第七話 シイナ・ユーステスの協力

 ブラッド邸、客間。

 ベッドに横たわり、エリカは死んだように眠っている。キイチはベッド脇で椅子に掛け、そんなエリカを見つめていた。


「エリカ……」


 静寂があたりを包む。キイチは動かないエリカに少しずつ顔を寄せた。瞬間、勢いよく扉が開き、シイナが部屋に入ってくる。キイチはバッと顔を上げた。エリカに行おうとしていた不貞がバレたようで気まずかった。


「エリカ!」


 シイナはベッドへ走り寄る。


「エリカ……どうして……」


 そのままエリカに触れようとするシイナをキイチは制止し、幾分威圧的な口調で告げた。


「失礼。貴方は?」


 シイナはハッとして一歩下がり、一礼した。


「……ごめんなさい。父からエリカが倒れたと聞いたもので……エリカの友人のシイナ・ユーステスと申します。」

「ユーステス……式典の中心人物!」

「ええ。……ですから極秘事項であるエリカの不調も耳に入りますわ」

「なるほど」


 キイチは一歩下がった。シイナはそれをみて一礼し、エリカに近づく。


「半信半疑だったけど、本当なんですのね」


 ガラス細工に触れるようにそっとエリカの頬に触れる。


「これは呪術だわ」


 シイナの声には静かな驚きがあった。キイチはシイナを見る。


「分かりますか」


 キイチの方は向かず、シイナは薄く笑った。


「当然でしょう」


 本当に人間のことを何も知らないのだ。こんな男に大切な親友を任せようとしていたのか。いとおしそうに、切なそうにシイナはエリカの髪を撫でる。


「……私と友人は今、術をかけた呪術師を探しています」

「ええ。存じています」


 シイナはキイチの方を見ないで答える。


「非常に情けないお話ですが、我々では呪術の知識が足りません」


 シイナは振り向くとキョトンとした顔でキイチを見る。真っ直ぐシイナを見ているキイチ。


「お力添えを頂けませんか」


 一瞬驚いた顔をした後、目を伏せる。


「……あなたは傲慢だわ。だけどエリカを思う気持ちは本物だって……今は信じます」


 エリカの髪をもう一度撫でると、シイナはキイチの方に向きなおった。


「私にできることならなんなりと。エリカは大事な親友ですから」


 にっこりと笑う。その笑顔に込められた様々な感情を推し量ることは、今のキイチには難しかった。

 ちょうどその時、ツルギが客間の扉をゆっくりと開けた。入口に立ったツルギはシイナとキイチを交互に見るとニヤリとして言った。


「……浮気?」

「馬鹿」


 シイナは微笑んだ。




 三人はキイチの部屋に移動した。それぞれ椅子に掛ける。口火を切ったのはシイナだった。


「まず、私が呪術のことをお二人に話したということはどうかご内密にお願いします」


 ツルギは薄く笑い問う。


「ユーステス卿といえば保守派で有名ですからね。だがそんなユーステス卿がなぜ両種族友好の式典の中心人物に?」

「簡単だ。彼が中心となった研究へ多額の寄付をしているのがブラッドなんだよ」

「なるほど」

「……そういうわけです。繰り返すようですがどうかご内密に」


 キイチが頷く。


「もちろん。秘密は守ります」


 シイナもそれを聞いて頷いた。


「まず呪術とは、人間が吸血鬼に対抗するために編み出した術です。術によって様々な効果がかけられたものに現れます。術をかけられると体の一部に紋が現れます。ここまではおそらくご存じでしょう。そしてその解き方も」


 キイチとツルギはほとんど同時に頷き、答えた。


「呪術の解き方は二通りしかない。術者にとかせるか、あるいは」

「術者を殺すか……」


 二人の言葉にシイナは目を伏せる。


「正確にはそれだけではないのですが、おおむねその通りです。お二人が知らないのはその仕組みでしょう。呪術は手のひら、もしくは手のひらに触れた何かを介してかけられます。剣や銃の弾などですね。術をかけている間、術者の手のひらにはかけられたものの体に浮かんだ紋と同じ紋が浮かび上がります。つまり」

「エリカの体に浮かんだ紋が手のひらに出ている人間を探し出せばいい?」


 キイチの瞳に希望がともる。


「その通りです。でも、その……」


 歯切れの悪いシイナにキイチとツルギは首を傾げた。


「手のひらの紋は見えないんですの。研鑽を積んだ呪術師には見えますが、普通の人間や、まして吸血鬼ともなれば、目視は不可能でしょう。そしてごめんなさい。私が呪術についてお話できるのはこのくらいなんです。呪術は不得意で……」


 キイチとツルギの間に落胆の空気が流れる。それを察し、シイナが慌てて言葉を紡ぐ。


「でも身内に呪術に詳しいものがおります。ご紹介しましょう」


 新たな希望にキイチの瞳が揺らぐ。


「ありがとうございます。助かります」

「ただ……」

「?」

「気難しい方です。くれぐれも粗相のないようお願いしたいわ」

「気難しい?」

「気難しいというか、その、少し変わったところのある方ですの。悪い人ではないのですけど」


 困惑しつつキイチは答える。


「え、ええ。分かりました」

「では早速まいりましょう」


 シイナが立ち上がったのに続いてキイチとツルギも立ち上がる。変わり者だろうが何だろうが絶対に話を聞く、キイチはそう決意していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る