第30話 残された者達

 ――あれからどれ程の時間を戦いに費やしたのだろうか?


 村は赤く染まり始め、もう間もなく闇に包まれる気配を感じさせる。


 既に敵の気配は無い。半数以上は死に絶え、残りは全て逃げて行った。


 ボクはミーアの元へと戻り、その手前で足を止める。


 ボクは膝を折ると、ミーアの開いていた目を閉じた。その顔はすっかり冷たくなり、生きた証は失われた後だった。


「アレク……無事だったか……」


 声の方に顔を向けると、ギリーがこちらに向かっていた。


 その体は満身創痍で、防具も辛うじて引っかかっている様な有様。僅かに足を引きずる風でもあった。


「ヒール……」


「助かる……」


 ヒールの効果で、ギリーの傷は瞬時に癒えた。体力は完全回復といかないだろうが、外傷については完治しただろう。


 ギリーはボクの隣で足を止めると、ミーアに視線を向けて顔を歪める。そして、苦しそうな表情で、ボクへと告げた。


「村に生き残りはいなかった……。残されたのは、オレ達だけだ……」


「そうか……」


 ボクは素っ気なく答える。どう答えて良いかわからなかった。


 ……いや、そうでは無いな。内心では何もかも、どうでも良く感じていたのだ。


 何気なく周囲に視線をやると、村は酷い有様だった。多くの家は焼け崩れ、村中には多数の躯が転がっている。


 半数は村人の姿であり、残りの半数は敵の兵士だ。全ての敵は殺せなかったが、ある程度は皆の仇を取る事が出来たのだろうか?


「これから、どうする……?」


「これから……?」


 ギリーの問いに、ボクは首を捻る。彼が何を言っているのか、理解する事が出来なかった。


 ギリーは小さく息を吐いて続けた。


「こうしていても仕方が無い……。もうすぐ日が沈むぞ……」


 ギリーの言いたい事を、何とか理解できた。


 彼の言葉は正しいのだろう。日が沈めば獣がやって来るかもしれない。寝る場所の確保や、今後の事も決める必要がある。


 しかし、今のボクにはその正論が、とても煩わしかった。


「何でだ……?」


「む……?」


 ボクの呟きに、ギリーは微かに眉を寄せる。ボクはゆっくりと立ち上がり、彼に向かって進む。怒りの炎は、まだボクの中で燻っていた。


「何で、そんなに冷静なんだ……? ミーアが……村の皆が、殺されたんだぞ! 何でそんなに冷静でいられるんだ……!?」


 ボクはギリーに掴み掛る。こんな事はただの八つ当たりだ。そうわかっていても、こうするしか無かった。


 ボクは自分の感情を制御する事を放棄していた。理性はボクに、ブレーキを掛けてはくれなかった。


「ギリーにとって、ミーアはその程度だったのか! 奴らに殺されて、悔しくは無いのか!? 何でそんなに……」


 そこでボクはギリーの視線に気付く。彼の瞳からは、憎悪や怒りが複雑に滲み出ていた。


 しかし、それ以上に感じるのが、ボクに対する哀れみの感情だ。彼の瞳が、ボクの瞳を見つめ返す。


「オレが一人なら、アレクと同じ状態だったろうな……」


 ギリーはボクの手を振り解いたりしなかった。やろうと思えば出来たのだろう。


 しかし、ただ静かに、ボクを見つめていた。そして、悲しみを耐える様に、ボクへ語り掛けて来た。


「今のお前は、酷い顔をしている……。そんなお前を、放ってはおけないだろう……?」


「ギ、リー……」


 ボクはギリーからゆっくりと手を放す。


 彼だって、ミーアへの思いはボクと同様のはず。そんな事は、嫌と言うほどわかっていた事じゃないか……。


 それにも関わらず、彼は自分の感情を押し殺している。こんな状況にあって、ボクの事を心配している。


 それなのにボクは、何と見苦しい態度を取ってしまったのだろうか……。


 ボクはギリーに謝ろうと口を開く。しかし、それはある感覚によって遮られた。


『…………』


「え……?」


 それは、何かがボクの中を通り過ぎた様な感覚。ボクに対する何らかの訴えである。ボクは初めての感覚に戸惑いを覚える。


 そして、その意思を確かめる為、ゆっくりと歩き出した。


「アレク……?」


 ギリーは心配そうに、こちらの様子を伺っている。


 しかし、ボクはそれに構う事も出来ずに、ミーアの家へと踏み込んで行く。ボクの中の何かが、急げと攻め立てているのだ。


 ボクは良く知ったミーアの家を、予感に従って進んで行く。幸いな事に、ミーアの家は焼かれる事なく、普段と変わらない状態であった。


 見慣れた廊下に過去の思い出がすり抜けるが、ボクは頭を振って前へと進む。


 そして、ボクはミーアの部屋へと辿り着く。恋人の部屋に無断で入る事に、一瞬の躊躇いを感じた。


 しかし、もはや部屋の主に許可を取る事は出来ない。ボクは悲しみを押し殺し、ゆっくりとドアを開ける。


 ミーアの部屋は整理されており、とても綺麗な状態だった。ベッドの横にはリュックが置かれている。


 あれは、ボクとの旅の準備なのだろう。まだ三か月もあるのに気が早い事である……。


「どうか、したのか……?」


 ギリーも後ろから着いて来た様だ。


 しかし、ボクは彼に応えず、部屋の中に踏み込んで行く。彼は何も言わず、ボクに続いて部屋へと入る。


「ここなのか……?」


 ボクはクローゼットの前に立つ。


 何故かはわからないが、ここで間違い無いと直感が告げている。この中を確かめろと、ボクの中の何かが訴えかけて来る。


 そして、ボクはクローゼットに手を掛ける。高鳴る鼓動に耐え切れず、思い切ってドアを開く。


 そして、掛けられたミーアの服を、丁寧に脇へとずらして行く。


「あ、あぁ……」


 ボクの口から、思わず声が漏れた。そこには一人の女の子が横たわっていたからだ。


 ミーアの八歳年下の妹。ミーアと同じ赤毛を持つ少女。ミーアに懐き、ボクを毛嫌いしていた少女。


 その少女が、静かに寝息を立てていた……。


「まさか、アンナか……!?」


 背後でギリーの息を飲む気配を感じた。


 ボクはゆっくり屈むと、その少女の顔を確かめる。涙でぐしゃぐしゃになり、酷く汚れた状態だ。


 今は泣き疲れて、眠ってしまったのだろう。幸いな事に、その寝顔は穏やかな物だった。


「う、うぅぅぅ……」


 ボクはゆっくりとアンナを抱き抱えた。


 そして、彼女が苦しくない様に、優しく抱きしめた。冷たくなっていたボクの心に、再び熱が戻って来る。


「うぅぅぅ……!」


 ボクは流れ出る涙を隠しもせず、アンナの体温をしっかりと感じる。彼女は生きている。確かに生命の鼓動を感じる事が出来た。


「ミーア……!」


 この命は、ミーアが命を賭して守った物だ。彼女は自分の身を犠牲に、この家と、この家に隠したアンナを守ったのだ。


 彼女の頑張りがあったからこそ、ボク達は間に合う事が出来たのだ。


「ボクが、守る……! 今度こそ、絶対にだ……!」


 ボクにアンナの存在を教えたのはミーアの魂だ。彼女は死んでなお、アンナの事を守ろうとした。


 そうでなければ、ボクがアンナを見つける事など、出来るはずがない。


 ボクの愛した人が、最後にボクへ託したのだ。アンナの事は絶対に守らなければならい。


 それこそが、ボクに残された、唯一の償いの道なのだから……。

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