第10話 収穫祭(前日)

 収穫祭の準備が順調に進んでいる。ビリー村長が指揮している以上、遅延等は起きるはずも無い。そして、今のボクは村長の家に来ていた。メインイベントの予行演習の為である。


「う~ん。やっぱり、この格好は無理があるんじゃ……」


 ボクは自分の姿に眉を寄せる。今のボクは、白のローブに白のマントを身に付けていた。但し、爺ちゃんのお下がりで、完全にブカブカである。


「構わん。アレクも毎年成長する。その度に仕立てては、手間が掛かって仕方無いからな」


「まあ、そうかもしれませんが……」


 ビリー村長の言い分も分かる。収穫祭でしか使わない衣装を、毎年作り替えるのも馬鹿馬鹿しいだろう。しかし、豊穣神に感謝を捧げる神聖な儀式に、手間を惜しむのは良いのだろうか?


「ほっほっほ。豊穣神様は女性の神様でな。アレクのその姿に喜びこそすれ、怒る事など有りはせんよ」


「うん! アレク君は、カッコカワイイよ!」


 爺ちゃんとミーアのフォローが入る。ミーアはカッコいいとカワイイを合わせたのだろう。ミーアはいつでもボクを誉めるので、こういう時はあまり信用出来ない。


 逆に、遠慮の無いギリーの方が信用出来るのだが、残念ながら彼は現在、母親の手伝いをしている。


「はあ……。取り敢えず、汚さない様に紐で縛りましょう。それで、踏んだり、破ったりしなくて済むはずです」


 ボクはそう言うと、マントとローブを脱ぎ始める。下はいつもの布の服なので、裸になる事は無い。そして、スッとボクの隣に移動したミーアが、何故か脱いだマントとローブを自然な流れで受けとる。


「祝詞は練習しないのか?」


 ビリー村長は眉をしかめる。ボクの初舞台という事で、ビリー村長は練習に付き合ってくれる気だった様だ。ボクは苦笑して首を振る。


「祝詞はこれまでと同じですよね? それなら覚えてますので大丈夫です」


「ほっほっほ。流石はアレクじゃな」


「うん! アレク君なら当然だよね!」


 爺ちゃんとミーアは納得した顔をしている。それに対して、ビリー村長は呆れた表情である。


「アレクが不要と言うなら構わん。ただし、本番で忘れたという事が無い様にな」


「ええ、任せて下さい」


 ボクは自信を持って答える。ビリー村長はそれで納得した様だ。そして、ミーアの持つ衣装に目を向ける。


「その衣装はゲイルの物だ。練習が不要なら持ち帰ると良い。ミーア、ゲイルに返すんだ」


「あ、はい……!」


 ミーアは慌てて、衣装から顔を離す。こっそりと臭いを嗅ごうとしたのがバレて、ミーアの顔は真っ赤となる。ボクとしては気にしないが、臭いの半分は爺ちゃんの物だと思うのだが……。


 ミーアは爺ちゃんに衣装を手渡す。そして、ミーアはチラチラとボクに視線を送る。何か個人的に伝えたい事があるのだろう。それを察して爺ちゃんは腰を上げる。


「アレクや。ワシは先に戻っておるので、ミーアを家に送っておいで」


「わかった。余り遅くならない様にするよ」


 ボクの返事に、爺ちゃんは優しく頷く。爺ちゃんが外に向かうのを見て、ボクはミーアの方を向く。ミーアはとても嬉しそうにしていた。


「じゃあ、行こうか」


「うん! 家まで宜しくね!」


 ミーアはボクの腕を掴むと、急いで外へと引っ張り出す。挨拶もしていないボクは、慌ててビリー村長に視線を送る。しかし、ビリー村長はニヤリと笑い、サムズアップしていた。うん、色々と察してるので大丈夫そうだ……。


 ミーアは村長の家を出ると、ボクとしっかり手を握る。六歳児とは思えないアグレッシブさだ。そして、真っ直ぐに家には向かわず、少し迂回して人気の少ない道を選ぶ。


「ふふっ。明日は収穫祭だね!」


「うん。今から楽しみだね」


 収穫祭は村の数少ない娯楽の一つである。勿論、前世の祭りの様な派手さは無い。しかし、普段の村の生活は、日が暮れると一日が終わる。焚き火と料理で夜遅くまで騒ぐだけで、特別なワクワク感があるのだ。


「ねえ、アレク君にお願いがあるんだけど……」


「お願いって何だい?」


 ミーアは上目遣いでボクを見つめる。何となく予想が付くのだが、聞かない訳にはいかないだろう……。


「アレク君が祝詞を捧げた後に、少し二人で話せないかな?」


「……うん。別に構わないけど?」


「本当に!?」


 ボクは笑顔で頷く。それを見たミーアは、その場で跳び跳ねて喜びだした。


「やった! 約束だよ! 今から嘘とか無しだからね!」


「大丈夫だよ。約束はちゃんと守るから」


 ボクは苦笑を浮かべる。ミーアはニコニコと笑いながら、ボクからスッと距離を取った。


「うふふ。ありがとう、アレク君。後は一人で帰れるから大丈夫だよ。それじゃあ、また明日ね!」


「あ、うん。また、明日……」


 ミーアは手をブンブン振りながら去って行く。相変わらず、二人の時は嵐の様な行動力だ。


「……とはいえ、どうするかな?」


 ミーアの好意はわかりやすい。ミーアがボクを好きなのは間違いない。これは自惚れでは無いはずだ。しかし、ボクはその好意をどうするべきなのだろうか?


 ミーアは素直な性格で、周りへの気遣いも出来る。母親を見ても、将来は美人になる可能性が高い。正直に言って、かなり良い物件と言えるだろう。


 しかし、一番の問題はギリーだ。ボクにとって兄弟とも言える彼が、ミーアに対して好意を持っている。ミーアの事も大切だが、ボクはそれと同じだけ、ギリーの事も大切に思っている。


 それに、ボクは成人したら村を出るつもりである。しっかりと準備をして、この世界を見て回るつもりなのだ。


 その時にボクは、ミーアをどうしたいのだろうか……?


「結局は、ボクが覚悟を決めないとな……」


 ミーアを受け入れるか、ミーアを拒絶するか。今のボクはどちらも選べず、曖昧な態度を取り続けている。それが、ギリーとミーアの未来を振り回す事になると知っていながら。


 とはいえ、今のボクには何を選ぶにしても、責任を取る術が無い。爺ちゃんに守られている内は、ミーアを受け入れる事も出来ないだろう。ならば、今のボクがやるべき事は、一日でも早く独り立ち出来る様になる事だろう。


「爺ちゃんに薬師の成り方を教わるか。自分で金を稼げる様にならないとな……」


 死霊術士ネクロマンサーを目指すだけなら、黒魔術に専念すべきだ。しかし、子供の間は冒険に出れないので、薬師という寄り道も悪く無いだろう。


 それに、薬師と黒魔術のレベルを上げれば、錬金術師を習得出来る。ネクロマンサー用の装備も作れるので、それは決して無駄にならない。


その結論は、結局は先延ばしなのかもしれない。しかし、優柔不断な今のボクには、これ以上の案は思い付かなかった。

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