人間――3話
「そう言えば、あいつの体は幻の張りぼてだぞ」
キビキは階段を駆け上がりながら、幻の海のようだった体の中の事をアワタに話す。するとアワタは、それならば何とかなるかもしれないと目を輝かせる。
「その幻の海とはおそらく、魔素溜まりです。そして彼女こそが魔素の湧く所なのでしょう。千年の祈りは魔素という形になったのです」
「酔いどれ森の魔素は、巫女の祈りだったって事か」
「えぇ、おそらくは。そしてそれなら、ドワーフたちの力で魔素を残らず別の器に移してしまえばいいんです」
「別の器にって、そんな大量の器なんか……。あっ!」
「そうです。ヨネジさんの言っていた光り輝く雹です」
それは魔素を含んで光り輝く魔具となった雹の事ではないかと、二人は思い至る。
「魔素がカラになったら青炎龍は巫女に戻れるかもしれないって事だな。でも、そんなに大勢のドワーフなんてすぐに集められるのか?」
「できなくてもやるんですよ。どの道、できなければ終わりを迎えるだけですから」
冷や汗を流しながら、アワタとキビキは外に出た。
未だに雨は地面を抉り、雷は空を割る。魔物たちは発狂し、人間たちは悪あがき。
けれど走る方角は分かったのだ。とにかく、と二人は近くで戦っているはずのサツマを探す。すると、明るい若葉色の風魔法が魔物たちを飲み込むのが見えた。
「あそこか」
「あそこですね。サツマさんは分かりやすくて助かります」
そう言って二人で笑い、サツマの元に急ぐ。
こんな時にも笑えるのだなと、キビキは先ほどの鬱々とした気分も忘れていく。
水壁に囲まれた酔いどれ森の様子は見えないけれど、時折り水壁を越えてコドラの本体と青炎龍の姿が見える。
キビキには、その青炎龍に体内で見た巫女の姿が重なって見えた。
「助けるからな。死ぬのは思いっきり笑ってからだ」
キビキは呟きながら、青い炎の広がる町を走る。
サツマはアズマ国のみならず、何故かミバナ国の兵たちをも引き連れて戦っていた。
「サツマ!」
キビキが声を掛けると、サツマはバッと振り返りホッと息を吐く。
「キビキ! 無事だったか」
「あぁ。それより、なんでミバナ国の兵がここで戦ってるんだ?」
「うちとミバナ国は国境でいつもやり合ってんだけどな、そこから引っ張って来たんだ」
手を休めることのないまま話すサツマは、涼しい顔をしている。
「それって敵じゃないですか⁉」
アワタが驚くと、その向こうでミバナ国の兵がこっそり頷いた。
「バカか、お前。敵を間違えるんじゃねぇよ」
サツマのその言葉に納得して、それからキビキはアワタと話した事をサツマにも伝える。
するとサツマは、自分がゲンを連れて転移魔法でドワーフを集めて回ると言う。
「お前がここを離れて大丈夫なのか?」
キビキが聞くと、アワタが「無理ですよ!」と慌てる。
「今は少しでも戦力が欲しいって言うのに、サツマさんがいなくてどうするんですか⁉」
「ヒエイをこっちに来させるさ。それに、本当は戦力なんて足りてるんだ。足りないのは先導者だよ。な? ミバナ国の英雄神官」
サツマはいつもと変わらない表情でからかう様に言った。
話によるとアワタはミバナ国を統一する際の戦で人々を導き、武器を手に共に戦った英雄と称えられる神官だという。
けれど本人は「大義名分を持って殺す者」と自分を卑下した。
「もう忘れましたよ」
「それでも今は武器よりもお前の言葉が必要なんだ。俺は行く。道を示せ」
「わ、分かりました」
アワタは深呼吸をし、キュッと水晶の短剣を握る。その切っ先に見ている過去を乗り越えようとしているのだと、傍目からでも分かった。
「キビキ。お前は国境を隔てている五つの紅玉を壊せ」
「紅玉?」
サツマは頷き、それは魔法で国境を越えられないようにする魔具だと説明する。それさえ壊せば、自分が転移魔法で国境を越えてドワーフを集めに行けるのだと。
「分かった。五つだな?」
「おぅ。紅玉は国境線上の囲い川に最も近い場所にある、赤く輝く宝玉の柱だ。それを壊したら、お前は俺がドワーフたちを集める時間を稼いでくれ」
「分かった。じゃあゲンを迎えに行こう」
そうしてアワタをその場に残し、キビキはサツマの転移魔法で酔いどれ森に戻る。
けれど、酔いどれ森についてもアワタの声は聞こえた。声を拡散する魔法なのだろう。アワタの声は雷鳴にも負けずに聞こえている。
「青炎龍は人々の為に千年もの長きに渡り、祈りを捧げる巫女である! かの巫女の嘆きを聞け! 姿形などは何の意味も持たない。鬼も白龍も天馬たちも、我らと共に戦う同志である! 害悪は我らの弱き心だ! 彼らが守ろうとしているのは、そんな愚かなる我々なのだ! 敵を見誤るな! 共に明日を勝ち取るのだ!」
魔物が暴れ続ける地獄のような酔いどれ森の中にも響いたその声は、共に戦う人間たちを確かに導いた。
そしてキビキの心にも、揺るぎない決意を灯す。
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