第19話 ワイバーン討伐戦(中編)

 ケトル村から歩いて二時間程、北の森へと歩いていくと、そこには小高い丘があった。


 ボクとギリーとミーアは、木の陰からその丘を観察していた。


「ワイバーン発見っと……。今は眠っているようだね……」


「そうだな……。予定通りで良いんだよな……?」


 丘の上で眠るワイバーンに視線を集めながら、ボク達は相談を行う。


 ギリーの質問に対して、ボクは頷いてみせた。


「ワイバーンは火と風に耐性があるから、ボクの魔法ではダメージが通りにくい……。ボクはワイバーンを牽制しながら注意を引くから、ギリーがワイバーンにダメージを与えてくれ……」


「ああ、任せろ……!」


 ボクは攻撃用魔法として、炎系と風系の魔法を中心に育てている。今のボクのスキル構成では非常に相性の悪い相手と言える。


 氷魔法であれば弱点を突けるし、雷魔法なら確実に当てれるので、どちらかを育てておけば良かった……。


 まあ、今更言っても仕方が無いので、攻めはギリーに任せるとしよう。


「ワイバーンの鱗は堅いから、狙うのは腹の箇所が良いね……目や羽も当たればラッキーだけど、動き回るワイバーンに当てるのは困難だから、無理する必要は無い……確実にダメージを与えて行こう……」


「了解……!」


 ボクの指示にギリーは力強く頷いた。見た所、少し緊張しているが、それ程気負っても無いので、動きが悪くなる心配は無いだろう。


 ただ、少し心配なのはミーアである。ボクが視線を向けると、ミーアはぎこちない顔で笑顔を作ろうと苦戦していた。


「ア、アレク君……。わ、私はどうすれば良いかな……?」


「基本はいつも通りにヘイストとプロテスを……ただ、ワイバーンの尻尾には麻痺毒の針があるから、刺された場合はアンチパラライズで回復をお願い……」


「麻痺毒……」


 ボクの言葉に顔を青くするミーア。どうやら、脳内で最悪の事態をイメージしてしまったらしい。


 ボクは苦笑を浮かべると、ミーアの肩に軽く手を置いた。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ……。ボク達のレベルならワイバーンも難しい相手じゃない……。それに、いざとなったらリリーさんも助けてくれるから……」


「そ、そうだよね……」


 ボクとリリーの二人は、リリーさんに視線を向ける。彼女は少し離れた場所で木にもたれ掛り、リラックスした雰囲気で手を振っていた。


 リリーさんの姿に、ミーアは少し落ち着きを取り戻した。そして、ボクに向かって小さく頷いて見せた。


「うん……。大丈夫だよ……。精一杯、頑張るから……」


「よし……。それじゃあ、支援魔法をお願い……」


 ボクとギリーは、ミーアが支援魔法を掛け終わるまで待つ。ボクもヘイストとプロテスは使えるが、精神力を節約する為にも、ミーアがいる時は使わない様にしていた。その方がボクは攻撃に集中出来るし、ミーアのレベル上げにも繋がるしね。


 そして、ミーアの支援魔法が完了すると、ボクはゆっくりと前に出てる。


 そして、未だ眠ったままのワイバーンへ、準備していた魔法を放つ。


「ライトニング・ボルト!」


 手にした杖から、ワイバーン目掛けて一筋の雷が走る。スキルはLv1なので大したダメージでは無いだろうが、雷系魔法はその速度から回避が困難である。


 それに、爺ちゃんに作って貰ったマジックワンドには、魔法ダメージ上昇の効果がある。Lv1とはいえ、それなりには痛いだろうし、ワイバーンもダメージを無視出来ないはずだ。


「ギャアアアア……!!」


 寝込みを襲われたワイバーンは、悲鳴を上げて飛び起きた。


 そして、ボクの姿を発見すると、怒りの視線をボクに向ける。


「さあ、掛かって来い!」


 ボクは牽制の為にも次の魔法を唱え始める。


 そして、ミーアは離れた場所に身を隠し、ギリーは木の影を利用して、ワイバーンの死角へと移動を開始した。


「ファイアー・ストーム!」


 空へと飛翔し、こちらへ向かおうとするワイバーンへ牽制の一撃を放つ。ワイバーンは慌てて身を翻して回避するが、こちらへの強襲に対しては、出鼻をくじかれる形となった。


「ダブル・ショット!」


 森の中で身を隠しながら、ギリーの矢がワイバーンを捉えた。二連撃の攻撃は、いずれもワイバーンの下腹部辺りに命中し、しっかりと突き刺さっている。


「ギャア……!?」


 ワイバーンは突然の攻撃に混乱する。矢の飛んで来た先に視線を向けるが、既にギリーは移動していて、その姿を見つける事は出来ない。


「ライトニング・ボルト!」


「グギャ……!」


 ギリーを探す隙を見逃さず、ボクは追撃のダメージを稼ぐ。一撃一撃は小さいだろうが、積み重なれば、それなりのダメージになっていくはずだ。


 ダメージを受けたワイバーンは、再びボクの方へと怒りの視線を向ける。矢の出所はわからないが、まずは目の前の邪魔な存在を倒そうとでも考えているのだろう。


「エア・バースト!」


 こちらへ飛び込む姿勢を見えたワイバーンへ、ボクはその頭部へ風の爆撃を行う。ボクに向かって頭を下げていたワイバーンは、飛行進路を大きく地面に向けさせられる形となった。


「ダブル・ショット!」


 空中で体制を整えようと、大きく羽ばたくワイバーンへ二本の矢が再び迫る。回避出来る状況になかったワイバーンは腹部に刺さる矢の数を増やす事となった。


「ギャアアアアアア……!!!」


 怒り狂ったワイバーンは一際大きな声で叫ぶ。そして、ギリーを探す様に、空を大きく旋回し始めた。


「よし、今の所は順調だな……」


 ボクはホッとする様に小さく息を吐く。ゲームと違って束縛系の魔法を当てるのが難しい為、色々と考えていたのだが、想定通りに足止めとして機能している。


 ワイバーンがゲームと同じHPかは不明だが、この調子なら討伐まで5分前後といった所だろう。ゲーム時代を考えると、時間が掛かり過ぎだがそれは仕方無い。


 ゲーム時代は死んでも簡単に復活が出来た。だから、多少は無理してでも効率を求められたのだ。


 しかし、この世界では復活など出来ない。この世界では、死なない事を前提にした戦い方をする必要があるのだ。


 ボクは一呼吸程の休憩を挟み、再び次の魔法を唱え始める。



 ――しかし、異変は唐突に発生した。



「いやーーー!! リリーさんがっ……!?」


 突然のミーアの叫びに、ボクは慌てて背後へ振り返る。


 そして、ボクは想定外の光景に茫然となる。


「そんな……。まさか……」


 そこには、ワイバーンの尻尾に腕を刺されたリリーさんの姿があった。


 幸いリリーさんは直前に魔法を唱えていたらしく、出現した風の精霊によってワイバーンを上空へと吹き飛ばした。


 しかし、リリーさんは辛そうに蹲ってしまう。


「ミーア、リリーさんを回復するんだ!!」


 誰も想定していなかった事だが、ワイバーンは一匹では無かったのだ。この様な辺境にワイバーンが現れる事自体が稀で、ワイバーンとて群れる可能性がある事を失念していた。


 そして、先ほどのワイバーンの行動は、仲間を呼ぶ為の行動だったのだろう。恐らく、今の時点で他に現れないという事は、これ以上の増援は来ないと思うのだが……。


 いずれにしても、ボク達では二匹のワイバーンは荷が重すぎる。後から現れた一方は、リリーさんに倒して貰うしか無い。


 しかし、ボクにとっての不安要素が、ここに来て爆発していた。


「リリーさんが……! リリーさんが……!?」


「ミーア……!?」


 取り乱したミーアは、その場に蹲っていた。心の支えであるリリーさんが倒れ、ボクの声すら聞こえない状態になってしまったらしい。


 流石のリリーさんでも、麻痺状態のままワイバーンの相手は無理がある。ミーアが無理なら、ボクがリリーさんの元へと向かう必要があった。


「くっ、仕方ない……!」


 ボクがワイバーンの元へ向かうには、もう片方の足止めが必要となる。時間稼ぎを頼もうと、ボクはギリーの姿を探す。


 しかし、状況は更に悪い方へと転がって行た。


「うわっ……!?」


 その声の方へ視線を向けると、そこにはワイバーンに背中を刺されたギリーの姿があった。ボクは混乱しておかしくなりそうな思考を、精神の力で無理やり抑え込む。


 そして、ボクはワイバーン目掛けて魔法を放つ。


「エア・バースト!」


「ギャギャッ……!」


 どうやらその魔法は読まれていたらしく、ワイバーンはその上空へと逃れて行く。


 そして、ギリーは魔法の余波によって茂みの中へと吹き飛ばされる。


「どうする……どうすれば良い……!?」


 茂みの蔭へと消えたギリー。後方には蹲るミーアとリリーさん。


 ボクはそのどちらへ向かうべきか、悩んで動けずにいた……。

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