コドラ――5話
そこは、体の中というよりは水の中だった。
炎の中で感じた幻の海のような、ふわふわとした不可思議な空間だ。
キビキはそこに漂いながら、同じように漂う巫女の姿を見た。
白い着物を着た、幻で見たあの巫女だ。
巫女は震えて蹲り、涙を流している。この巫女の千年を想うと、キビキは胸が痛んだ。
「なぁ、お前。えっと……大丈夫か?」
キビキは巫女に聞く。
キビキは落ち着いてくれというのも、炎を止めてくれというのも違う気がした。そうかと言って慰める言葉も持っていないし、今はどんな言葉も届かないような気がしたのだ。
深い青色の中、蹲ったままだった巫女が顔を上げてキビキを睨む。
「うるさい! いつだって守られていたお前に何が分かる! どうして私を止めるんだ。いつもみたいに人の国で暴れさせろ!」
「いつもみたいに? 前回、お前は酔いどれ森の外で暴れていたのか?」
「壊されなければならないのは人の心! 人の世! 何もかも焼かなきゃ……私が、全てを焼かなきゃ……。私は神山の巫女なのだから……」
巫女は頭を抱え、支離滅裂な言葉を叫ぶ。
「お前が一人で抱える事じゃないんだよ。だから……」
「黙れ! 黙れ、黙れ、黙れ! 私の千年が無駄だったとでも言うのか⁉ ここには神などいなかったのだ。怒りを鎮めてもらわなければならない神などいなかったのだ! それでも巫女の役目を果たそうと必死に淀みを焼いたのに……人の垂れ流す淀みは増えるばかりじゃないか! それでも人の世の幸せを祈るのなら、記憶も感情も残らず焼くしかないんだ! こんなに汚い命は見た事がない! 草木も花も、獣も……人間なんかよりずっと綺麗なんだ! 人間だけが汚いんだ!」
「確かに人間はよく間違えるし他人を貶めたりするけど、でもそれだけじゃない」
キビキがそう言うと、巫女は髪を振り乱して発狂した。
「私に人々の平和のために死ねと言ったのだぞ! 逃げるな、帰る場所はないと言って送りだしたんだ! それなのに自分たちはまた戦ばかり。いつも大勢で弱い一人を虐めぬいて殺すんだ! そんな奴らの為に山が崩れるなんて許せるわけがないだろう! 崩れた山は二度と元には戻らないのに! あんな汚い奴らの為に……。そんな汚い心は焼き払ってしまえばいいんだ。私が言われたみたいに死ねと言ってる訳じゃないんだ!」
「それでもお前のやっている事が凶悪な魔物を生み、そいつらが人を殺してるんだ」
「うるさい! お前だって捨てられたくせに!」
巫女がそう叫ぶと、激しい魔素の波が起こった。
それによってキビキは押し出される。どうもこの海のような空間が青炎龍の体そのものであるらしい。
そう気付いた時にはキビキはその体からはじき出され、空を飛んでいた。
体が痛くて、息が苦しい。
けれどそれ以上に、投げられた言葉が痛くて抵抗する気力もなかった。
やがてキビキはコドラの張った水壁を軽々と越え、人里へ落ちていく。
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