第7話 アレク、収穫祭の主役となる

 今日は爺ちゃんの付き添いで、村の集会に参加している。そろそろ秋も近いので、収穫祭についての打ち合わせがメインだろう。


 集会所は村長の家である。参加者は各家の代表である男衆。他の参加者は付き添いがおらず、ボクだけが呼ばれた理由は謎だ。まあ、何となく嫌な予感はしているのだが……。


「さて、全員揃った様だな」


 村長のビリーさんが参加者を見渡す。その視線は鋭く、参加者である男衆の背筋が自然と伸びる。


 ビリーさんは白く整った口髭の老人である。歳は爺ちゃんより少し下らしいが、鍛えた体は年を感じさせない。


 若い時は剣士だったらしく、今でもゴブリンやオークを一人で狩っているらしい。上級ジョブの剣豪を習得しているという噂も聞く。


 ちなみに村では鬼の村長、慈悲の賢者と比較されている。このケルト村は、村長と爺ちゃんのツートップで成り立っていると言っても過言では無い。


「では、始めるぞ。まずは収穫祭の件を話してしまおう」


 ビリー村長が低い声で告げる。誰も無駄口を叩かず、その声に耳を傾けていた。村長は意見が無い事を確認し、そのまま話を続ける。


「今年もケイン殿は来てくれるそうだ。収穫祭の三日前に到着予定らしく、いつも通り私の家に泊まって貰うつもりだ」


 その言葉に場の空気が明るくなる。皆は口を閉ざしたままだが、その目を見れば喜んでいるとわかる。


 なお、ビリー村長の言うケインさんは、旅の吟遊詩人の事である。祭りの時期にやって来て、その歌で皆を楽しませてくれる。娯楽の少ないこの村では、旅の話しは村人の貴重な楽しみでもある。


「次に宴で用意される酒だが、皆の寄付のお陰で、去年よりも量が用意出来そうだ。調達を頑張ってくれたハンスにも、皆から労いの言葉を頼む」


 ビリー村長の視線の先には、商人のハンスさんがいた。ハンスさんは照れた様に頭を掻いている。周りの温かい視線が恥ずかしい様だ。


 ……しかし、ボクは本当の事を知っていた。収穫祭の資金は、村人皆が持ち寄った物品の販売によって賄われる。そして、今年の資金の半分は、爺ちゃんの提供した魔法道具による物だ。今年の爺ちゃんは、何故か気合いが入っていた。


「料理については、いつも通りに村の女衆に頼む。肉はウィリアムが、野菜はトムが提供してくれる予定だ。こちらも後程、皆から感謝の言葉を送ってくれ」


 ビリー村長の視線の先には、二人の男が並んで座っていた。一人は寡黙な男性であるウィリアムさん。二十五歳と若いがギリーの父親であり、高レベルの狩人である。


 もう一人は三十過ぎの男性であるトムさん。タイプとしては、気は優しくて力持ちである。働き者の農夫で、村一番の広大な畑を耕している。


 ウィリアムさんは軽く手を上げて、その後はそっと目を閉じる。トムさんは皆に手を振って嬉しそうにしていた。


「そして、最後に祈りを捧げる聖人役だが、今年からアレクに変わって貰う」


「え……?」


 ボクはビリー村長の言葉に口をポカンと開く。聞き間違いかと思ったが、ビリー村長の目は間違いなくボクに向いていた。


「ここ十年はゲイルに任せていたが、そろそろ若い世代に交代する時期だろう。特に反対は無いな?」


「ほっほっほ。ワシもいつポックリ逝くかわからんしのう」


 ゲイルとは爺ちゃんの名前だ。村人皆が賢者様と呼ぶので、時々忘れそうになるが。


 そして、聖人役とは、豊穣神に感謝を捧げる役の事だ。日没と同時に行われるイベントで、聖人役は収穫祭の主役である。ずっと爺ちゃんがやっていたが、まさか五歳時のボクに話が回って来るとは思ってなかった。


「えっと……ボクが聖人役ですか……?」


「そうだ。アレクなら大丈夫だな?」


 ビリー村長は力強く尋ねて来る。その目は断られるとは考えておらず、形式的に尋ねている様に見える。


 ボクは困惑して参加者の皆に目を向ける。爺ちゃんは優しい目でボクを見つめていた。そして、男衆の大半は、ニヤニヤした目でボクを見つめていた。


 なるほど。既にボク以外には根回しが済んでいるという事か……。


「……はい。大役ですが、頑張りたいと思います」


「うむ。アレクはゲイルの子だ。何も心配はいらん」


 ビリー村長は満足気に頷いていた。参加者の男衆も温かい目で手を叩き始めた。ボクは苦笑を浮かべて皆を見返す。これはもう、それだけ期待されてると、前向きに考えるしか無いだろう。


「よし、収穫祭の件はこんな所だろう。次は村での問題についてだ。少し早いが、アレクも参加して行く様に」


 ……いやいや、ボクは五歳児なんですが? 少し早いというレベルでは無いですよね?


 そんなボクの内心等知らず、ビリー村長は話を開始する。爺ちゃん含めた男衆も、当然の様に流れを受け入れていた。まあ、これも村人としての経験なのだろうと、ボクは最後まで話を聞いて行く事にした。

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