第29話 ケトル村の戦い(後編)

 崩れ落ちたミーアを、ボクは茫然と眺めていた。脳が状況を理解出来なかった。何故、彼女が地面に倒れているのかと……。


 しかし、次の瞬間にはハッとなり、ボクは慌てて飛び出した。今は一刻も早く、彼女の治療を行わなければならい時だ。


「ミーア……!?」


「待て、アレク……!」


 ギリーの静止も聞かず、ボクはミーアの元へと駆けた。幸いな事に、邪魔は入らなかった。


 そして、ボクは、ミーアの体を抱き上げる。


「ミーア、すぐに癒してやるからな……!」


 ボクはミーアの体に刺さった矢を強引に引き抜く。開いた傷はすぐに治せる。申し訳ないが、痛みは我慢して貰うしかない。


「ヒール!」


 ボクのヒールはLv5まで上げている。部位の欠損でなければ、大体のケガは治す事が可能である。


 しかし、ミーアの傷が塞がらない。何故か、ヒールがミーアに効かないのだ。


「どういう事だ……? ヒール……!!」


 再びミーアへヒールを掛ける。しかし、結果は先ほどと同じ。流れ出る血は止まらず、その傷も塞がる事はなかった。


「な……んで……」


 パニックになる頭で、冷静に状況を把握しようとする。ヒールが聞かなくなる状況といえば、呪いに掛かった状況が考えられる。


 しかし、呪いを掛けれる職は呪術師や怨霊騎士カースドナイト等。それ以外では、悪魔やアンデッドに限られるが、いずれの姿も見当たらない。


「ヒー……ル……」


 結果は変わらない。ミーアの傷は塞がらない。ボクにはその理由がわからなかった。


 ――いや、本当はわかっている。


 ボクの頭の冷静な部分が、その可能性を示唆していた。しかし、ボクはその現実を認める事が出来なかったのだ。


 ボクは恐る恐る、ミーアの顔を見る。その顔には、微かな笑みが浮かんでいた。


 そして、彼女の瞳を見る。その瞳孔は開かれており、こちらの顔を見つ返してはいなかった。


「そんなの……嘘だ……」


 ほんの少し前までミーアは動いていた。しかし、ボクの腕の中にいるミーアは呼吸をしていない。


 それがボクには信じられなかった。だが、ボクが信じようが、信じまいが、ミーアはピクリとも動かない。


「あ……あああ……」


 死者にヒールは効かない。ヒールとは、対象者の回復能力を極限まで高める魔法だ。


 その為、自己治癒能力がなければ、効果を発揮させる事が出来ない。死者には自己治癒なんて能力は当然ない。


 そして、死者を蘇生させるには、プリーストか賢者の蘇生魔法が必要となる。


 賢者が蘇生魔法を覚えるのはLv35。今のボクは賢者Lv10であり、蘇生魔法を使う事が出来ない。


「ああ……あああぁぁぁ……!」


 目の前に大切な人がいるのに、ボクは助けるスキルを持っていない。


 ボクにとって、それは受け入れがたい事実だった。これまで積み重ねて来た、全ての時間が否定された気分だった。


「……ない……許さないぞ……!!」


 全身を激しい怒りが駆け巡る。目の前の全てが真っ赤に見える。全ての敵を殺し尽くさねば、ボクは狂ってしまいそうだった。


 ……だからボクは、その場でゆっくりと立ち上がった。


「マインド・ブースト……プロテクション……ヘイスト……バリア……マジック・バリア……」


 自身にありったけのバフを掛ける。そして、顔を上げて憎むべき敵を探す。


 何故か周囲には、数人の兵士が死傷して倒れている。見ればギリーが、自身を囮に敵の注意を引き付けていた。


「ライトニング・ボルト!!」


 激しい雷により、ギリーを囲もうとした剣士の一人が倒れる。突然の攻撃に驚いた様で、複数の視線がこちらに集まる。


 しかし、ボクは既に次の敵を目掛けて走り出していた。


「エンチャント・ウェポン!」


 錬金術師の補助魔法を、自らの持つ杖に付与する。与えた効果は炎の追加ダメージ。


 ボクは目前に迫った魔術師に、炎の杖で殴打した。


「ぎ、ぎゃあぁぁぁ……!」


 杖は魔術師の顔に当たり、その顔を焼き払う。殺す事こそ出来ないが、これでしばらくは戦闘不能となる。


 止めは後でゆっくりと刺せば良いだろう……。


「アイシクル・ランス!」


「ぐぉ……!?」


 氷の槍が近くのヒーラーに突き刺さる。五本とも胴体に命中し、こちらは上手く殺す事が出来た。


 そして、ボクは次の獲物に向けて駆けて行く。


「な、何だこいつは……!?」


 ボクに狙われた剣士は、怯えた目でボクを見ていた。構えた剣先は震えていたが、そんな事は知った事では無い。


「ライトニング・ボルト!」


「かはっ……!!」


 鎧を着た相手に、ライトニング・ボルトは効果的だ。回避する事も、防ぐ事も出来ないのだから。


 倒れる剣士から視線を逸らし、次は近くの弓使い目掛けて走って行く。指揮官がいないらしく、兵士達はパニックに陥っていた。


「くっ……化け物め……!?」


 相手は矢を放ってくるが、ボクは怯まずに突き進む。左腕に矢が掠めるが、大したダメージでは無い。


 回復は後回しに、まずは相手を倒す事にする……。


「ファイアー・アロー!」


 至近距離から炎の矢を叩き込む。如何に身軽な弓使いでも、この距離では回避する事が出来ない。


 そして、防御力の低い弓使いは、あっさりと崩れ落ちた。


「な、何だあいつは……!?」


「あんなの聞いてない……! 隊長に報告を……!」


 数名の兵士が逃げて行く。逃がすつもりはないが、まずは戦意の残っている敵を倒すのが先だ。


「ファイアー・ストーム!」


「ギャアアアア……!!!」


 剣士と魔術師が固まっていたので、まとめて焼いておいた。それを見た数名の魔術師は、盾にした剣士から慌てて距離を取る。


「アイシクル・ランス!」


 距離を取った魔術師に、氷槍を叩き込む。また、一人の魔術師が戦闘不能となった。


 ざっと見た感じでは、目の前の敵は十名を切ったみたいだ。


「ファイア・アロー!」


 火の矢がこちらに飛んで来る。しかし、防御バフのお陰で大したダメージはにならない。


 その魔術師も、杖で殴って黙らせた。ボクは残った獲物達に、視線を這わせる。


「ここか……! 化け物がいるというのは……!?」


 村の奥から赤い鎧の戦士が走って来る。


 今度の戦士は一味違うらしく、所持する装備が豪勢だ。レイピアと盾を持ち、身に着けた鎧にも複雑な模様が刻まれている。


 あれらは全て、魔法の効果が付与されているのだろう。


「ダブル・マジック!」


 恐らく、相手のクラスは魔法剣士。通常攻撃だけでなく、魔法に対しても高い防御力を有しているはずだ。


 だからこそ、ボクは普段は使わない魔法を選択する。


「デス!」


 魔法剣士が無言で倒れる。魔法により即死した為だ。


 残された兵士達は、倒れた隊長を茫然と眺めていた。


「……た、隊長?」


 デスは黒魔術師がLv33で覚える即死魔法。成功率は最大40%と低く、更に失敗すると同じ相手には使えないデメリットがある。


 また、マジックアイテムで防げたり、ボスや特定の敵に効かない等で、あまり利用され無い魔法である。


 しかし、ダブル・マジックでは二回の判定が行われ、その成功率は50%を超える。


 真価を発揮するのは死霊術士ネクロマンサーへの転職後だが、黒魔術師としても使えない訳ではない。


 その証拠に、今回は面倒な相手をあっさり倒す事が出来た。ここで手間取ってしまうと、多くの敵兵を逃がしかねない。


 そんな事は、今のボクにはとても耐えられそうに無かった……。


「隊長がこんな簡単に……」


「化け物だ……本物の化け物だ……!」


 戦意を失った兵士達は、蜘蛛の子を散らす様に逃げ始めた。


 しかし、ここまで村を滅茶苦茶にしたのが。このまま見逃すつもりは無い。


 一人でも多くの敵を、この手で始末しないと気が済まない。


「ライトニング・ボルト!」


「ぎゃあぁぁぁ……!?」


 奴らには報いを受けさせねばならない。一人でも多くの兵士を殺さなければならない。


 ボクの頭の中は、如何に効率良く敵を倒すかだけを考えていた。


 何故なら、ボクの怒りは、まだ少しも治まってはいないのだから……。

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