第16話 アレク、戦闘訓練を受ける

 目の前には二メートル程の石の巨像が立っている。その巨像はただの置物等では無く、意思を持って行動していた。


 しかも、敵意を持ってボク達の方へと向かって来ている。


「アレク君、ギリー! 支援は任せて!」


 後方からミーアの声が届く。


 そして、少し遅れてヘイストがボクに掛かる。ミーアによる支援魔法である。


 ボクは効果を確かめる様に、バックステップで素早く巨像から距離を取る。


「ギリー! まずは相手の足を潰すよ!」


「ああ、任せてくれ!」


 隣を見ると、ギリーが視線を向けずに頷いていた。手には弓矢を構え、その視線は巨像に固定されている。


 ボクはそれを確かめると、即座に初級魔法を発動させる。


「ピットフォール!」


 これは浅めの穴を対象の足元に作る魔法である。


 ゲーム内での効果は30秒間、対象を移動不可にするもので、ソロプレイを行う黒魔術師が良く利用している。


 この魔法で足止めして、遠距離から攻撃魔法を行えば、ダメージを受けずに相手を倒す事が可能となる。


 HPや防御力が低い魔術師系は、前衛の戦士等がいない場合は、こういった行動阻害系の魔法が必須となるのだ。


 ちなみに、目の前では巨像が膝まで穴に埋まり、抜け出そうともがいている。


 効果時間がゲームと同じかはわからないが、抜け出される前に早めに対処する必要があるだろう。


「パワー・ショット!」


 ボクが次の魔法を唱えている間に、ギリーがスキル攻撃を発動させていた。


 パワーショットはアーチャー系のジョブが覚えるスキルで、高威力の矢による攻撃を行うものだ。


 更にこのスキルは威力が高いだけでなく、体重の軽い相手を後方に吹き飛ばす効果もあったりする。


 しかし、巨像相手には流石に威力が足りなすぎる様だ。矢は巨像の右膝に命中したが、相手を吹き飛ばしはせず、その足に無数のヒビを作るに留まっていた。


「ファイアー・ウォール!」


 ボクは炎の壁を巨像にぶつける。この魔法もパワー・ショット同様に、吹き飛ばし効果を持つ。


 そして、吹き飛びこそしなかったものの、相手を後方へ転倒させる事に成功し、更にはヒビが入っていた右足まで折れる。


「よし! あとは距離を取りながら集中攻撃だ!」


 ボクの指示にギリーは弓矢で、ミーアは白魔法で、ボクは黒魔法での遠隔攻撃を開始する。


 巨像は匍匐前進で前に進んで来るが、その速度は非常に遅い物であった。


 ヘイストが掛かったボク達は、余裕を持って距離を保ち続ける事が出来た。


 そして、数分後に巨像は完全に破壊されて動かなくなる。ボク達はそれを見て安堵の息を吐く。


 すると、少し離れた場所から拍手が聞こえてきた。


「少年達……見事だった……」


「リリーさん、流石にストーン・ゴーレムは堅かったですね」


 こちらへやって来るリリーさんへ、ボクは苦笑を向ける。


 ボク達の元へやって来たリリーさんは、胸を張って答えた。


「それは当然……何せ私が作ったゴーレムだから……」


「まあ、確かに訓練としては丁度良いんでしょうけどね」


 そう、先ほどの巨像はリリーさんの精霊魔法で生み出した魔法生物なのだ。


 何故か爺ちゃんの家に住み着いたリリーさんは、時々こうやってボク達の訓練に付き合ってくれる。


 お陰でレベル上げが捗って助かっているのだが、時々は無茶な課題を出す事もある。


 先ほどのストーン・ゴーレムもゲーム知識のお陰で楽に倒せた。


 しかし、足止めスキルを所持していなかった場合、高い攻撃力と防御力で、正面突破出来る相手では無いのだ。


 ボク達の攻撃能力では三人がかりで10分近い時間が掛かる上に、一撃でもまともに受ければ即死すらあり得る。


 完全に上級者向けのレベリングであった。


「これが余裕か……次はもっと強いのを……」


 気が付くとリリーさんは、ぼんやりとした目で何事かを呟いていた。


 もしかしたら、自分の凄さを見せたかっただけで、本当に倒されるとは思っていなかったのかもしれない。


 リリーさんの負けず嫌いな性格は、一緒に生活する中で理解しているので、恐らくはそんな所だろうと思う。


「所でさ……。リリーさんって、ずっと村に住むの?」


 ギリーが何気ない感じでリリーさんに尋ねる。実は何となく住み始めた為、この辺りはちゃんと聞けていなかったりする。


 どうやらミーアも気になってたらしく、ボク達はリリーさんに視線を集中させた。


「この村にはしばらく厄介になる……ただ、私も修行中だから、いずれはこの村から出ていく……」


「修行中なの? 修行中なのに、何でこの村で生活してるの?」


 ギリーの無邪気な問いに、リリーさんの目が一瞬泳いだ。しかし、それを隠す様に真面目な表情でギリーに答える。


「アレクは私の命の恩人……恩返しとして、しばらく稽古を付ける為だ……」


「ああ、村に来る前に飢え死にしそうになったってやつか!」


 この辺りの話は、リリーさんが村に来た時に本人から語られている。ギリーはその話であっさりと納得してしまった様だ。


 しかし、ミーアはジト目でぼそりと呟く。


「……アレク君の料理って美味しいよね?」


「……っ!?」


 その言葉に、リリーさんは目に見えて動揺していた。その目は四方八方に泳ぎまくっている。


「村の中でも噂になってるよ? リリーさんが森に出かけては、沢山の珍しい食材を抱えて、嬉しそうに賢者様の家に帰ってるって……」


「そ、それは……!?」


 そう、ボクも住み着いた理由には気づいていた。今の爺ちゃん家には、多くの食材が備蓄されている。


 備蓄量が多い時は稽古をつけてくれるリリーさんが、備蓄が減ると森へと消えるのだ。


 そして、その日の夕方には食材が補充されている。


 更には食事の際の注文も非常に厳しい。いつもより一皿少なかったり、夕食時にちょっと手を抜いたりすると、それはもう必死に抗議されるのだ。


 一皿少ないと、体を作るのに如何に食事が重要であるかと。手を抜くと、森の恵みへの感謝が足りないと。


 ボクは食事に対する拘りが、村の中で一番強いと自認していた。しかし、彼女がやって来てから、その地位はあっさりと奪われてしまった。


 正直、彼女の食への欲求は、ボクをもってしても、引いてしまう領域であった。


「アレク君の料理って美味しいよね?」


 ミーアが笑顔でリリーに尋ねる。しかし、その目は決して笑っていない。リリーさんの反応を完全に窺っていた。


 リリーさんは泳ぎまくっていた目を落ち着かせると、その視線をボクへと向ける。


 そして、何故か非難する様にボクを睨みつける。


「アレクの料理が美味しいのが悪い……責任取って、今後も料理を作って……」


「ええっ! それって八つ当たりじゃないの!?」


「そんなのダメだからね……!」


 ボクが驚いていると、ミーアはボクを守るように抱きしめていた。


 何故かリリーさんはそんなミーアからボクを取り返そうと様子を伺っている。


「えっと、そろそろ村に帰らないか……?」


 完全に空気となっていたギリーがぽつりと呟く。


 しかし、真剣に牽制しあっている二人の耳には届かなかったらしい。


 ギリーは反応が無い事にションボリとして、訓練で使った矢の回収に向かってしまった。


「ギリー……」


 二人にもみくちゃにされながら、ボクはそんな兄弟に心中でそっと涙した。

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