第十四話 喧嘩

 学院廊下。

 奇跡のバラの開花を見た喜びから、浮かれた顔でエリカは歩いていた。ふと中庭に目をやると、珍しく一人でベンチに座っているキイチの後姿が目に入る。顔をほころばせ、エリカはキイチに声をかけようとした。


「キイチく……」

「キイチ君!」


 自分とは反対側から一人の吸血鬼の少女が現れ、自分の声に重なるようにキイチを呼ぶ。そのまま少女はキイチのもとへ走っていった。


「はい。忘れ物のノート」

「リイサ、すまない」

「いいの!先生から頼まれてるんだもの」


 ひどく親し気な様子に、エリカの機嫌は急降下する。エリカは二人に近づき、後ろから咳ばらいをした。キイチと少女はすぐに気付き、振り向く。キイチが口を開いた。


「エリカ」

「どうも」


 仏頂面でエリカは返事をする。


「ああ、エリカさん」

「そうだ。君にも紹介しとかないとな」


 キイチは少女の前に手を差し出した。


「リイサ・リーだ。学校内で俺とツルギの案内をしてくれてる」

「リイサ・リーです。エリカさん、お会いできて光栄です」


 リイサは柔らかく笑んだ。だがその笑顔にはどこか嘲笑の色がにじんでいる。エリカだけがそのことに気づいていた。


「どうも」


 エリカはむっとしたまま先ほどと同じ言葉を繰り返す。


「じゃあ、私はこれで。また何かあったら何でも言ってね」

「ああ、ありがとう」


 リイサは立ち上がり、エリカとは対照的な笑顔でキイチに手を振り、去っていった。エリカのことは少しもみなかった。口を開かないエリカにキイチは話しかける。


「なんで立ってるんだよ。座れって」


 無言で座るエリカ。


「ずいぶん仲がいいのね」

「は?」

「リイサさん」

「まあ、親切だからな」


 少しの沈黙。キイチはエリカの意図をはかりかねていた。


「あなたって昔からそう。誰にでもいい顔して。よくないと思うわ」

「なんだよ。やけに突っかかるな」


 エリカはむくれる。


「別に!ただちょっと不誠実だなーって思っただけ」


 何事もゆるく笑ってかわしてしまうキイチだったが、この日は違った。


「不誠実はないだろ。そんなこと言うなら君はどうなんだよ」

「何よ!私は誰かれかまわずへらへらしたりしないわよ!」

「へらへらって……失礼だぞ!」


 キイチの語気が荒くなる。


「あらそう!ごめんなさいね!」

「君こそ不誠実だろ!」

「でたらめ言わないで!私がいつ、誰に対して不誠実だったって言うのよ!」

「今さっき!人間の男と親しそうにしてたろ!」

「あれは……ただの先輩じゃない!」


 どんどんヒートアップしていく両者。


「どうだかな!それこそずいぶん仲がよさそうだったぜ?」

「やめてよ!変な目で見ないで!」

「どっちが!」


 エリカはプイとそっぽを向いた。


「あーもう怒った!婚約破棄よ婚約破棄!」

「ああ上等だよ。そうしようぜ」


 無言でにらみ合う。静かな争いを破ったのはツルギの声だった。


「キイチ!」


 キイチは声の方を振り向く。エリカは唇を引き結び、立ちあがった。


「お、エリカ嬢、お?」


 ツルギには目もくれずエリカはつかつかと去っていく。キイチは不機嫌に頬杖をついた。そんな二人の様子に遠慮がちに近づくツルギ。


「あー、なんかタイミング悪かったか……?」

「別に!」


 吐き捨てるように言う。ツルギは苦笑した後、まじめな表情になり、告げる。


「何があったか知らねえけど、学院長がお呼びだ。行こうぜ」

「学院長が?」


 エリカとキイチのいさかいをよそに、不穏は近づいていた。

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