第31話 アレク、アンナを説得する
昨晩、ギリーとアンナの二人はボクの家に泊まって貰った。ボクは二人より早く起きると、家にある材料で簡単な朝食を用意する。
今日中にはケトル村を離れるつもりなので、二人にはしっかりと食事を取って、体力を確保して貰う必要がある。
食事の用意が一通り終わったタイミングで、ギリーがダイニングへやって来る。
ギリーは一度家に帰って、着替えや荷物を取って来ている。なので、昨日と違って比較的ラフな格好である。
ギリーはボクの顔を見て安堵の息を吐く。
改めて思うが、昨日のボクは相当酷かったのだろう。彼には心配を掛けた。彼には感謝してもし切れない。
二人でこの先の事を軽く話していると、程なくしてアンナもやって来た。
彼女は昨日から寝たままだった為、服装はそのままである。相手は七歳とはいえ、一応は女の子である。着替えの服は、後で自分でカバンに詰めて貰うつもりだ。
ちなみに、アンナは姉に良く似た顔立ちをしている。見ていると、つい当時のミーアを思い出してしまう程だ。
ただし、性格は大人しく、明るく活発な姉とは真逆と言えるが……。
アンナは扉の辺りでキョロキョロしていた。姉であるミーアの姿を探しているのだろう。
しかし、その姿が見当たらず、不安そうな表情でこちらに視線を向けた。
「おはよう、アンナ。状況を説明するから、まずは座ってくれ」
「う、うん……」
いつもは反抗的な態度を取る事が多いアンナだが、流石に今は素直に席に着いてくれる。
目の前に食事が並んでいるが、彼女はそれには目もくれず、ボクの顔をじっと見つめる。
「食事でも食べながら、と言いたい所だけど……」
アンナは手を膝の上で、ギュッと強く握っていた。不安そうに瞳を揺らしてはいるが、食事という雰囲気では無い。
無理に勧めても、決して口にはしなさそうだな……。
「わかった。先に説明しようか……」
ボクが諦めた様に呟くと、アンナは小さく頷いた。恐らく家族が死んだと聞かされた後に、食事は出来ないだろう。
なので、少しでも先に食べて貰いたかったのだが……。
ボクとギリーも同じくテーブルを囲む。ただし、彼は話を任せたとばかりに、腕を組んで一歩引いた姿勢だ。
まあ、そういうのはボクの役割とわかってるから良いんだけど。
「昨日、村が謎の一団に襲われた。ここまでは覚えてるかな?」
「うん。お姉ちゃんが、それで私をクローゼットに隠したから……」
やはり、ミーアがアンナを隠したのか。なら、今のこの状況でミーアがいない事で、アンナも薄々は状況を理解していると考えるべきか。
昨晩、説明の仕方は色々と悩んだ。しかし、どう取り繕おうが事実は変わらない。ならば、素直に話して理解を得るしかないと結論着けた。
「ボクとギリーで半数を壊滅させ、残り半数は逃げて行った。ただし、戦いの後に残った村の人間は、ここにいる三人だけだ。残りは、みんな殺されてしまった……」
「え、みんな……?」
アンナはポカンと口を開けた状態となる。ある程度の予想はしていたのだろうが、ここまで酷いとは考えていなかったのだろう。
彼女は徐々に理解が追いついたのか、顔色が徐々に青くなって行く。
「パパとママは……?」
「殺された……」
「村長やウィリアムさんは……?」
「殺された……」
「トムさんやコルワさんは……?」
「殺された……」
アンナは親しい人、強い人、優しい人の名前を上げる。
しかし、ボクは出来の悪い玩具の様に、ただ同じ言葉を繰り返した。
「…………」
そして、アンナは一拍置き、覚悟を決めた様に尋ねて来た。
「ミーア……お姉ちゃんは……?」
「殺された……。アンナを守る為に、最後まで一人で戦って……」
「う、嘘よ……!!」
アンナは強くテーブルを叩く。ボクの言葉を認めないと、強くボクを睨みつける。拳は強く握られており、不屈の闘志を感じさせる。
だが、それと同時に体は震えていた。その事実を認めるのが怖いだけで、それが事実だという事を否定し切れずに。
「何で……何で村が襲われたの……?」
「それは……」
一番の原因は、王女がこの村を訪ねて来たからだ。
だが、それをアンナに言うべきかは悩む所だ。彼女の恨みが、自国の王族に向くのは望ましく無いからだ。
「何で……私は生き残ったの……?」
「ミーアが、命を懸けて守ったから……」
ミーアは自分一人なら逃げる事も出来た。自分を強化し、逃げに徹すれば、ボク達との合流は可能だった。
だが、そうすれば妹が殺されるとわかっていた。だからこそ、彼女は逃げずに、ボク達が間に合う事に賭けた。
しかし、ボクの回答はアンナの感情に火を点けた。その回答は、アンナの求める物ではなかった。
「意味無いでしょ! 私が生き残っても、お姉ちゃんがいないんだよ!? 一人で残されて、どうしろって言うのよ……!」
「っ……」
言いたい言葉はいくつも有る。しかし、どれもアンナを納得させる言葉では無かった。
今の彼女に必要なのは、論理的な回答でも、慰めの言葉でも無い。今の彼女に必要なのは――。
「どうしてアレクは、お姉ちゃんを守れなかったの!? どうしてお姉ちゃんは死なないといけなかったの!? どうして……!?」
「――弱かったからだ」
ボクの言葉に、アンナの言葉が止まる。
大きな声では無い。静かに、だが力強いその言葉に、アンナは戸惑った様に、ボクの言葉を待っていた。
「ミーアを守れなかったのは、ボクが弱かったから。ミーアが死んだのも、彼女が弱かったからだ」
「アレク……」
ギリーが咎める様に口を挟む。しかし、ボクはそれに手を翳して抑える。
「ボクがもっと強ければ、ミーアは死なずに済んだ。ミーアがもっと強ければ、敵に殺されずに済んだ。……そして、アンナ達が強ければ、ミーアは逃げる事が出来た」
「わ、私達が強ければ……」
ボクの言葉に、アンナはしばらく放心した様子だった。
しかし、ゆるゆると首を振ると、憎しみの籠った眼差しでボクを睨みつける。
「弱かったから悪いって言うの……?」
「そうだ。弱い事は悪い事だ」
ボクの言葉にアンナは怯む。
しかし、それすらも悔しそうにボクを睨みつける。
「……じゃあ、強ければ何をしても良いって言うの!?」
「そうだ。強ければ何をしても許される!」
「おい、アレク……!」
ギリーは強くボクを窘める。しかし、それでボクは止まったりしない。
アンナに必要なのは優しい言葉なんかでは無い。今の彼女に必要なのは、過酷な現実を知る事なのだ。
「力の強い者は、暴力で弱者から奪う。金を持ってる者は、人を使って弱者から奪う。地位の高い者は、権力を使って弱者から奪う」
――そう、これがこの世界の真実。
今頃になってボクは気づいたが、この村が平和なのは奇跡的なのだ。権力者も、金持ちも、乱暴者も、誰もこの村には近寄らない。
そして、今ならその理由がわかる。この村は、爺ちゃんによって守られて来たのだ。
爺ちゃんは誰にも負けない実力を持ち、魔道具作りによって金にも不自由していない。誰もが爺ちゃんを敵に回したく無かったのだ。
しかし、爺ちゃんが死んで、たった四年で仮初の平和は壊された。
もし、後継者としてボクの武勇が広まっていれば、この悲劇は回避する事が出来たはずなのだ。
ボクはそんな事も理解せず、無条件にこの世界は平和だと信じていた……。
「何も持たない弱者は、ただ奪われるだけだ。だからこそ、強くなるしか無いんだ。腕力でも、金でも、権力でも良い。もう二度と、大切な者を奪われない為には……」
「う、うぅ……」
アンナの瞳から涙が零れる。ポロポロと涙が溢れ続ける。
しかし、彼女は声を我慢してじっと耐える。世を恨むでも無く、ただ自身の弱さに耐えていた。
そして、驚いた事に、彼女は目の前のパンに手を伸ばした。
「アンナ……?」
アンナはほんの僅かにパンを齧る。涙を流しながらも、必死に歯を食いしばってパンを飲み込む。
ボクは混乱してギリーを見るが、彼も同じ様に困惑していた。ボク達はしばらく、彼女が食事を進める様子を見守っていた。
「ぅ……アレク……」
「え……?」
アンナは顔を伏せたまま、ボクに向かって声を掛ける。小さなパンを必死に齧りながら、それでも彼女はボクに訴えて来た。
「悔しい……悔しいよぉ……」
「っ……!?」
その言葉に、ボクの瞳は熱くなる。アンナの感情が籠ったその言葉が、ボクの視界を歪めて行く。
「強くなりたい……だから……お願い……」
「ぁあ……ああ!」
今のアンナの感情が、痛い程に理解できた。
無慈悲に、理不尽に奪われる。こんな思いは、もう二度と味わいたくない。そして、身近な人に味わって欲しくなかった。
だからこそ、ボクは新たにアンナへ誓う。溢れる涙を拭いもせず、彼女に向かって宣言する。
「強く、してやる……! もう、誰にも奪えない位に……!」
そしてボクとアンナは、二人で食事を取り始める。
涙で味なんてわからない。それでも、強くなる為には食べなくてはいけないのだ。
ボク達は、ただ黙々と泣きながら食べ続けた。
気が付くと、ギリーも一緒に食べていた。そして、その目に涙が滲んでいたが、気付かれない様にそっと拭っていた。
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