第9話 収穫祭(三日前)

 ボクとギリーのミーアの三人は、村の入り口でボンヤリしていた。


 別にサボっている訳ではない。出迎えとして、吟遊詩人のケインさんが来るのを待っているのだ。


「ケインさん、まだ来ないね~。魔物に襲われたりしてないよね?」


「大丈夫だって! ケインさんは冒険者だから、魔物が出ても倒しちゃうよ!」


 心配そうなミーアに、ギリーが無責任な返事をする。


 吟遊詩人は完全なサポート職なので、直接的に魔物を攻撃する手段は無い。精々が、ゴブリン等の弱い魔物を、眠らせる事が出来る程度だ。基本的には、パーティー専用のジョブである。


 とはいえ、ケインさんは一人でいる事が少ない。ケインさんは異常なまでにコミュ力が高い為、旅の途中で出会った冒険者が同行している事が多いのだ。


「あっ! あれじゃないかな!?」


「ケインさんだ! 今回は女の人が一緒だ!」


 二人が指差す先を見ると、緑の男が手を振っていた。緑のマントに緑のローブ。ケインさんのいつもの服装である。


 そして、隣には革鎧に身を包んだ剣士が付き添っていた。大きな剣を背負った、赤毛の女性である。


「お~い! 君たち~! 出迎えありがと~!」


 ケインさんが良く通る声で叫ぶ。まだまだ距離があるのに、流石は吟遊詩人である。


 ボク達が一生懸命に手を振っていると、程なくしてケインさんが到着した。


「やあ、一年ぶりだね! 三人とも去年より大きくなったね~!」


 ケインさんは、金髪碧眼のイケメンである。その爽やかな笑顔でボク達に微笑み掛ける。


「ケインさん、お久しぶりです!」


「ねえねえ! 隣の人はケインさんの恋人!?」


 ミーアの質問に、剣士の女性は苦笑する。そして、手を振って否定した。


「違えよ。こいつが面白いもんを見せてくれるってんで付いて来ただけだ。あたしはアビーって名のソロ剣士だよ。数日だが、厄介になるぜ」


 アビーさんは冒険者に多い、粗っぽいタイプの様だ。


 わざわざソロとアピールしたのは、固定でパーティーを組まないからだろう。何かに縛られずに、自由気ままでいたい人に多い。


「はははっ! 私としては、恋人でも構わないんだけどね! アビーは照れ屋だから、そういう事にしておこうか!」


 爽やかに笑うケインさん。アビーさんは舌打ちをし、ケインさんを睨む。


 しかし、その顔を見れば満更でも無い様子だ。二人は二十代半ばで歳も近く、案外このまま付き合ってしまうかもしれないな。


「ケインさん、ウェルカムドリンクです。試作品ですが、中々の自信作ですよ」


 ボクは肩からかけたマジックバッグを開く。そして、水差しと二つのグラスを取り出した。


 ちなみにこのマジックバッグは、爺ちゃんからの今年の誕生日プレゼントだ。重さを感じず、水も溢れないので重宝している。


「ウェルカム……って、何だそりゃ?」


「ふふふ、アレク君なりの歓迎という事さ。君の自信作なら、嫌でも期待してしまうね」


 二人がグラスを受けとると、ボクは水差しの中身をそれぞれに注ぐ。ケインさんが遠慮無く口を付けると、アビーさんも一気に流し込む。


「……っ!? これは……うめぇ……」


「うん、爽やかな味わいだね。ポムの実の甘味とレモンの酸味が、疲れた体に心地良い。それに、水で割って薄めてあるので、後味も実にスッキリしている」


「…………」


 オリジナルブレンドなのだが、ケインさんは一口で中身を言い当てる。


 ケインさんを驚かそうと開発したのに、逆にこちらが驚かされてしまった。


「ふふっ。驚いた顔だね? 実はこれと同じ物を、過去に飲んだ事があるんだよ」


「え……?」


 過去に飲んだ事がある? これはボクが独自に考案したのに、どういう事だ?


「以前、ペンドラゴン王国の城下町に滞在していてね。そこのレストランで、これと同じ物を飲んだんだ。本当はレシピが非公開なんだけど、シェフに頼んで特別に教えて貰ったんだよね」


「マジですか……」


 今回は自信作だったのに残念だ。流石にプロの味を知っていたら、驚く事は無いか……。


「とはいえ、これは素晴らしい事だよ。アレク君の作ったレシピは、プロのシェフが秘匿する味と同じなんだからね。アレク君は、その才能を誇って良いよ!」


「今回は行けると思ったのにな……」


 ケインさんは見聞を広める為に、世界中を旅して回っている。その為、非常に知識の幅が広い。


 ボクは何とかケインさんを驚かそうと知識を披露するのだが、まったく知らなかった事は一度も無い。


 勿論、披露する知識には、ゲームや前世の知識も混じっている。ボクとしては、実はケインさんも転生者ではないかと疑っている位だ。


 ボクが顔をしかめていると、ケインさんはイタズラっぽく微笑む。そして、ボクにウインクして見せた。


「まだまだ知識で負けるつもりは無いよ。それに、アレク君をむきにさせれば、色々な知識を楽しめるからね」


「……次は必ず、あっと言わせてみせます」


「ふふっ。楽しみにしてるよ」


 ボクとケインさんは、共にニヤリと笑い合う。そんな二人をアビーさんは呆れた顔で眺めていた。


 ちなみに、ギリーとミーアは、先程から水差しに目が釘付けだ。ボクはグラスを二つ追加して、二人にも果実水を注いでやる。


「あ、ちなみに、こっちの少年がギリー君で、こちらの少女はミーア君だ。そして、彼が噂の神童アレク君だ!」


「ああ、彼が例の……」


「神童って何ですか……」


 何故か自慢気なケインさんに、何かを納得した様なアビーさん。ボクは半眼でケインさんを見つめる。


 彼は吟遊詩人だからか、元々の性格故か、物事を面白い可笑しく伝える癖がある。


「まあ、それは置いとくとして、最近は何か動きってある?」


 ボクは何気無くケインさんに尋ねる。ケインさんはそれだけで理解した様だ。


「東のアトランティスは穏やかな物だね。北の飛竜王国は相変わらずで、西の聖光国は順調といった所。そして、カーズ帝国には、金属が少し多めに流れてる状況だよ」


「そうですか……」


 ボクはじっと考え込む。ケインさんはボクを興味深そうに眺めているが、アビーさんは怪訝そうにな顔だ。ギリーとミーアはぼんやりしている。


「カーズ帝国は、どこを攻めると思いますか?」


「可能性が高いのはアトランティス。その次がペンドラゴン王国かな?」


「やはり、そうですよね……」


 ボクとケインさんの会話にアビーさんがギョッとする。何気無い世話話の様だが、内容は戦争予想である。


「アトランティスの戦力では、カーズ帝国には抵抗出来ないですよね……。となると、戦局はペンドラゴン王国が介入するかどうか……」


「うん、私の予想もまったく同じだね」


 ボクの予想に、ケインさんは満足気に頷く。


 ケインさんと意見が一致した以上、流れはほぼ確定であろう。いずれ戦争が起きる。それも、ここ数年の内に。


 そもそも、ここ数年は戦争が起きていないが、それ自体がボクには不思議だった。


 ゲームの中では毎月の様に、国家間の戦争が起きていた。功城戦という名のイベントである。


 この世界がディスガルド戦記と同じであれば、戦時中という方がボクとしては納得が行く。


 そして、ゲームとしては功城戦に毎回参加していたが、今のボクに参戦の意思は無い。


 死んでも復活するゲームとは違うし、少なくとも死霊術士ネクロマンサーで無い今は活躍も出来ないだろうし。


「……あっと、こんな場所ですみません。村長の家に案内しますので、まずはそこで休んで下さい」


「うん。それでは、続きはまた後にしよう」


 ボクの言葉にケインさんが頷く。しかし、アビーさんは呆然としていた。


「こいつ……本当に五歳児か……?」


「あ……ははは……」


 その場には、ミーアの乾いた笑いだけが響いた。

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