アワタの事情――5話
「どうすんだよ、これ!」
「このまま開店予定地まで流されるのさ! 着水するよ!」
慌てるキビキとは裏腹に、爆発には慣れているらしいモロコは内山の上を軽々と越えて清酒の谷川に落ちたと言うのに平気な顔をしている。
それどころかまるで馬にするようにムギに跨り、勢いを増す川を右だ左だと指示をして楽しんでいる。
「ほら、そこの分かれ目を左だよ! 葡萄酒の湖のほとりに開店するからね!」
そしてムギは根や枝を器用に使い、ヨネジの家を建てた川の分かれ目を言われた通りに左に曲がる。
両岸の景色が木々から岩に変わり、いよいよ囲い川が目前に迫る。
するとようやくモロコが右手を振り上げて叫んだ。
「右の岸辺に飛んで! モロコ商店、ここで開店だよ!」
そう言われ、ムギはポーンと飛んだ。水飛沫と共に根から綺麗に降り立った。
キビキとモロコは水浸しの大地に投げ出されようやく、ゆっくりと空を見た。
そこはサン国の領土に接する場所で、囲い川にほど近く、清酒川を渡った向こう側にはいつもの岩場がある。
「最高の場所だな」
「そうだろ? ありがとうね」
モロコがヘヘッと笑う。そしてキビキは体を起こし、モロコに聞いた。
「なぁ、モロコ。ムギのさ、枝先の小さな魔物石だけ残しておいちゃダメか?」
「うん、それくらいなら大丈夫だろうね。せいぜい逃げられないように気を付けるさ」
二人で笑ってから、キビキはムギの洞に入りそこにある大きな魔物石を壊す。
キラキラと降る様は星が降るようで、これが負の感情の塊だとはとても思えなかった。
そしてどういう訳か、キビキが洞の外に出ると青い炎がムギを包んだ。
青い炎は何一つ焼かずに、おそらく嫌な記憶だけを消して、そして消えていった。
そこにはいつの間にかやって来ていたヨネジたちもいて、打ち上げられてしまった魚たちを今夜のご飯にしようかと話している。
「お前たち、何をやってたんだ?」
「あぁ。開店準備かな」
キビキが答えると「とんでもないな」とまた笑う。
こんな騒動の中、コドラは全く姿を見せなかった。チラリと見た岩山の上には本体はいなかった。
「コドラ……お前は何をやってるんだ?」
キビキは呟きながらゲンの所に帰ろうと歩き出す。しかし、その足元がふらついた。
「地震か?」
そう思ったのも束の間で、それが地震ではないとすぐに気付く。湖の真向かい、にごり酒の森側の地面が大きく崩れ落ち、陥没したのだ。
「うわぁ……崩れましたね。まぁ、あれだけ暴れれば納得ですけど」
アワタは溜め息を吐きながら崩れた地面の方へ歩いて行く。
キビキたちもそれに続くが、その崩れた地面の中に階段が現れたのだ。白い石で丁寧に作られた階段は、ひたすら下に続いている。
「なんだこれ……」
気になったキビキが少し下りて見ると、水晶の鳥居があった。
「水晶の鳥居があるぞ。けど暗くて奥までは見えねぇ」
「とすると、この下にあるのはあの大岩でふさがれた鳥居の向こうという事ですね」
アワタが真剣な表情で奥を見据える。
「なぁ、アワタ。お前、ここを調べるつもりか?」
「もちろんです。放っておくわけにはいきません。僕は神官ですからね」
「そうか」
そう答えたものの、キビキにはアワタが無理やりに足を動かしている傷ついた獣に見えて仕方がなかった。
アワタは何を忘れ、何を忘れられずにいるのだろう?
キビキはその事に思考を巡らせ、すぐにやめた。生きているのさえやめようとしていた自分に何かができるわけではないのだから、と。
「危ない気がするから、もう少し待ってくれないか? ゲンにも話して準備をしてから行こう」
キビキが提案すると、アワタも頷く。
「分かりました。ではすぐにゲンさんの所へ行きましょう」
そう言いながら階段の淵に立つアワタが、中にいるキビキに手を伸ばす。
しかしその目付きが急に変わった。
「キビキさん、危ない!」
キビキはグイっとアワタに腕を引っ張り上げられ、訳も分からないまま地面に転がった。
何か魔物でも出てきたのかと思って振り返ると、そこには青い火柱が上がっていた。
ゆらゆらと揺蕩うなんてものじゃない。ゴウゴウと燃え盛る炎の柱だ。
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