第20話 ワイバーン討伐戦(後編)

 ボクはギリーとリリーさんのどちらを助けるかで悩んでいた。


 どちらを選ぶにしても、ゆっくり悩む時間は無い。ボクは内心の焦りを自覚しつつも、身動きが取れずにいた。


 しかし、不意にボクの方に向けて、強い風が吹いた。


「……っ、リリーさん?」


 そう、その風を起こしたのは、リリーさんの呼び出した風の精霊である。


 その精霊はリリーさんの意思に従って、ボクに向けて風を送って来たのだ。


 そして、ボクはリリーさんの目を見て、彼女の伝えたい事を理解する。


「ギリーを助けろって事ですね……」


 今の彼女は麻痺毒によって、身動きが取れない状態にある。


 しかし、それでも風の精霊によって、その身を守る事位は出来るというのだろう。


 彼女の眼はボクに向けて、自分に構うなと強く訴えかけていた。


「わかりました……。こちらを片付けるまで、そちらをお願いします……!」


 ボクはリリーさんを信じる事にした。


 リリーさんには風の精霊が付いている。まずは無防備なギリーを復帰させる事がパーティーの建て直しに繋がる。


 そして、ボクはギリーの元へと駆けだす。アンチ・パラライズは射程距離が短い為、ギリーのすぐ近くまで近寄る必要があるのだ。


 しかし、ワイバーンはギリーとボクの間で、威嚇する様にホバリングしている。


 多少の知恵があるのか、勘が良いのか、ギリーの側には寄らせないつもりらしい。


「くそっ……。時間を掛けられないんだ……!」


 ボクは足を止めず、右手で杖を強く握った。そして、左手をマジック・バッグへと突っ込む。


「ダブル・マジック……!」


 自己強化魔法のダブル・マジックは、一定時間の間だけ発動する魔法が二つに増える。


 この魔法はLv1ではその効果が30秒続き、Lv2では60秒、Lv3では90秒と、レベルが上がる毎に効果が30秒ずつ増える特性がある。


 そして、今のボクはダブル・マジックがLv3だ。つまり、90秒間の間、魔法の効果が2倍になる。


 勿論、ダブル・マジックはノーリスクで威力を2倍に出来る訳では無い。当然と言えば当然だが、消費される精神力も2倍となる。


 つまり、立て続けに魔法を放てば、あっという間にガス欠となってしまうのだ。


 だからこそ、ボクはマジック・バッグから3つのアイテムを取り出した。


 それは精神ポーションと呼ばれる、精神力を回復させるアイテムだ。見た目は試験管の中に入った、青色の液体である。


 そして、その効果は利用者の精神力を、二割程度回復させるという物である。


 高価なアイテムなので、普段は利用する事が無い。しかし、爺ちゃんの忠告もあって、常に三本の精神ポーションを常備している。


 ボクにとっては、攻撃、回復のどちらにも対応出来る、いざという時の切り札の一つだ。


「ライトニング・ボルト!」


 放たれた魔法は、二筋の矢となりワイバーンに突き刺さる。致命的な威力では無いが、ワイバーンの動きは確実に鈍くなる。


「ヘイスト!」


 そろそろ、ミーアの支援魔法が切れる時間の為、ボクは自分にヘイストの上書きを行う。


 時間的な余裕が無い為、プロテスによる防御強化を諦め、一つ目のブルー・ポーションに口を付ける。


「ギャギャ……!」


 鋭さの欠けた動きで、ワイバーンはボクに向かって飛び掛かって来る。


 しかし、ボクは横っ飛びに跳ねて、次なる魔法を相手にぶつける。


「エア・バースト!」


 ワイバーンの背中へ、二重の風の爆発を叩きつける。


 ボクに飛び掛かろうとしたワイバーンは、地面近くまで高度を落としていた。その為、体性も立て直せず、頭から地面に墜落してしまう。


「バインド!」


 バインドはレジストに失敗すると、30秒間移動を制限される妨害魔法だ。地面に落ちたワイバーンなら、命中させる事は難しくない。


 更にダブル・マジックのお陰で、成功判定は二回行われる事になる。


「グギャギャ……」


 バインドの判定は、無事に成功したらしい。ワイバーンは立ち上がる事も出来ずに、その場で小さく身じろぎしていた。


「アイシクル・ランス!」


 その隙を逃さず、ボクは弱点である氷魔法をワイバーンに放つ。二つの氷の槍は、それぞれ左右の羽に穴を空けて氷つかせた。


 これで、バインドが解けても、再び空へと上がる事は出来ないだろう。


「アイシクル・ランス!」


 続けて弱点による攻撃魔法を、今度はワイバーンの肩に投げ飛ばす。


 移動を制限されたワイバーンは、回避も出来ずに更なるダメージを蓄積させた。


「くっ……!」


 立て続けの魔法により、ボクは体に怠さを感じ始めた。その怠さを軽減させる為に、ボクは二つ目の精神ポーションも口にする。


「ギャアアア……!」


 どうやら、バインドによる30秒が経過したらしい。怒り狂ったワイバーンは、地面を蹴ってこちらへ迫って来る。


「ピット・フォール!」


 ボクは慌てずに、ワイバーンの足元に落とし穴を作り出す。冷静さを失っていたワイバーンは、見事にその穴へと落ちていく。


 ダブル・マジックの効果なのか、落とし穴はいつもよりも二倍の深さとなっていた。


 翼と足を使い、穴から抜け出そうとワイバーンは暴れ始める。


 しかし、ワイバーンをこの穴から出す訳には行かない。


「アイシクル・ランス!」


 ワイバーンの背中に二本の氷槍が突き刺さる。


 しかし、ワイバーンは痛みを感じないかの様に、その激しさを増して行く。


「アイシクル・ランス!」


 穴から身を乗り出したワイバーンへ、更なる追撃を行う。ボクは怠さを押し殺して、最後の精神ポーションを口にした。


「アイシクル・ランス!」


 幸か不幸か、アイシクル・ランスのレベルが上がったらしい。氷の槍は一回り大きくなる、ボクの消費する精神力も僅かに負担が増す。


「エア・バースト!」


 穴から抜け出したワイバーンに、風の爆発を叩き込む。ワイバーンは吹き飛ばされて、再び穴の中へと戻って行く。


「まだ、倒れないのかっ……!」


 精神ポーションはもう残っていない。ボクは焦りに冷や汗を流しながら、攻撃魔法を繰り返す。


「アイシクル・ランス!」


 ダブル・マジックの90秒が過ぎてしまった。氷の槍は一本に戻り、ワイバーンの背中に突き刺さる。


「ギャアア……アアア……」


 幸いな事に、ワイバーンの動きはかなり弱々しくなっている。


 しかし、その目はまったく諦めておらず。穴から這いずり出て来る。


「アイシクル……ランス……!」


 氷槍はワイバーンの腹に突き刺さる。しかし、ワイバーンはその歩みを止めずに迫って来る。


 ボクは内心の恐怖を感じながらも、必死に歯を食いしばる。


 ボクの精神力も残り少ない。既に吐き気を通り越して、立っているのすら辛くなって来た。


 もはや、ボクの精神力か、ワイバーンの体力か、そのどちらかが先に尽きるかの勝負となってしまっている。


「アイシクル……ランス……」


 ボクは微かな精神力をかき集め、氷槍をワイバーンへと飛ばす。


 そして、とうとう立っている事も出来なくなり、ボクはその場に倒れ込んでしまう。


「うっ……」


 ボクは何とか顔だけを動かし、ワイバーンの様子を見る。ワイバーンは辛うじてという様子ではあるが、ゆっくりと前へ進み続けていた。


「アイシ……ラン……」


 しかし、その魔法は不発に終わる。ボクの精神力が足りず、氷槍を生み出す事が出来なかったのだ。


「くそっ……あと少しなんだ……」


 迫りくるワイバーンに、ボクは死という物を実感する。


「こんな所で……終わるのか……?」


 この世界に生まれて、初めて魔物を恐ろしいと感じた。ゲームの様にただ狩るだけの存在では無く、自分の生命を脅かす存在だと認識した。


「嫌だ……死にたく……無い……」


 そう、魔物とは人々にとっての天敵なのだ。決して侮って良い存在では無い。人々はその理不尽と戦う為に、武器を手にするのである。


「ミーア……ギリー……」


 ここでボクが終われば、ワイバーンはボクの大切な人達も殺すだろう。


「そんな事は……認められない……」


 そして、ボクは涙に滲む目で、死の象徴たる存在を睨みつけた。


「殺されて……たまるか……!」


 ボクは体内の精神力に意識を集中する。緩やかに回復をしているが、アイシクル・ランスを使える程では無い。


 だから、ボクは最後にギリギリ使える魔法を選択した。


「ライトニン……ボルト……!」


 これが本当に、最後の足掻きである。ボクの体内から全ての精神力が、抜け出して行くのを感じる。


 そして、ボクは結末を見る事無く、意識が途切れてしまう。

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