アズマ国――後編

「こんな子供に危ない事をさせる気なの⁉」

「子供ではない。城主だ。過去から連なる者が償えばよいのなら、こやつで良いだろう。巫女の元まで運んでやる。乗れ」

「でも……!」

 しかしヒエイが反論しようとする手を、幼い城主が掴んで止めた。


「僕にできる事があるならやりたい」

 その幼い城主は、真っ直ぐにそう言ったのだ。それでもヒエイが迷っていると「父さんなら絶対に謝ったりしないよ」と付け加えた。

 それを聞いてヒエイは頷く。


「分かったわ、城主様。必ず私が守るから。詳しい話は向かいながらするわね」

 そしてヒエイは幼い城主と共にコドラの背に乗り、千年前の巫女の話をした。「それでも巫女は本気で人々の平和を願っている愚かな奴なのだ」とコドラが言うと、城主ははらはらと涙を溢した。

「今からでも間に合うのなら、幸せになって欲しい」

 そして城主は祈るように呟いた。


 空からは雹が降り始めている。コドラの降らせる雹には、どんどんと魔素が詰め込まれて輝きを放っている。

 どんどんと吸収されていく青炎龍は、まるで泣き叫ぶように暴れている。

「でも、どうやって声を届かせたらいいんだろう?」

 ヒエイがコドラに聞くと、コドラは中に入るしかないだろうな、と答える。

「キビキが、中に人の姿のままの巫女がいたと言っておったのだ」

 話を聞くうちに、ヒエイたちは酔いどれ森の上空に着いていた。


 ヒエイは覚悟を決める。

 たくさんのクズたちに出会った。けれど、たくさんの優しい人たちにも出会ったのだ。

 父の事は許せない。町の人たちの事だって、先輩たちの事だって許せない。それでも守りたいのは優しい仲間たちが笑いかけてくれる毎日。

 だからヒエイは幼い城主を腕に抱え、青炎龍の口の中へと飛び込む。

 落ちていく中で、怪鳥に襲われて魔術鎧が外れた。



「お兄さん、大丈夫? って……え! お姉さん⁉」

「そうよ。あれは魔術鎧で男になってただけだもの。あなたの城って女には試験も受けさせてくれないのよ。それより探すわよ」

 ヒエイはそう言ったけれど、どこをどう進めばいいか分からなかった。そこには道なんてないからだ。

 ただ重苦しい青色が立ち込めているだけ。


「巫女様! コガネ城の城主様を連れてきたわよ!」

 ヒエイが叫ぶと、途端に青色が波のように騒ぎ始める。

 そして、すぐに波間から白い着物の巫女の姿が現れた。


「違う……あなたじゃない……」

 巫女は言葉を溢し、首を横に振る。

「今は僕がコガネ城の城主です。あなたを長いこと縛ってしまってすみませんでした。どうか、もう自由になって下さい」

 幼い城主は必死に頭を下げる。


 するとそれを見ていた巫女は「もういらないの?」と聞いた。

「ずっと祈っていたの。おかげで私は人でもなくなってしまったじゃない。帰る場所もないのに……なんで……何が自由よ!」

 巫女が怒鳴り声を上げると、波が鞭のようにヒエイたちの体を打つ。その波から、ヒエイは必死に幼い城主を守った。


 この幼い不遇な城主は今、大人たちの尻ぬぐいをしようと震える足で懸命に立っているのだ。この子だって幸せになれなきゃ、とヒエイは痛みに耐える。


「私たちがいるわ! 酔いどれ森にはたくさんの仲間がいるの。皆つらい思いをしたり苦しんだりして森に集まったのよ。だから一緒に酔いどれ森で暮らしましょう!」


 届け、届け。あなたは一人じゃないとヒエイは叫んだ。

 それを聞きながら、巫女は魔素の海の中で泣き叫ぶ。


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