アズマ国――前編
激化する戦いの中、増すばかりの青炎龍の怒りにこのままでは勝ち目がないと気付いたヒエイはコガネ城に向かって走っていた。
直してもらった魔術鎧によって姿は男になっているし、サツマに稽古をつけてもらった事もしっかりとヒエイの身についている。けれどそんな事ではどうにもならないほどの魔物たちが、水壁を越え始めていた。
しかし戦うすべのない人々の避難は完了しつつある。家が吹き飛び城が崩れても、例え大地が抉れても生きてさえいれば何とかなる。
これまで何度も苦しい思いをしてその度に立ち上がってきたからこそ、ヒエイはこんな時にも強かに生きられる。
「絶対に謝らせるから」
ヒエイは呟き、戦火を掻き分けてコガネ城へ急ぐ。
巫女がいたのがアズマ国ならば、彼女に行けと命じたのは最も酔いどれ森に近いコガネ城だっただろう。
そこに関係者が生きていなくとも、コガネ城の城主が頭を下げるならば怒りは収まるかもしれないと考えたのだ。
巫女は救われなければいけないと、ヒエイは強く思う。
汚い城主たちは断罪されなければならないと、疑うべくもなく思う。
それは一本の線だ。そして曲がれない剣のようだ。
悪がはっきりとしていて、そこに正しさがある。しかし本当に城主らは悪だろうかと首を傾げたくなるのも事実だ。
もう誰も、その時の事を知らないのだから。
ヒエイはそんな矛盾を抱えながら、久しぶりにコガネ城の城門をくぐる。
城内は閑散としていた。青い炎も中までは入ってきていないけれど、魔物たちはそこかしこで暴れている。
城の壁などはゴソッと落ちてしまっていて、外にいるのと大差ないほどだ。
おかしいな、とヒエイは思った。
こんな状況なら城主を守るために護衛が多くいてもいいはずなのに、一人もいないのだ。
「もう逃げたの?」
そう考え、すぐにそれを否定する。
今ここから逃げればそれは城を、城主の地位を捨てる事と同じ。普段から土地の奪い合いばかりしているのだから、別の拠点なんかあるはずがない。
だと言うのにこれはどういう事だ? とヒエイは不気味に思う。
考えながら走るうちに、あっという間に城主の間に着いた。
ヒエイは襖を乱暴に開ける。
そこには齢十ほどの男の子が、恐怖に開ききった目をして震えながら座っていた。
それを守るのはたった一人、槍を構える老年の男のみ。
「城主はどこよ!」
ヒエイが聞くと、老年の男は荒く息をしながら答えた。
「目の前におられる」
「バカ言わないで! あの吊り上がった目のロクデナシはどこかって聞いてるの!」
「先代は先ほど退任なされた。現在は先代の御子息が城主である」
老年の男は淡々とそう告げた。ヒエイは返す言葉が探せずに立ち尽くす。
「どこまでもクズなのね……」
きっと、この大災害が終わったら返り咲くつもりなのだろう。
一瞬、ヒエイはこんな世の中は壊れてしまえばいいのではないかと思った。
救う価値などどこにあるのだろうか?
そう思うと、涙さえ出てこない。
どうしたらいいものかと困っていると、大きく壁を失っている城主の間に白龍がやって来た。コドラだ。
コドラは青炎龍を抱えて出てきた時の半分ほどの大きさだった。
それでも幼い城主と老年の男は腰を抜かしている。
「コドラが頼りなのに、こんな所に何しに来たのよ」
「サツマが精霊のような力の宿る大剣を持って戻ったのだ。キビキもやって来たドワーフたちを守って戦っている。なので半身だけ置いて来た」
コドラは言う。
「見定めに来たの?」
「いや。お前はここで何をしているのだ?」
コドラに聞かれ、ヒエイは城主に謝らせようという考えを話した。するとコドラは「なるほど」と呟く。
「試してみる価値はあるかもしれんな」
「でも、その城主が逃げたのよ」
「何を言っておる。目の前にいるではないか。今はそやつが城主だろう」
コドラは言って、じっと幼い城主を見る。
その子供は震えていた。しかしコドラが敵ではないと気付いたのか、佇まいを正ししっかりとその目を見返す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます