第十一話 倉庫の攻防

 倉庫の中。

 いくつもの棚とたくさんのものでごちゃごちゃしている。バルフォアは乱暴に戸を開けて走りこむ。数秒の後、キイチも入ってくる。手のひらの痛みで一瞬走り出すのが遅れたが、吸血鬼の身体能力は高く、追いつくのは容易だった。いや、キイチは意図してバルフォアをこの倉庫へ追い込んでいた。


「頭のおかしい卑怯者だと……それはお前らだろう」


 それに気づいてか、バルフォアは髪を振り乱してうめいた。


「そうだなあ……」

「ストレンジャーを利用する悪魔」


 キイチはコキコキと首を回し、挑発するように牙を出す。


「汚らわしい吸血鬼風情が」


 バルフォアの罵倒をものともせずキイチはへらりとした。


「エリカの呪いを解け。それが今の貴公の最善。よろしいかなバルフォア教授?」


 唇をわななかせ、バルフォアはキイチに吐き捨てる。


「彼女は眠り続ける!みじめさに悶えろ吸血鬼……!」

「……呪術の解き方は二通りある。一つは術者に解かせること。もう一つは、術者を殺すこと」


 棚の陰に隠れ、バルフォアの視界からキイチが消えた。バルフォアは影に向かって言う。


「どちらも不可能」

「ほう」

「私は呪いを解かないし、殺されない」


 バルフォアは既に逃走のための術を使っていた。行使に時間はかかるがあと数分逃げ切ればこの忌々しい吸血鬼から逃れられる。そう思っていた。


「呪術の解き方は二通りだが……人の死に方は星の数。俺は貴公にふさわしい死に方を知っている」

「血迷ったか?吸血鬼になにができ……」


 棚の影からキイチが出てくる。目を見開き、バルフォアは青ざめた。キイチは冷たく微笑する。その手には、バルフォアの紋と同じ紋が刀身に入った刀が握られていた。


「アトウッド卿をご存知かな?」

「アト……アトウッド!」

「彼から頂いた。エリカの為ならと」

「うそだ……」

「呪術師が呪い殺される。まさしく喜劇」

「うそだ……うそだ……」


 キイチは刀身の紋を見つめる。


「貴公の創った呪いを復元したものだそうだ。……呪術の解き方は二通り。お分かりだろう」


 バルフォアの息をのむ音が倉庫にこだました。


「自分で呪いを解くか、自殺するか。どちらも不可能。即座に眠ってしまうから」

「だからなんだ! 呪われなければいい! 貫けなければ同じこと!」

「お顔色が優れないようだが?」

「だまれ!」


 ぶるぶると震えながら吠える。その時バルフォアの手のひらが光だした。バルフォアはいびつな笑みを浮かべる。時間が来た。その手のひらを床に着ければ、別の場所に移動できる。勝った。瞬間、バルフォアの背後にキイチが現れる。勝ちを確信して隙が出来たバルフォアの動きを封じ、背中に刀を突き付ける。


「吸血鬼は背中を狙う。術師の核である、掌の届かない場所だから」

「馬鹿な」


 バルフォアは混乱し、二人のキイチを見比べた。バルフォアの目の前に立ったキイチは、顔に掌をかざした。すると顔が一瞬のうちに変化する。にやけ顔のツルギだった。


「うまいもんだろ?」

「ふざけんなもっと紳士だ」

「馬鹿な、馬鹿な」


 うろたえるバルフォア。


「吸血鬼が気配を変えるなど……」


 ツルギが小さく笑い、バルフォアの疑問に答える。


「シイナ嬢のご趣味だそうで」

「シイナ……?シイナ・ユーステス!」

「そう」

「ユーステスは……保守思想のはず……吸血鬼に協力するなど……!」

「彼女は彼女だ。家の持ち物じゃない」


 ツルギの言葉には、不思議な強さがあった。バルフォアの体から力が抜ける。


「吸血鬼風情に、追い詰められたのか。この私が」

「吸血鬼に追い詰められたわけじゃないだろ」


 バルフォアは怪訝そうな顔をした。キイチが言う。


「アトウッド卿にシイナ嬢、二人が協力したのはエリカのため……人間に、ストレンジャーに追い詰められた。皮肉だな?」


 ニッと、屈託なくキイチは笑う。バルフォアの、狂ったような笑い声が倉庫に響きわたった。




 ブラッド邸廊下、客間の前

 歩いていたキイチは部屋の外で止まる。その時ちょうど部屋からシイナが出てきた。


「……エリカは?」

「大丈夫です。まだ目覚めてはいないけど、解呪を確認しました」


 ほっとしてキイチは目を伏せた。シイナはにっこりと笑む。和やかな空気を破ったのは焦りが混じったツルギの声だった。


「キイチ!」


 息を切らせて走ってきたツルギは一瞬シイナを見たあと、すぐキイチに目線を戻した。


「来い」


 もと来た方へ走り出す。キイチはシイナに一礼するとツルギの後を追い始めた。二人を見送るシイナはなぜか無表情で、そこから感情を読み取ることは難しかった。

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