第二章

第十三話 牢獄

 細い路地裏。曇り空に月だけが時折顔を出していた。

 フードを目深にかぶった女がキョロキョロとしている。シイナだった。同じくフードを被ったツルギが後ろに立つ。シイナは驚いて振り返った。


「おっと」

「気配なく後ろに立つの、やめてください」

「はは。すまない」


 ツルギは笑む。しかし目は笑っていない。


「それで?手に入ったのか?」


 苦々しい顔をしたシイナは、そっとツルギに鍵を渡す。無骨な鈍色の鍵だった。


「私の術で偽物を置いてきました。でも次の巡回までには本物が戻っていないと……」

「充分だ」


 ツルギは再び笑んだ。今度は屈託なく、まるで花束を受け取ったかのように。シイナは目を伏せ、ぎゅっと自分の手を握った。




 牢獄・最下層に向かう螺旋階段。

 時折誰かの叫び声やうめき声が聞こえている中、クロスビーは階段を下りていた。後ろにはツルギがついている。


「お前は本当に使えるな」

「ありがとうございます」

「この鍵だって、一筋縄ではいかんだろう」

「優秀な協力者がおりますので……」

「飼い犬か」


 ツルギは薄く笑う。


「どちらかといえば猫ですね」

「……まあいい。手を噛まれんよう気を付けることだな」


 最下層につくと、一つしかない独房の前で二人は止まる。


「この間違った世界を正すためなら、私は手段を選ばない」

「存じております」

「今度こそ思い出させよう。我らに必要なのは融和ではない。闘争だ」


 その独房の中で、双眸が怪しく光った。




 学院廊下。

 授業道具の他に小さな懐中電灯のようなものを持ったエリカとシイナが歩いている。


「小型対吸血鬼用日光灯?」

「そ。お父様の研究の試作品よ。大型のものはもう各地に出回ってるけど、小型化したものは初めてだそうで。はいこれ。一本はエリカにって」

「それってすごい物じゃない。頂いちゃっていいの?」

「良いんじゃない?キイチ君に襲われたら使いなさいよ」

「な、何言ってるのよ!」

「あ、そうか。襲われたっていいんだもんね」

「ちが、ばか!ばか!」

「お、噂をすれば」


 シイナの視線の先、吸血鬼や人間の少女たちがキイチの周りを取り囲んでいた。「キイチ様」という黄色い声が飛び交っている。遠巻きに眺めるエリカとシイナ。


「なにあれ」

「何ってあなたの旦那様でしょ?聞いてはいたけどほんとにすごい人気ね」

「……」

「吸血鬼だけじゃなく人間もいるんだ……まああのルックスなら当然よね」

「バッカみたい。何がキイチ様よ」

「おー、やはり奥方的には面白くないですか?」

「違うわよ!!虫みたいに群がって馬鹿みたいって言ってるの!!」


 立ち止まっていたエリカ、つかつかと歩きだす。シイナはそれについていく。その時、男の声がエリカを呼んだ。


「エリカ!」


 足を止める二人。振り向いたエリカは優しく微笑んだ。


「ミチル会長。おはようございます」


 ミチルと呼ばれた少年はエリカのところへ走り寄る。


「聞いてくれ!オーシャンローズがついに咲いたんだ!」

「え!ほんとですか!」

「うん!今から来れるか?」

「もちろんです!シイナも来るでしょ?」


 嬉しそうにシイナの方を向くエリカに、シイナは手の甲を振った。


「はいはい。私は歩いていくから、とっとと行きなよ」


 走っていくエリカを見送るシイナは、ほんの少し寂しげだった。




 植物園。

 沢山の草花が咲いている園の一角。毒々しい色形ばかりが集められたビニールハウスがあった。ミチルとエリカは顔を寄せ合い、一つの植木に咲いた深い海色のバラを見ている。


「ほら、一輪だけど確かに咲いてるだろ?」

「ほんとだ……やりましたね」

「ああ、これで我ら二人だけの毒物同好会も特例で部に昇格できる!」

「早速毒の生成に取り掛かりましょうよ!私もう待ちきれません!」


 かさりと音がし、シイナが入ってきた。


「失礼しまーす」

「シイナ!見て!綺麗でしょ?」

「確かにすっごくきれい。でもすごいんでしょ?」


 シイナは探るような目でエリカを見る。


「そう!これは古代に失われたとされた人間にとって最悪の毒草なの!それをこの!我らがミチル会長が!復元術で復元させたのよ!!」

「いや、エリカの支援あってこそだよ。復元術のための資料集めや失敗にめげない精神力、僕一人じゃ絶対に不可能だった」


 そっと、両手でエリカの手を取ると、ミチルはにっこりと笑いかけた。


「ミチル会長……」

「ふふ。これからは部長さ」

「はい!ミチル部長!」

「はいはい」


 あきれ顔のシイナを横に、毒物部はキラキラの瞳でバラを見つめる。そんな一行に、刺すような視線を送る男が一人。キイチだった。人間なら遠くて見えないだろう園の外から、不愉快を隠そうともせずにエリカとミチルを睨んでいた。

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