第四話 パーティーの夜
ブラッド邸、絢爛な装飾の施された広間は人でごった返している。立食形式のパーティーだ。キイチの父親、ショウ・ブラッドがグラスを掲げ告げた。
「本日は息子のためにお集まりいただき大変感謝する。存分に味わってくれ」
拍手が方々から沸き上がった。
「……」
そんな和やかなムードに似合わぬしかめ面の少女が一人、エリカだった。オフショルダーの深紅のドレスを着て、隅で腕を組んでいる。隣に立っているキイチはくつくつと笑う。
人の多さに耐えきれず、エリカは酸素を求めるようにバルコニーへ出てきた。ぼんやりと空を見つめる。館内からキイチはエリカを見つけ、ニヤリと笑ってバルコニーへと出てきた。
「よお」
キイチは手すりを背もたれにエリカへ話しかけた。エリカは空を見たままどうでもよさそうに答える。
「あなた主役でしょ?こんなところにいちゃダメなんじゃない?」
「……」
「ちょっと!」
キイチの方を向くエリカ。それが合図だったかのようにキイチはエリカに顔を寄せる。エリカは驚いて身を引いた。
「な、なによ……」
「似合ってるよ。ドレス」
身に着けたドレスのように真っ赤になった。
「はあ?! 馬鹿じゃないの!」
キイチは不服そうな表情で少しだけ顔を伏せ、笑う。
「少しは笑ってくれよ」
「……」
真っ直ぐエリカを見る。この男に見つめられるのが昔から苦手だった。吸い込まれそうな深い翡翠の瞳に気がふれそうだと何度も思った。エリカは耐え切れずパッと顔を背け、拳を握りしめる。
「エリカ?」
「お、お披露目はまだなの?」
言ってからしまったと思った。言わなくてもいいことを言っている。だがもう止まらない。
「お披露目?」
「あ、新しい許嫁。いるんでしょ?」
キイチは目を丸くした。
「いるわけないだろ。君がいるんだから」
「……」
「なんだかとげとげしいな」
「どうも」
エリカは唇をかんだ。もとはといえばこの男のせいなのに。カエルを渡して私の心を踏みにじったくせに。言葉に出すことはできず涙だけがこみ上げてくる。
「俺なにかしたか?」
エリカは驚いてキイチを見た。
「なに、いってるの?」
「なにって、何?」
「送別会のこと……まさか忘れたの?」
「送別会って? 7年前か?」
「は……」
「よくそんな昔のこと覚えてるな。尊敬するよ」
俯き、先ほどよりもずっと強く唇をかんだ。
「それで? 7年前に何か?」
エリカの手のひらがキイチの頬を打つ。パアンというよく通る音がバルコニーに響いた。
「大っ嫌い!!呪ってやるから!!」
涙を流しながら走り去る。
「おい!」
まさかビンタが飛んでくるとは思わず、一瞬あっけにとられたその隙にエリカはもう見えなくなっていた。
色とりどりのバラが咲き誇る中庭。その隅でうずくまり、エリカは泣いていた。許せなかった。悔しかった。様々な感情がとめどなく涙となってあふれる。そんなエリカに、音もなく闇は迫っていた。ノイズ交じりの耳障りで不気味な声があたりにこだまする。
「悲しいなあ……」
驚いて立ち上がりエリカは辺りを見回す。が、誰もいない。
「……なに?」
「かわいそうなエリカ……」
「だれ、なに……?なに?」
エリカはぐるぐると周りを見た。不安だけが可視化されているようだった。
「故郷亡きストレンジャー……」
その言葉を聞いた瞬間、エリカはキッと目を吊り上げた。故郷亡きストレンジャー、戦争で故郷を失って流れてきた者たちを指す蔑称である。そんな単語を今もエリカが苗字として使っているのは、戦争を風化させまいとストレンジャーを苗字とした母の意思を継いでだった。
「無礼者!何者です!どこにいる!!」
「かわいそうなエリカ……」
「黙りなさい!黙れ!!」
エリカは喚く。瞬間、背後からエリカの肩口を剣が貫いた。
「え?」
引き抜かれる剣。血は出ず、傷もない。態勢を崩し、エリカは仰向けに倒れ込む。どんどん目の焦点が定まらなくなっていった。
「なにこれ……」
いつの間にか姿を現したローブ姿のバルフォアは剣を手にしたまま、倒れるエリカをうす笑いで見つめていた。
「エリカ」
エリカ、目を閉じ、眠りに落ちていく。
「故郷亡き、ストレンジャー」
横たわったエリカの頬を涙が伝う。
「キイチくん……」
エリカの全身から力が抜けた。
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