第21話 ワイバーン討伐戦(結末:リリーサイド)
私はその光景をじっと眺めていた。苦しそうな表情で倒れたアレク。そのすぐ近くに横たわるワイバーン。
私はゆっくりとアレクの元へ移動する。そして、アレクの身体に怪我が無い事を確認し、ホッと息を吐く。
アレクの顔は青ざめているが、これは魔力切れによる症状である。しばらく休めば回復するとわかっていた。
「一人で……倒したのか……?」
その呟きに改めて驚く。七歳の少年がワイバーンを倒す。これは種族に関わらず、過去に前例が無い偉業である。
彼の祖父役であるゲイルですら、ワイバーンを倒したのは十三歳の時だ。そして、その偉業を世に知らしめた彼が、その後どうなったかを私は良く知っていた。
「わかっているのか……。自分のした事の意味を……?」
恐らくはまだ理解していない。だからこそ、私はアレクの将来を不安に思った。
「リリーさん……?」
背後からの声に私は振り返る。茂みから顔を覗かせた、ミーアの姿があった。
ミーアは不安げだが、何とか涙を堪えていた。
「アレクは大丈夫……。ワイバーンは死んでいる……」
その言葉に、ミーアはなり振り構わず、アレクの元に駆けだす。
そして、アレクの体にしがみ付くと、わんわん泣きながら謝りだした。
「ごめんない……。私が……ちゃんと出来ていたら……!」
ミーアは役目を果たせなかった事で、自分自身を責めていた。
私はそんな彼女の背中をさすり、しばらくは彼女の好きにさせた。
「大丈夫……。もう、大丈夫だ……」
そして、ミーアの涙が収まって来たタイミングを見計らい、彼女をギリーの治療に向かわせる。
ミーアは恥ずかしそうにしながらも、ギリーの元へ走って行った。
私は周囲への警戒を怠る事なく、再び視線をアレクへと戻す。
アレクの顔色も良くなっており、もうしばらく休ませれば、精神力も十分な回復を見せるだろう。
その様子に安堵しつつ、私は先ほどの状況を振り返る。
「失態だった……」
まず、自分の気が緩んでいた事を反省する。想定外だったとは言え、ワイバーンの接近に気づかないなど、少し前の自分なら信じられない事である。
そして、その気の緩みの原因はアレクにあると考える。彼は常に、先々の事を考えて行動する。全てを委ねたくなる、安心感があるのだ。
私自身も気づかない内に、彼に対する甘えが生まれていた。この先も行動を共にするなら、この辺りは気を付けなければならない。
次に私は、ワイバーンに刺された後の、アレクの行動を考える。
「アレクは……何故……?」
アレクは私の伝えたい意思と、異なった受け止め方をしていた。
森の支配者というジョブを得ている私は、森の中では超回復能力を持つ。その為、数分の時間は掛かるが、麻痺毒も自然回復で治す事が可能なのだ。
私はアレクに対して、ワイバーンの足止めを頼んだつもりだった。アレクの実力なら、数分程度は足止め可能だろうと考えて。
しかし、アレクは時間稼ぎでは無く、短期決戦によるワイバーン討伐を選択した。彼は何故、その様な行動を選んだのだろうか?
「自然回復を、知らないから……?」
その可能性は考えられた。私が時間稼ぎしか出来ないなら、動ける人間はアレクしかいない。
しかし、仮にそうだとしても、アレクはワイバーンを倒せると考えたのか?
アレクはワイバーンと出会った事など無い。普通の子供は見ただけで、足が竦んで動けなくなるのに。
「アレクなら……或いは……」
アレク達の訓練を行った私には、その可能性を否定出来なかった。
私の生み出した魔法生物を、初見で攻略するその判断力。私からすれば、それこそがアレクの、天才と呼ばれる所以と思えた。
ワイバーンに対しても、一目で攻略法が判ってしまったのだろう。そして、倒せると判った為に、アレクはその行動を選択した。
「けど……結果は足りていない……」
アレクはワイバーンを倒した。それは確かに、偉業と呼ぶに相応しい結果である。
しかし、私の回復を見込んでいないなら、アレクはここで倒れてはいけなかった。
ワイバーンを倒し、更に私の援護をするだけの余力を残す必要があったのだ。
「アレクは天才……だけど、不安定……」
アレクは物事を理解したり、判断したりする能力に優れている。しかし、それに経験が伴っていない。その為、計算違いをしてしまうのだ。
……だが、それは経験さえ積めば良いとも考えられる。その才能をしっかり育てれば、彼は間違い無く英雄に至ると思われた。
「ゲイルは……それを望んでいる……?」
アレクの才能を見出し、ここまで育てたのは祖父役のゲイルだ。そうであるなら、アレクの不安定な要素も理解しているはず。
――そこで、私はゲイルの考えに気付く。
「だから……私に面倒を見させた……」
ゲイルではアレクを、完璧に保護出来てしまう。彼は彼で、天才と呼ばれるに相応しい人物でもあるのだ。
そして、私に白羽の矢が立った。ゲイル程完璧では無いが、アレクを任せても問題ない実力者として。親としてでは無く、師匠としてアレクを育てられる人物として……。
「ハゲれば良いのに……」
私はゲイルの顔を思い出し、憎々しげに毒づく。しかし、アレクの穏やかな寝顔に目をやり、その内心は複雑なものに変わる。
私にとって、アレクは素直で良い弟子だった。私自身も、アレクとの時間を楽しく感じていたのだ。
全てはゲイルの思惑通りとなっている。だからといって、今更アレクに対して冷たく接する事も出来ない……。
「本当に……ハゲれば良いのに……」
私は口元をふっと綻ばせると、優しくアレクを起こし始めた。
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