、戻った……」


「あ、お帰り」


 ボクが思考に耽っていると、いつの間にかギリーが隣に立っていた。


 ちなみに、彼は防具を身に着けずに、弓矢だけを所持している。防具は昨日の戦いで破損が激しい為、ボクが少しずつ修理している所である。


「特に何も無かったかな?」


「ああ、危険は無い。それと、この先に小川がある。今日はそこで野宿が良いだろう」


「わかった。ありがとう」


 ボクが感謝を述べると、彼は小さく頷いた。そして、アンナの様子を心配そうに見守っていた。


 ボクがアンナのレベリングを行っている間、ギリーには行く先の偵察をお願いしていた。


 向かう先は商業都市ヴォルクスであり、ボクとギリーの足なら七日で到着出来る距離だ。


 ただし、アンナの歩ける速度と、道中のレベリングを考えるなら、倍の時間は必要と見るべきだろう。


 本来は馬車等を利用出来れば良いのだが、ケトル村へ定期的にやって来る馬車は無い。


「よし、そろそろ先に進もうか。もう、回復したよね?」


「……は、はい。師匠!」


 アンナは慌てて立ち上がる。気合い十分といった様子で、ボクの側まで駆けて来た。その余りに素直な態度に、ボクは思わず眉を寄せる。


 本音ではまだ休みたいはずだ。慣れない旅に、始めての実戦。緊張で体力は余分に消費し、それ以上に精神が披露している。


 しかし、アンナは決して甘えない。強くなりたいと思う気持ちが、彼女に無理をさせている。


 そして、これまで嫌っていたボクに教わる事で、彼女の中に遠慮の気持ちを生んでいる。


 アンナはまだ七歳の女の子だ。今はまだ良いが、どこかで問題にならなければ良いのだけど……。


 ボクはアンナをしっかり見ておこうと決め、アンナのレベリングを再開した。

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