エルフ

 モロコはシラハナの背に乗り、ニシン国の運河街へ急いでいた。

 酔いどれ森を中心に空を隠していた黒雲は、そこから離れると嘘のように消えた。

「モロコさん。どの辺りに下りますか?」

「一番でっかくて人が多い街に下りてくれたらいいさ。そこなら間違いなくいるだろうからね」

 モロコは返事をし、苦虫をかみ潰したような顔をした。


「あの……魔物たちに協力を求めに行くんじゃありませんでしたっけ?」

「そうさ。でも他の天馬たちが仲間を呼びに行ってくれてるしね、アタイは一石二鳥の援軍を呼びに来たんだよ」

「一石二鳥というのは?」


「エルフさ。アタイたちは伊達に長生きしてないんだよ。暇を持て余して武芸を極めようとするからね。弓に剣術、杖術に格闘術なんて色々いるんだ。まぁ、それもアタイが群れを追い出された原因なんだけどね」


 モロコは、自分はどんな武芸もからっきしダメだったのだと言った。

「なるほどですね。エルフの商団ならもとより魔物に乗って移動していますし、確かに強力な援軍になりそうですね!」

「そうさ。まぁ、アタイの話を聞いてくれたらだけどね」

 モロコはそっと俯き、唇を噛む。

「そろそろ下りますよ」

 シラハナは雷鳴を遠くに背負い、運河街の中心部へと下りていく。


 そこは大きな川を中心に、細い水路が無数に広がる水の街だ。立ち並ぶ店も暮らす人たちの数も他に類を見ないほど。

 けれど今は路上の人々は足を止め、不安そうに黒雲に覆われる酔いどれ森の方を見ている。いつもの活気が見る影もない。


「ニシン国に向かうらしいって噂を聞いたから、この街にいるだろうさ」

「どなたか、お探しの方がいるんですか?」


「まぁね。髪に大輪のバラを咲かせた女エルフでね、アタイの姉なのさ。あんな性悪は見た事ないけど、サラマンダーを一人一体も使役してるのなんてアイツらくらいなのさ。背に腹は代えられないだろう?」


 そう言ってモロコが視線を彷徨わせると、一箇所だけ人だかりができているのを見つけた。その後ろにはレンガ造りの魔物小屋があり、赤く光を放っている。

「見つけた。派手に行くからね。シラハナはサラマンダーたちを手懐けるんだよ。絶対に断らせないからね」

 モロコはそう言い、シラハナの背に乗って人目を引きながらその場に向かった。


「姉ちゃん! 姉ちゃん! モロコだよ!」

「モ、モロコ⁉」

 モロコが涙を流しながら人波を掻き分けて近づくと、バラ髪の姉は目を見開いた。

 モロコに慕われるはずがない事は自分が一番分かっているのだろう。何かあるとは思うけれど、お客がいて下手な態度も取れない。


「姉ちゃん、大変だよ! 酔いどれ森から大災害が始まったのさ! 人のために千年も祈り続けた巫女が龍になって暴れてるんだ! その青い炎は触れる者の心を焼き、記憶を消し去る。そして心の傷を抉る言葉を囁いて魔物たちを暴走させてるんだ!」


「そ、そう……」

 モロコの姉は無難な言葉を探すように視線を泳がせた。

 そこには、もうシラハナの姿はない。魔物小屋にいるサラマンダーたちの元へ向かったのだろうと思い、モロコは今に集中する。


「周辺の町はもうめちゃくちゃさ! 助けてよ、姉ちゃん!」

 モロコはここぞとばかりに泣き叫ぶ。そして哀れそうに地面に膝をついて見せた。

「私たちに、そんな力は……」

 断ろうとする姉を遮り、モロコは取り囲むお客の心に訴えるように続ける。


「エルフ一の武芸の腕を持っている姉ちゃんたちが来てくれなきゃ、魔物が溢れてこの世は地獄絵図さ! サラマンダーたちをこんなに連れてるのなんて姉ちゃんたちだけだし、アタイだけじゃ……ダメなんだよ。助けてよ、姉ちゃん……」


 モロコが肩を震わせると、集まっている人たちはザワつき始める。

 そこへ折りよく、サラマンダーたちを率いたシラハナがやって来た。サラマンダーたちの瞳はやる気に満ち、尾の先で揺れる炎もなおさら赤く燃える。

 姉は小さく溜め息を吐いた。

 そしてこちらもモロコに負けず演技的に答える。


「どうして一人で戦ったりするんですの? もっと早く頼りなさいな。大事な家族じゃないの。皆さん! 行きますわよ。荷台と商品はこちらの国の方々に預けます」

 すると割れんばかりの歓声が上がった。

 そしてモロコとシラハナを先頭に、エルフたちが戦場へ向かう。



 空の上、稲光を見つめながら隣を飛ぶモロコの姉はキッとモロコを睨む。そして「やってくれたわね」と、先ほどとは似ても似つかない声で言う。

「いいじゃないのさ。勝てば勇者。この先どこへ行っても商売繁盛」

「簡単に言ってくれるわね」


「簡単じゃないよ。酔いどれ森から始まった大災害は本当の事なんだからね。千年巫女の話も、青い炎の話も本当さ。どのみち勝たなきゃ商売なんてできたもんじゃないよ」


 フン、と姉は鼻を鳴らす。

「……謝らないわよ。アンタが異端だったのは確かだし」

「別に今さら謝って欲しいなんて思ってないさ」

 少し自信がなさそうに揺れた声を意外に思いながら、モロコはそう答えた。


「これでチャラにしなさいよね」

「なんでさ。嫌だよ。これから商売の協力をしてくれるって言うなら考えない事もないけどね。アタイさ、酔いどれ森に自分の店を構える事にしたんだ」

「酔いどれ森ってアンタ……いくら金になるからって、あんな危ない所じゃ割に合わないわよ? やめておきなさいな」


「やめられる訳ないよ。なんたってとっくに寿命を越えてる伝説のドワーフが生きていて、アタイに商品を下ろしてくれるって言うんだからね」

「なにそれ! 私にも紹介しなさいよ!」


「商売に協力してくれるって言うなら紹介くらいはしてもいいけどね。でもあの人は人格を見てから商売相手を決めるからね。姉ちゃんじゃムリさ」

「この減らず口! 燃やすわよ!」

「そしたらまたニオイ爆弾を投げるから」


 そんな風に、戦場に向かうエルフの姉妹は初めて手を取ろうとしていた。

 許さないままでも、傷が癒えないままでも関りくらいは持てるかもしれない。会話をしながらモロコはそんな風な夢を抱いていた。

 そんな雰囲気とは裏腹に、青炎の燃え上がる戦場からは耳を塞ぎたくなるようなたくさんの魔物たちの咆哮が響く。

 その場の誰もが、勝たなければ明日がないのだと思い知る。

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