第23話 アレク、来客に対応する

 ボクは二人の女性を客間に案内した。


 ここは上等なソファーが用意されており、ある程度高貴な身分の人が相手でも、失礼に思われない程度の調度品も並んでいる。


 もっとも、爺ちゃんは村長とお酒を飲む際にしか利用していなかったが……。


 ちなみに、ミーアは来客が気になるらしくキッチンで息を潜めている。ギリーは何かを警戒している様で、ミーアの近くで待機していた。


 ボクはチラリと来客の様子を伺う。


 見た感じだと、ドレスの少女は貴族の娘だろう。そして、もう一人の騎士らしき女性は、その護衛といった所なのだろう。


 ドレスの少女が席に着き、女騎士がその背後に立つ。


 ボクが少女の向かいに腰掛けると、女騎士の眉が動いたが、それ以上の動きは無かった。


 ボクが対応する事に思う所はあるが、ひとまずは様子見をする事にしたのだろう。


「あまり来客など無いもので、もてなしも出来ずにすみません」


「いえ、お構いなく。……それで、ゲイル様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」


 人形の様な少女は微笑みを浮かべ、ボクに対して質問を投げかける。ボクはすっと頭を下げて答える。


「申し訳ありませんが、祖父は四年前に他界しています……」


「そんな……」


 ボクの台詞に、少女の顔が歪む。見れば後ろの女騎士も、苦々しく眉を寄せていた。


「そ、それでは、ゲイル様の後を継がれた方等は、いらっしゃらないのでしょうか……?」


「それは、弟子や後継者という意味でしょうか? それでしたら、私は聞いた事が無いですね……」


「そうですか……」


 どこまで本心か不明だが、少女は見るからに落胆した様子だった。よほど、爺ちゃん大切な用事があったのだろう。


 ちなみにボクは、二人に後継者だと言うつもりは無い。


 未だに名乗りすらしない相手である。素直に名乗る事で、どの様なトラブルに巻き込まれるか、わかった物では無い。


 しかし、少女はともかく、後ろの女騎士は探る様な目で、ボクに問いかけて来た。


「君はゲイル殿の孫で良いのかな? 他にいないなら、君が後継者という事では?」


「ボクは爺ちゃんに拾われた身なんです。確かに薬師としての手解きは受けましたが、お二人はポーションを求めて?」


 ボクは不思議そうに女騎士へ尋ねる。そして、ブラフとして薬師としての情報だけは開示しておく。


 普通に考えて、ただポーションが欲しいだけなら、こんな村まで来る必要が無い。都市部には多くの薬師とポーションが存在するからだ。


 恐らく、二人が欲しているのは、爺ちゃんだけが持つ何か……。


 賢者か錬金術師としての能力。或いは、何らかのアイテム。何れにしても、まずは二人から情報を引き出すべきだろう。


「いや、ポーションなら間に合っている。我々が求めているのは武力であり……」


「クリス……!」


 女騎士に対し、少女は控え目に叱責する。女騎士クリスは少女に頭を下げると、そのまま口を閉じてしまう。


 少女は気を取り直し、再び人形の様な笑みを浮かべた。どうやら、あまり情報を漏らしたく無い様だ。


「不躾で申し訳無いのですが、ゲイル様が装備されていた武具は残されていますか?」


「杖やローブなら、葬儀の際に一緒に燃やしました。薬師としての道具だけは、ボクが受け継ぎましたが……」


 すると、クリスは顔をしかめる。そして、先ほど主人に叱られたにも関わらず、再び口を開く。


「賢者の装備を燃やすなど正気か? 売ればどれ程の金になると思っている……」


「祖父は村の英雄とも言える存在でした。それを売るなんてとんでも無い……。それに、村では誰も使える人もいないですしね。村人全員で話し合い、なら爺ちゃんに、あの世まで持って行って貰おうという結論になりました」


「あの世にね……」


 クリスは疑わしそうに、ボクの事を見つめていた。まあ、こちらは何とでもなりそうなので、どう思われても構わない。


 問題は人形少女の方だ。先ほどから、感情の読めない目で、ずっとこちらを観察している。


 何を考えているか不明で、こちらの方が不気味だった……。


「クリスは少し黙って下さい。私がこの方と話しているのです」


「はっ。失礼しました」


 クリスは再び頭を下げる。そして、再び叱られ無い様に、きつく口を閉ざした。


「申し訳ありません。従者が話を遮ってしまい……。それに、ゲイル様の装備品も、手に入りそうにはありませんか……」


 少女は意味ありげに、視線を投げて来る。


 どうも、爺ちゃんの装備が残っていると気付いている様子だ。その上で、こちらに引いて見せたのだろう。


「ちなみに、貴方のお名前を伺っても?」


「ボクはアレクと言いますが……」


 不味いな……。どうやらボクに興味を持ってしまったらしい……。


 この展開はもしかして……。


「今は名乗る事が出来ず、申し訳ありません。ですが、お分かりの様に、私はそれなりの立場にいる者です。もし、貴方さえ宜しければ、私の下で働いてみませんか?」


「……それは、薬師としてですか?」


「ふふっ、もっとも適切と思われる場所で、ですわ」


 少女は微かにだが、ここで始めて感情らしきものを見せた。


 先ほどまでの作り物では無く、年相応なイタズラっぽい笑みを。


「……申し訳ありません。いずれにしても、ボクは三ヶ月後に旅に出る予定だったんです。当分は誰かの下で働く事は無いでしょう」


「そう……。残念ですが、仕方がないですわね……」


 少女は先ほど同様に落胆して見せた。表情が人形に戻った為、どこまで本気かわからないが。


「それでは、私達はこれで失礼致します。機会があれば、またお会いしましょう」


 少女が差し出した手にギョッとする。


 普通、高貴な身分の者が、平民相手に握手などしない。実際、クリスも少女の行動に目を丸くしていた。


「どうしました?」


「ああ、えっと……」


 少女は人形の様な笑みで、不思議そうに首を傾げる。どうやら手を引く気は無いらしい。


 このままでは逆に失礼になりそうな為、ボクは覚悟を決めてその手を握った。


「それでは、ご機嫌よう」


 少女は人形の様な笑みで、別れを告げた。


 しかし、その瞳だけは僅かに感情を滲ませていた。

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