第八話 呪術師、アトウッド

 石造りの古城。学院よりも古ぼけており、不気味な雰囲気が漂っている。

 相変わらずの曇天の中、シイナとキイチ、ツルギは扉の前に立っていた。


「アトウッドおじ様。シイナです」


 シイナの声がこだまする。


「……一つづつ、鍵を持って入りなさい」


 しわがれた男性の声が響いた。シイナは一礼し、扉に拳を当てる。しばらくして拳を扉から離し、手を開いて確認する。


「やっぱりおじ様、あなた方のことご存知みたい」


 振り向いたシイナは掌をキイチとツルギに見せる。掌の上には3つの鍵が置かれていた。ツルギが感心して言う。


「面白い手品だ」

「手品ではありません。これはお二人の分です」


 シイナは二人に鍵をひとつづつ渡す。


「どうも」


 首を傾げつつキイチは鍵を受け取った。


「この家にいるために必要なものです。無くされませんよう」


 キイチとツルギは突如現れたその鍵をしげしげと眺める。


「……おじ様が持っていろっておっしゃったものはとにかく持っていないと。色々あるけど、何より彼の機嫌を損ねますわよ」

「なるほど」


 頷き、鍵を胸ポケットにしまう二人。




 広く、本や物でごった返している書斎。

 シイナは勢いよく扉を開けた。シイナの後ろの二人は、全力疾走した後のように息が切れている。


「おじ様、シイナです」


 シイナの目の前にいきなりローブ姿の男性が現れた。この男こそが高名な呪術師レイ・アトウッドである。


「……いらっしゃい。少し見ないうちに……また綺麗になったかな……?」


 シイナは優しくほほ笑む。アトウッドはキイチとツルギの方を向いた。


「……吸血鬼諸兄も、いらっしゃい。よく来たものだ……」


 顔を上げ、礼をする二人。アトウッドはきびすをかえし、部屋の中へ歩いていく。シイナもそれに続いた。キイチはツルギに小声で話しかける。


「不思議な家だな……」

「歩いても歩いても着かなかった……明らかに外観より広く感じたぜ?」


 ふいにアトウッドが振り向く。


「吸血鬼諸兄には少し長く歩かせたが……楽しかったろう?」


 少し驚いてキイチが返す。


「失礼。聞こえましたか」

「そんな大声で話されればな……」


 くつくつと笑った。


「……シイナ、君はすまないが向うの部屋へ……チョコレートを用意したよ……」


 一瞬目を伏せるが、シイナはすぐにアトウッドへ笑顔を見せる。


「分かりました。おじ様、あまりお二人のこといじめないでね。エリカの命がかかっていますから」


 キイチとツルギの方に振り向き、一礼すると、入った扉とは別の扉から出ていく。


「……別にいじめてないよ……」


 キイチとツルギはいつの間にか椅子に座らされていた。座ったという感覚もないまま。アトウッドはテーブルを挟み、向かいに座っている。驚く二人を無視し、アトウッドは一枚の写真をテーブルに放り投げた。写真はぶれていたが、クロスビーが写っている。


「細かい話は抜きにしよう……。気持ちの悪い敬語はいらない……。エリカを呪ったものの話をせねば……」


 キイチは写真を手に取った。


「吸血鬼撲滅過激派の男だ……。黒幕は十中八九そいつだ……」

「……こいつを捕まえれば?」


 写真からアトウッドに視線を移すキイチ。


「いいや、術をかけたのは別の術師だろう……。そいつは表に出ない……」


 いつの間にかテーブルの上に紅茶の入ったティーカップとお菓子が出されている。もはや驚かないツルギ、言葉を返す。


「自らの手は汚さないと?」

「そうさ。卑怯者だ……」


 アトウッドは紅茶を飲んだ。


「エリカの傷口に……紋が出ていたろう。同じ紋が、掌に……入っているはずだ」

「知っている。だが傷口と違って掌の紋は、俺達には見えない」


 アトウッドは乱暴にティーカップをソーサーに戻し、笑う。


「簡単だ……触れてみればいい。紋の形にただれる……」


 ツルギが反発する。


「正気か?」

「吸血鬼の皮膚感覚は人よりずっと鋭い……痛いだろうなあ……」

「……」


 キイチとツルギを見つめるアトウッド。


「だが……なんのリスクも負わずに術を解きたいと?」


 ツルギの前のティーカップがひとりでに割れる。


「……分かった。触れればいいんだな。だが相手の居場所がわからない」


 キイチの言葉にアトウッドはゆっくりと頷いた。


「式典で……エリカの偽物を立てろ……」


 ツルギはふてぶてしく机に頬杖をつく。キイチは横目でシイナの出ていった扉を見た後、アトウッドを見て答えた。


「偽物……当てはあるが、なぜ?」

「術師は……己が術に誇りを持っている。術が失敗したとなれば、必ずもう一度術をかけにくる……絶対に」

「そんなに上手くいくものか?」


 吹き出すようにアトウッドは笑う。


「来るさ……。術師ほど単純で愚かな生き物はない」

「あんたも術師だろ……」


 ツルギの言葉は聞こえないといった風で、いつの間にか席を立っているアトウッドは、窓のそばに立った。


「エリカ・ストレンジャーは……気高く優しい。我らストレンジャーの、光だ……彼女を助けられなければ、私がお前たちを呪おう……」


 またもいつの間にか、テーブルの上に大きな箱が置かれている。さらにまたも、アトウッドは一瞬で元居た椅子に戻っている。ツルギはため息をついた。


「開けろ……」


 キイチは胸ポケットから鍵を取り出し、箱を開けた。


「!」

「呪術の解法は二通り……。術者に解かせるか、術者を殺すか……」


 じっとアトウッドをみるキイチ。


「どちらにせよ役に立つだろう?私の手製だ……」

「……感謝する。エリカは必ず助ける」


 笑いつつアトウッドは消える。文字通り、霧のように。


「若いなあ……若い若い……」


 その瞬間、キイチの隣の椅子にシイナが現れた。


「あら。お話終わったんですの?」


 シイナは慣れているのか突然の現象にも驚くそぶりはない。キイチが力強く答える。


「ええ」


 箱を抱え、キイチはゆっくり立ち上がる。ニヤリと笑いシイナに言った。


「攻めましょう」


 その言葉にツルギは小さく笑み、シイナはキョトンとしている。やっと反撃の手立てが見つかったと、キイチは内心踊りだしたい心地だった。

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