終焉に向けて
ドワーフ
「なるほどな」
ゲンはサツマの説明を聞きながら納得して頷いた。その視線の先では魔素そのものであるかのような気配を漂わせて青炎龍が暴れている。それを抑え込むコドラも濃い魔素を纏ってはいるが、そのものとまでは言えない。
青炎龍の体が魔素の塊であり、それを張りぼてで固めて体としているのならばこの状況も違って見えてくる。ゲンはそう考えもう一度、青炎龍の倒れた地面を見る。
そこには大きな穴は開いていない。木々も地面ごと根から吹き飛ばされていて、巨体で押しつぶされて折れてはいないのだ。
「落ち着いてないで急いでくれ」
サツマがゲンを急かす。なのでゲンはいつもの斧と、見慣れない碧緑色の大剣を背負う。
「あぁ。取りあえずサン国の風穴の谷へ行ってくれ。そこにドワーフの村がある」
「ドワーフの村だって⁉ そりゃあ助かる」
話を聞いてくれるとは限らないが、という言葉をゲンは飲み込んだ。
サツマは笑い、ゲンの肩に手を置いた。すると魔素の渦を巻いて集まり始めた。魔素をまるで見るように感じられるドワーフにとってみれば、それは小さな竜巻のようだ。
ゲンはその竜巻に身をまかせ、風の香りが変わるのを待った。
そして人間は本当に大変な力を扱うものだ、と恐ろしく思う。
何より恐ろしいのは、その強大な力を扱う人間の心が硝子細工よりも脆い事だ。すぐに欲や妬み、怒りの感情に負けて何もかもを壊してしまいたい衝動に襲われる。
だからこそゲンは武器を売る相手を見定めるのだ。
力が強いだけではいけない。あるいはどんな聖人君子でも、力が弱くてはそれを扱い切れない。必要なのはある程度の力の強さと、砕かれない心。
そんな風に考え事をしているうちに風の香りが変わった。
酒の香りなどは少しもせず、代わりに濃い土や木々の香りがする。
「着いたぞ。ここで合ってるか?」
サツマに言われ、ゲンは目を開ける。目の前には広がる山野。石造りの塔のような家々には苔が生え、蔦が這う。地面は踏みしめる度に土が香る。
ここにも魔獣たちの声が聞こえ、青く揺らめく炎が小さく見える。
「あぁ。ここだ」
「ドワーフたちはどこにいるんだ?」
「もうそこら中にいる。お前がいるから様子を窺ってるんだ。それに、俺は亡霊だからな」
「亡霊? あぁ、寿命を越えてるってやつか」
サツマの言葉に頷いて、ゲンは背に担いでいた斧でドン! と地面を揺らした。
「出て来い、クロ! ゲンが帰ったぞ!」
ゲンがそう叫ぶと、岩影や草葉の間から次々に顔を出すドワーフ。彼らの表情には困惑が浮かんでいる。
そして一人の老年のドワーフがゲンたちの方へ真っ直ぐに歩いてくる。その顔は怒っているように見えた。
「久しぶりだな、クロ。随分と爺さんになっちまったもんだ」
「ふざけるな!」
ゲンが軽く話しかけると、クロは顔を紅潮させて怒鳴った。
「お前がゲンであるはずないだろう! ゲンは……父さんはもう死んだんだ! 私にその技術も伝えずに……」
「勝手に殺すな。こうやって帰ってきただろう」
「おのれ……死者を愚弄するか!」
「はぁ……」
ゲンは大きく溜め息を吐いた。
「お前に技術を教えなかったのは、お前が客をよく見もせずに武器を売っていたからだ。そう伝えただろう。酔いどれ森にいるから来いとも言ったはずだ」
クロは目を見開いてゲンを見ながら「本物なのか……」と漏らす。
「だからそう言っているだろう」
「三百歳か。いや、そうだとしても……もう遅い。私は寿命が近いからな」
「まだ時間はある。教えてやってもいいと思っているのだが、問題を解決してからだ」
そう告げると、ゲンは酔いどれ森の方角を見た。それに釣られてクロや他のドワーフたちもそちらを見る。そしてクロが聞いた。
「あれは何だ?」
「酔いどれ森で千年もの間、平和を祈り続けた巫女が青炎龍となって暴れている。ここまで魔素が流れてきているから分かるだろう」
「あぁ。しかし、あんなものはドワーフにはどうしようもないじゃないか。そこの人間なら相手にもあるだろうが」
そういうクロに、ゲンはどうして来たのかを説明した。するとドワーフたちは意外にも、自分たちにも出来ることがあるのならと立ち上がってくれたのだ。
「ありがたい。よろしくお願いします」
サツマは深々と頭を下げた。
「ドワーフには魔素が見えるからな。ただ事じゃないのは分かるんだ」
クロが答える。
そしてゲンは背負っていた見慣れない大剣を下ろし「こいつの仕上げをするぞ」とクロに言う。
「この大剣の仕上げ? 今か?」
「あぁ。すぐに終わる。この男にやる大剣でな、あとは魔素と心を吹き込むだけだ」
それは、いつかサツマに作ると約束した海神刀のように人格を持つ刀だ。
「この風穴の谷の風を呼んで魔素と絡ませるんだ。それをこの大剣に落とし込んでいく。俺と同じようにやれ。すぐ始めるぞ」
ゲンはそう言うと、大剣を地面に置いて腰を下ろす。嬉しそうな顔を隠せないクロも、大剣を挟んで向かい側に座った。
落とし込む心はこの谷の風が持っている。何万年と吹き続け命の流れを見守ってきた風ならば、サツマの望むようないい監視役になってくれるだろうとゲンは思う。
自由な風を誰も捕らえようとはしないだろう。魔素を得てどこまでも大きく渦を巻ける風には、誰も挑もうとは思わないだろう。
ゲンはそう願いながら、息子と二人で伝説級の大剣を仕上げていく。
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